26:I'm envious of him
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「今年もよろしくおねがいします」
エビ天ぷら、にしん、かまぼこ、ねぎ、とろろ昆布、たまご…。
贅沢な年越しそばを食べて新年を迎え、夜戸達は現実世界(ウツシヨ)の小さな神社を訪れていた。
夜戸のマンションの近所にある神社だ。
5段の短い石段をのぼり、まばらな人の中を歩く。
こことはもう少し離れたところに大きな神社はあるが、人ごみも多いだろう。
だからこそ、こちらを選んだ。
足立と森尾は同行を渋ったが、着物に着替えて行く気満々の夜戸達に押し切られて連れ出された。
月子も連れて行きたかったが、年越しそばを食べておなかが満たされ、ソファーで眠ってしまったところを、足立が抱き上げてカクリヨにある月子の自室のベッドで寝かされ、温かい毛布がかけられた。
「2人とも素敵よ」
姉川は、用意した着物に着替えた夜戸と落合を見て、シャッターを切りまくる。
「華ちゃんも」
「ボクじゃ、こんな着物用意できないからね」
夜戸は右サイドの髪に白い花の髪留めをつけられ、ピンクと赤の小さな花柄が散りばめられた黄緑生地の着物、落合は髪を結んで赤い花のカンザシが挿され、大きな白い花が咲く赤生地の着物、姉川は髪を後ろにまとめてピンクの花のカンザシを挿して青と白のコントラスト生地の着物を着ていた。
「いつも思うけど、どこで仕入れてくるの…」
夜戸が、いつか聞こうと思っていた質問だ。
「仕事柄、その場その場に合った服を着ないといけないからね。衣服に困らない人脈はつくっておかないと」
くすくすと可愛い声で笑うが、悪い顔だ。
「訴えられたら、また呼んでね…」
夜戸は止めなかった。
「なーんて、ほとんど自分で作ったりしてるけど」
「え。なにそれ凄い!」
落合は思わず声を上げた。
「仕事、そっちでもいけたんじゃねーの?」
森尾も感心して言ったが、姉川は「嫌よ」とわずかに顔をしかめる。
「特技ならまだしも、趣味を仕事に出来る人間ってほんとに一握りだと思ってるから。趣味に嫌気さしたくないし、ウチはそんな賭けはしませーん」
「なるほど…」と姉川の言い分に納得している森尾の横で、足立は「達観してるねぇ」と頷いていた。
(でも、目的はあれど、嫌いな仕事についてることが何より凄いよ…)
夜戸はあえて口にしなかった。
姉川の父親を追い詰めたのはマスコミと、マスコミの流した情報に踊らされた世間だ。
出版社にとって都合のいい写真を撮られ、世間が騒ぎそうな事を好き放題書いた記事…。
ルールに乗っ取っても、彼女の真実を見出すやり方は、これからも同業者を敵に回すことだろう。
それでも、欲望を暴走させ、自分と向き合った姉川は、今も仕事を続けている。
改めて尊敬の念を抱いた。
「さむ…」
「足立さん、ほらまた…」
ぶるる、と震える足立に近づき、夜戸はマフラーを結び直してあげる。
これで2度目だ。
足立は少し屈んで夜戸が直しやすい体勢をとった。
姉川はバレないように、カメラで鳥居下の2人のそんなシーンを撮りおさめる。
ブレもせず完璧な画だ。
「森尾君は平気そう」
姉川は手を擦りながら森尾を見る。
コートを着ているとはいえ、身を震わせるどころか堂々としていた。
「兄さんは平熱でも37度くらいあるから」
「子ども体温ってことね。わっ、ほんとだ、あったかい」
いきなり手をつかんできた姉川に、森尾は「お前冷えすぎっ」と頬を赤くして狼狽える。
「ツクモ姉さんは独り占めするよー」
落合はツクモを抱き上げ、柔らかさと温かさを堪能していた。
「ソラちゃんもあったかいさ~!」
ツクモがそう言うと、「できるだけ静かにね」と足立が近づいて注意した。
横にいる夜戸も人差し指を口に当てる。
境内は明かりも参拝者も少ないが、人形が喋っているところを見られてしまえば、たちまち注目の的だ。
腹話術と誤魔化せるところだが、本来ならば拘置所にいるはずの足立と森尾の事は、できるだけ目立たせたくない。
境内の奥にある、2、3mほどの小さな社に寄り、6人は5円や10円を賽銭箱に投げ入れてツクモと落合が一緒に鈴を鳴らし、手を2回鳴らした。
「せかいがへーわでありますよーに」と欠伸する足立。
「おいおい、口に出すなよ。そして適当に言うな、バチ当たりめ」と呆れる森尾。
「来年はちゃんと戦場に参加しますから、さらなるメイク技術とインスピレーションください」と燃え上がる姉川。
それに対して夜戸が「戦場?」と首を傾げ、姉川は鋭い目つきで社を見上げて「夏と冬の盛大なコスプレイベント」と答えた。
