27:Well, where shall I start with...
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時刻は午後17時を過ぎ、とっぷりと日も暮れた頃、宿泊先に到着した夜戸は、部屋に入り、チェックインを済ませて先に部屋で待っていた落合と姉川と合流した。
2人はローテーブルを挟んで座布団に足を崩していた。
連絡しようとケータイを取り出していた姉川は、ほっと胸を撫で下ろす。
落合はポリポリと茶菓子を食べていた。
「よかった。仕事は終わったの?」
「ええ。遅れてごめんね」
夜戸は襖を閉め、荷物を置いてコートを脱ぐ。
「あれ? 上着は?」
コートの下は、シャツのままだ。
落合はスーツジャケットがないことに気付いて声をかけた。
夜戸はコートをハンガーにかけながら返す。
「一休み中に飲んでたコーヒー、服にこぼしちゃったから、堂島さんが代わりにクリーニングに出してくれるって。足立さんが言ってた通り、いい人ね。病院まで送ってくれたり…」
「そこで肝心の、お母さんには会えたの?」
姉川の問いに、一瞬黙ってから答えた。
「……夜勤みたいで…、仕事のジャマにならないように、明日の朝…会いに行く」
「そう…。タイミング悪かったわね」
「簡単に再会とはいかないかー…」
落合と姉川は自分事のように残念そうだ。
「しょうがないよ。こっちからは何も連絡してなかったからね」
肩を竦めた夜戸は、「ふう…。疲れた…」と畳の上に寝転び、畳の匂いと感触に浸る。
このまま体から根っこ生えて畳についてしまいそうだ。
(今回ばかりは仕事の話はしたくないな…)
話題が母親に向いてくれてよかった。スーツの事は出来るだけ触れてほしくなかったからだ。
多少のウソを混ぜながら話したことに罪悪感を覚えたが、余計な心配はかけたくない。
堂島の車で連続殺人事件があった2件の事件現場にユリの花束を添え、被害者遺族に会いに行った。
最後の被害者家族の元へ訪れてから、近くのパーキングに駐車して待っていた堂島のもとへ戻ってきた。
『おいおい…』
堂島は夜戸の姿に目を見張り、口に咥えていたタバコを落としかけた。
夜戸の頭とスーツジャケットが、豪雨でも遭遇したかのように濡れている。
『まさか…』
原因は考えればわかることだ。
駆け寄ろうとした堂島に向かって、夜戸は手で制し、反対の手で濡れた前髪をかきあげた。
『慣れてますから』
なんともない、という小さな笑みだ。
被害者遺族からしてみれば、加害者側の弁護士は、家族を殺した人間の味方に見えるだろう。
1件目は比較的に穏便な方だったが、2件目は玄関でいきなりバケツに入った冷たい水をかけられ、罵声を浴びた。
夜戸は一歩も引かなかった。
淡々と、伝えるべきことを伝え、渡すべきものを渡した。
加害者…足立から被害者への手紙だ。
訪れた弁護士を通じて渡されることもある。
減刑のための手紙と受け取られても仕方のない事だ。
憤慨して被害者の代わりに弁護士が叩かれることも珍しい話ではない。
車が濡れることは気にせず、堂島は夜戸を車に乗せ、風邪を引かないように車内の暖房をフルでかけながら自宅へ行き、招き入れた。
甥と娘が出かけている家で、夜戸は堂島に促されるままに風呂を借り、そのあと替えのシャツに着替え、1階のローテーブルの前に座った。
六畳の畳の上は座り心地がよかった。
初めて訪れたのに、懐かしさを感じてしまう。
堂島はマグカップにコーヒーを淹れ、胡坐をかいて待っていた。
渡されたのは、赤いマグカップだ。
『足立が使ってたカップです。あなたが使っても、あいつは気にしないはずだ』
夜戸はカップをまじまじと見た。
『…いただきます』
心の中で、『お借りします』と足立に言った。
『おいしい…』
一口飲んで、コーヒーへのこだわりが伝わった。
夜戸が淹れるコーヒーと比べて苦味の加減が絶妙だ。
どうやったらこんな淹れ方ができるのか、口にしただけはわからず、少し悔しい。
『ここでよく、あいつとメシ食ったりしたもんだ…』
独り言にも聞こえる声量だった。
『足立さんと…』
『出前で寿司頼んだ時、足立の奴、真っ先にひとつしかないウニを食いやがってね』
口は悪いが、いい思い出なのだろう。
懐かしそうに笑っている。
つられて夜戸も微笑んだ。
『遠慮しないところ、ありますよね…』
『あいつは昔からああだったんですか?』
『今よりは砕けてませんでしたよ』
堂島は昔の足立を知らないが、夜戸も、稲羽市にいたころの足立を知っているわけでもない。
『失礼ですが、あいつとは…』
言いづらそうだが、何が言いたいかは伝わった。
『恋人同士ではありません。友人…とも呼んでいいのか…。でも、あたしにとっては大切な先輩です。今も……』
一言で言い表せるものではない。
それでも想いは察してくれたみたいだ。
『仕事とはいえ…、水を浴びようが罵声を浴びようが、ここまで親身になってくれるんだ…。足立だって、あなたの気持ちに応えてくれる』
『ふふ…』
堂島さんも人の事言えませんよ、という言葉は引っ込めた。
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