01:Let me defend you
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その夜、拘置所の近くのカフェのテーブル席で、夜戸は夕食後のブレンドコーヒーを飲みながら、カバンから取り出して広げた資料に目を通していた。
店内は夜戸を含めて指で数えられるほどしかいない。
「!」
ケータイが振動とともに着信を告げる。
蓋を開け、画面に映る名前を確認してから電話に出た。
「華ちゃん?」
「あ! 夜戸さーん!」
電話の向こうから明るい声が返ってくる。相手の名前は、姉川華(あねかわ はな)―――フリーライターだ。
「まだそっちにいるんですか? 例の被告人さんと会えました?」
「うん…」
「じゃあ、弁護を担当するんですね? ウチ、裁判で席を確保しますから! 記事も書かせてもらいますよ~」
「ちょっと待って、華ちゃん」
夜戸は話を進められる前に、姉川に今日の事を説明した。
「ええ!? 断られちゃったんですか!?」
さらに大声が返ってくると予想して、耳からケータイを離して正解だったが、大声でも、姉川の声ならば不快感はない。
「ごめんね。色々手を貸してくれたのに…」
資料がまとめられているのも、姉川が手を貸してくれたおかげもある。
「その被告人、夜戸さんの腕前なめてますよ! 数々の刑事裁判の武勇伝を話してやればよかったんです!」
自分事のように怒っているのが伝わってきた。
電話の向こうではきっとコブシを握りしめているだろう。
「あたしは新米だし…、担当した事件も、他の弁護士と比べたら経験は足りないよ」
「ベテラン弁護士を打ち負かしといて謙遜しないでくださいよ! おかげでウチ、助けられたんですから!」
情報集めに協力してくれるようになったのは、そういうことだ。
取材のやり取りをしていた人間から盗聴と盗撮で訴えられてしまい、夜戸が姉川の弁護に立って助けたのだ。
おかげで、一端の弁護士では簡単に手に入らないような情報も与えてくれる、情報屋の役割になってくれていた。
本人は恩返しのつもりらしいが、おつりが返ってくるほどの仕事ぶりである。
最近は、相応しい報酬を与えるようにしていた。
「そう…だったね。うん…。もちろん…、手を引くつもりはないから」
「もしかして、いつになく燃えてます?」
「ん。なんとなく」
「出た、夜戸さんの「なんとなく」」
「また出てた?」
姉川は鈴を転がすような声で笑う。
「ふふっ。ウチは好きですけどね、その口癖」
付き合いは長い方ではないが、弁護の打ち合わせをしている間に口癖を言い当てられてしまった。
仕事上、人に対する分析も姉川の特技なのだろう。
「とりあえず継続ってことで…。あ、夜戸さん、まだその地域にいるんでしたら、早く帰った方がいいですよ。治安よくないみたいですから」
「そうなの?」
「最近、そっちの地区では放火もそうですけど、妙な事件も多いですし、拘置所が近くにあるからって安心しちゃダメです! むしろ、放火犯の方は見せつけるかのように放火を繰り返してるって分析もされてますからね。妹の月子(つきこ)ちゃんに心配かけたくないのなら…」
ロータリーから見えた黒煙を思い出したところで妹の名前を口にされ、肩を竦めた。
「わかった。わかったから…。ご忠告、どうもありがとう」
(月子…、もうとっくに帰ってるころかな…)
実家を離れ、小学生の妹を連れ、1ヶ月くらい前に、ここから2つ駅の近くの賃貸マンションに引っ越したばかりだ。
2人暮らしなので、今頃、姉の帰りを待っている頃だろう。
「……まだやることが残ってるなら、ウチ、月子ちゃん見ておきましょうか?」
「華ちゃんもやることあるでしょ? そこまで気を遣わないで」
「つかわせてくださいよ~」
電話越しでも口を尖らせているのはわかった。
それから夜戸は、姉川と一言二言かわしてから通話を切った。
「……………」
話している間に冷めたコーヒーに口をつける。
視線は再び資料に落とされた。
稲羽市連続殺人事件の犯人、足立透。
アナウンサーと、女子高生の2人を殺害したあと、電柱に逆さづりにする、という死体遺棄を行っている。
その他余罪もあり、通常の弁護士なら顔をしかめるだろう内容が記載されていた。
夜戸は顔をしかめるどころか、眉ひとつ動かさず、何度も見た内容に目を通し続ける。
「…テレビの中の世界…」
足立の供述の中にあった、被害者の殺害方法に興味を引かれた。
殺害された被害者はどちらも生きたまま『テレビの向こう側の世界』に落とされ、翌日に電柱に吊るされた状態で発見…。
精神鑑定を余儀なくされる内容だが、夜戸は面会室で会った足立を思い出す。
今までの刑事裁判で立ち会った人間と比べてみれば、足立は正気の状態だ。
無意識に指先がメガネのフレームに触れる。
数日前、考え事をしている時のクセだと姉川に指摘された。
(足立さんの口から、稲羽市で何があったのか、詳しく聞きたい)
「お客様、申し訳ございませんが、閉店のお時間ですので…」
「! すみません…」
カフェの、緑のエプロンをかけた店員に話しかけられ、腕時計を確認すると、時刻はカフェの閉店時間である23時半をまわっていた。
再び作業に没頭していたことに気付き、テーブルに広げた資料をカバンに戻してから会計を済ます。
カフェを出て、もう一度腕時計を確認する。
「さっき帰ろうとしたのに…」
仕事に集中すると、時間を気にしなくなるのは悪い癖だ。
反省しながら小走りで駅へと向かった。
数十分後、駅の改札口に着き、改札口上のLED式発車標で終電がまだ残っているのを確認した。
周りの仕事帰りのサラリーマンやOL、学生が横を通過し、改札を通っていく。
夜戸も流れに乗って電子カードを出そうとした。
「あ」
だが、慌てて取り出したため、誤って足下に落としてしまう。
屈んで拾い上げた際、ちょうど改札の天井に取りつけられた監視カメラと目が合った。
瞬間、
ザザッ
「!?」
周りの景色に、ノイズが走った。
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