28:Let me sleep
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「和解できてよかったね」
「はい…。そのあと、華ちゃんと空君を紹介して、母の家にみんなで立ち寄りました」
陽苗の家は、町はずれの近くにあった。
木造の2階建ての古びた家。
夜戸にとって祖母と呼べる人物と一緒に暮らしていたようだが、祖母は2年前に他界していた。
祖母との面識はなかったが、居間にある仏壇に手を合わせ、挨拶をしておいた。
「キッチンを借りてコーヒーを淹れました。あたしのコーヒーを…」
陽苗に出していたコーヒーは、すべて兄が淹れていたコーヒーだった。
「何か言われた?」
「兄さん(日々樹)に負けず、美味しいって…」
嬉しくてたまらなかった。
言葉を思い出すだけで、目元が熱くなる。
コーヒーを飲みながら、これまでの出来事を話した。
さすがにトコヨの事は省かせてもらったが、弁護士になった事、父親の事、友人の事など、話したいことは一通り話し、夜勤明けだというのに陽苗も嬉しそうに相槌を打ちながら聞いてくれた。
連絡先も交換し合い、今後の事は、父親の影久を交えてまたゆっくりと話し合うつもりだ。
「足立さん…、ありがとうございました」
「僕は、何もしてないよ」
夜戸は首を横に振った。
背中を押したのは足立だ。
足立は「まいったな」と口元に笑みを浮かべる。
「あ…。堂島さんから伝言です。「また会いに行くから、仮病なんて使うんじゃねーぞ」って」
「おー。こわいこわい」
ブルル、とわざと震える仕草をして、小さく笑った。
「「塀の中は暖房とか利かないから、本当の風邪にも気をつけろよ」とも言ってましたよ」
「…そっか…」
照れ臭いのか、足立は寝返りをして後頭部を夜戸の方へ向けた。
夜戸は逃がさない。
「……堂島さんから色々聞きましたよ」
(きた…)
足立は自分の耳か夜戸の口を塞ぎたくなった。
「勘弁してよ~。今日の夢に絶対堂島さん出てくるじゃない」
もうすでに出てきたが、このままではどやされる夢を見そうだった。
たまにはいじめたいのか、夜戸は内心では嬉々としてうんざりとした態度の足立に構わず、堂島とどんな会話をしたのかを報告しながら、彼の言葉を思い返す。
『足立の事、よろしくお願いします』
八十稲羽駅で見送りに来た堂島が、頭を下げて言った言葉だ。
『任せて下さい』
託された夜戸は胸の中が熱くなるのを感じた。
足立がした過ちは許されるものではないが、存在を否定しない人間もここにいる。
成し遂げたいと強く思った。
一通り喋り終わると、足立は「はぁ」と疲れたため息をつく。
でも、口元は緩んでいた。
「もう少し寝かせて…。みんなが来たら…、起こして…」
膝枕されたまま眠るつもりだ。
「はい…。あたしの膝でよければ…」
頭部に触れても、嫌がる素振りも見せなかった。
「おやすみなさい、足立さん」
その光景を、森尾達は手前の扉の隙間から窺っていた。
「入りにくいな」
「だから言ったでしょ。今夜は2人きりにしてあげよ」
今入ってしまえば、せっかく気持ち良く眠り始めた足立を起こすことになる。
落合に促され、森尾は音を立てないようにドアを閉めた。
トコヨ側の独居房には、部屋の持ち主である森尾を含め、落合と姉川とツクモがいた。
森尾は「しょーがねーな」と胡坐をかく。
「お土産持ってきたんだから。あ、ガム食べる?」
帰りの電車に乗る前に買ったものだ。
姉川は紙袋を漁り、袋からガムを取り出して森尾に渡した。
「地域限定ってやつ?」
「限定かどうかはわからないけど、ビフテキと一緒に適当に買ってきた」
「ふーん」と森尾はパクリと口に入れる。
噛んだ瞬間、口内にガムの甘味と肉の臭みが爆発的に広がった。
「う゛ッ!!」
「モリモリ―――ッ!!」
独居房内にあるトイレに駆け込む森尾。異常事態に仰天するツクモ。
落合は森尾の背中を擦り、事態を想定していたのか、コーラの入ったペットボトルを手渡した。
「肉ガムって、本当に肉入ってたんだ…」
恐ろしい物を買ってしまった、と姉川は青ざめる。
「あとで足立にも食わせようぜ…」
ひとりだけ酷い目に遭って溜まるかと森尾は蒼白の顔で提案した。
姉川は「面白そう」と目を輝かせる。
そんな恐ろしい思い付きなど露知らず、足立はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
夜戸は足立の寝癖に触れながら、寝息に耳を澄ませる。
左手は自身の胸を押さえていた。
唇を食いしばり、足立を起こしてしまわないように呻き声を呑み込む。
(終わりが近づいてるのはわかってる…。焦らなきゃいけないことも…。でも、お願い…。もう少し…、このままでいさせて…)
痛みに汗を滲ませながら、足立の寝顔を眺め、微笑んだ。
.To be continued