(あれ? 趣味ももしかして戦いなのかな…)
考え方の違いに戸惑う夜戸。
「願い事、叶えばいいさー」とツクモ。
「ここは人が少ないから、きっと神様も余裕があるよ」と落合。
(カミサマ…)
昔の神様の所業に振り回されている身としては、複雑な気分を抱く夜戸だったが、足立達を横目に、もう一度目を閉じて両手を合わせた。
(優しい神様だけにお願いします…)
願いを込めたあと、ピリリリリリ、と袖に入れていたケータイが鳴った。
着信だ。
ウツシヨでは電波も通り、通話が可能になる。
相手は父親の影久だ。
「出たら?」
促す足立に、夜戸は頷いて足立達から少し距離をとり、通話ボタンを押して電話に出る。
背を向けて父親と会話している夜戸を、足立達はチラチラと気にしながら雑談していた。
数分後、夜戸は通話状態のケータイを握りしめ、足立のもとへ急ぎ足で歩み寄る。
どうかしたのか、と足立達は怪訝な表情を浮かべた。
「ん?」
「父さんが替わってほしいって」
そう言って足立にケータイを差し出した。
「僕? えー」
影久に聞こえないくらいの声を出した。
「とりあえず、出てあげたら?」と姉川にも促され、渋々受け取り、耳に当てる。
「もしもし、おとーさん?」
「殺すぞ」
地響きのような声だ。
電話越しに鬼が見える。
早くも夜戸に返却したくなった。
「夜戸さん、これは脅迫罪だ」
一度電話を離した足立は訴える。
「え?」
「む…。間違えた。あけましておめでとう」
「ムリありません!?」
突然の切り替えに思わずツッコむ足立。
それから自然な動きで夜戸達から離れた。
「明菜は…」
「今、離れてます。傍にいた方がよかったですか?」
「いや…、それでいい」
「で…、僕に用ってどんな風の吹きまわしですか」
言い出しにくそうな雰囲気を察し、躊躇わずに足立から切り出した。
返ってきたのは、ぶっきらぼうな言葉だ。
「本音を言うなら、貴様とは一言も会話したくないがな。だが…、明菜が世話になったようで…」
足立はチラリと姉川を一瞥した。
夜戸の無事と、彼女が抱えていたものを、心配させない程度に伝えたのだろう。
「つくづく、父親失格だと思い知らされたよ…。私は、あの時の選択を間違っていた…。兄になりかわろうとした明菜に、「そんなことしなくてもいい」という言葉すら掛けてやれなかった…」
きっと影久は、罪悪感で頭を抱え、苦しげな表情を浮かべているはずだ。
「僕には…、父親や母親って、優秀であればいいって以外子どもに興味を示さない、自分勝手な冷たい存在だと思ってました。比べて、お兄さんの二の舞にさせないように不器用ながら見守るアンタは、資格なんて不確かなもんは置いといて、父親としてはマシな方だと思ってますよ。それに、彼女は一言も、親のせいだとはこぼさなかった…」
気紛れな心遣いだ。
そこで、あまり気にも留めていなかった、両親の事を胸によぎらせた。
殺人犯となった息子に対し、産んだことを後悔しているのか、愛のない育て方に少しでも罪悪感を抱いているのか、やはり無関心のままなのか…。
「……………足立透…」
「はい?」
「すまなかった…」
10年前の、あの冬の事を謝罪しているのだろう。
影久にとっては夜戸と姉川に続いて、3度目の謝罪だ。
「よしてくださいよ~。可愛い娘さんがどこぞの馬の骨と一緒だったら気分も悪いでしょー。結局、再会して今に至るわけですから、引きずらないでください。こっちがあの頃の若さに小恥ずかしくなる…」
足立がヘラヘラと笑いながら言うと、「それはそれとして」と遮られる。
「娘と交際中のようだが、指一本触れてないだろうな?」
また声に圧がかかった。
意表を突かれたみたいで、思わず硬直してしまう。
過去は過去、今は今、と割り切っているのは影久も同じだった。
交際中なんてどこの誰が流した。
誤解を与えた容疑者は2人だ。
「透兄さん、なんでこっち睨んでんの?」
「あ。なんかウチらが悪いみたいなこと話してる?」
落合と姉川は互いに目を合わせ、足立から逸らした。
「あー…、電波が悪いようだなぁ…。バッテリーも限界のようだぁ」
「おい待て」
バッテリーは余裕にあるのケータイの通話を切ろうとした足立は、ふと、指を止め、再び耳に寄せる。
「……バッテリーが切れる前に、教えてほしいことがあるんですけど」
「勝手な…。先にこちらが…」
「娘さんの…。明菜さんのおかーさんのことです」
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