26:I'm envious of him
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12月25日火曜日、午後13時。
「大馬鹿野郎」
拘置所の運動場で、森尾は足立に面と向かって吐き捨てる。
「心外だなぁ。君にそこまで言われるなんて」
「あ゛? そのセリフも遠回しに俺にケンカ売ってんだろコラ」
眉間に深い皺を寄せ、額に青筋を浮かべながら森尾は足立の胸倉をつかんだ。
足立はつーんと素知らぬ顔でよそを見ている。
「そう聞こえるってことは心当たりでもあるのかなぁ?」
「よし。殴る」
小馬鹿にするように笑った足立に対し、森尾がコブシを握りしめた時だ。
「お前ら」
見兼ねた鹿田が割って入る。
「落ち着け。ケンカすんな。こんな場所で」
刑務官の目を気にしながらいさめる鹿田に、森尾は「だってよ」と足立の胸倉から手を離して指をさした。
「こいつ、夜戸さんといい雰囲気になったクセに朝帰りしなかったんだ。腰抜けめ」
「いやだから、朝帰りはやばいでしょって」
「何? 爆発しろ的な話か?」
森尾の隣に並ぶ鹿田。
「あ。鹿田君、そっち側につくんだ?」
言いふらすつもりはなかったが、一度独居房に戻ったのに、ひとりで捜査本部へ赴いたところを森尾に見られていた。
朝になる前に帰ってきたものの、勘付かれ、運動の時間を利用して夜戸と何があったか問いただされたところだ。
「昔話に花を咲かせてただけのどこが悪いんだよ」
「絶対それだけじゃないだろ。俺はツクモが2階に上がったのを見てるからな。その間、2人っきりだったわけだ」
(こういう時だけ冴えてるってどうなんだ)
足立は内心で舌打ちする。
勘の鋭さに警戒するのは姉川だけで十分だ。
「微かにコーヒーの匂いもしたし」
足立は自身の服の匂いをすんすんと嗅いでみるが、コーヒーの残り香はまったくしない。
「鼻がいいことで」
犬並みの嗅覚に脱帽する。
「姉川さんじゃあるまいし、男と女の事にいちいち騒がなくったって…」
「その辺でイチャついてる他のカップルだったら興味はねーんだよ。お前と夜戸さんは、その辺のとは違うだろ」
森尾なりに、唐突に2人の距離が大きく変化することを気にかけている。
嫉妬というよりは、懸念に近い感情だ。
微かに不安げな表情をしている森尾に、足立は「ふう」と力の抜けたため息をつく。
「少し…、雰囲気に煽られただけだよ」
ふと、真っ赤な顔と、柔らかい唇の感触を思い出した。
何かを聞こうとした口を塞いだのは、今思えば咄嗟だったのかもしれない。
我ながらズルいとは思った。
「なあ、足立。お前はさ…、夜戸さんと…」
夜戸の事をどう思っているのか、どうなりたいのか。
野暮だとは自覚しているが、気持ちは確かめておきたかった。
2人の間は、もう割り込めない域にまで達している。
だからこそ、過去のように、また亀裂を生んでははならないと思った。
「最近姉川さんと仲良しだけど、森尾君はそっちの方はどうなの?」
いつの間にか膝を立てて座っている足立が投げつけてきた。
「な、ん、で! ここで姉川が出てくんだよ!?」
しゃがんだ森尾が目線を合わせて唸る。
「え~。コイバナしたいのかと思ってノッてあげたのに~」
「女子会か!!」
「その女子会、俺は不参加でいいよなー」
鹿田は遠くに移動していた。
話をはぐらかされ、森尾は露骨に舌打ちする。
(俺、こいつに負けたのか)
身を引くと決めたのは森尾自身だが、そう思うと悔しかった。
純粋で一途な夜戸を、目の前の、直す気もない寝癖男に取られていいものかと。
「今日も天気最悪だねー」
足立は空を見上げて呑気に呟いた。
雪は降らなくなったが、未だにどんよりとした灰色の雲は、あるはずの太陽と青空を覆い隠している。
昼時だというのに、明るさは檻の中の薄暗さと変わらなかった。
同日、午後16時。
捜査本部にいる夜戸の目の前のカウンターテーブルには、夜戸の物であり、足立の物であったメガネが置かれていた。
ツクモは自分の席で昼寝をしている。
『これ、返しておくね。大事なものでしょ?』
そう言って笑みを向け、足立はウツシヨへと戻った。
「ふー…」
深く息をつく。
メガネは未だに掛けられずにいた。
手に取って掛けようとして脳裏をよぎるのは、ゼロ距離の足立の顔だ。
「~~~…」
真っ赤な顔で突っ伏した。
唇に残った感触も、香りも、味も、あれから時計の針が一周したにも関わらず覚えている。
「足立さんも、あたしの事…、どう思ってるんですか…?」
突っ伏した状態で、目の前のメガネのフレームを指先でなぞった。
この質問で「嫌い」とか「どうでもいい」とか言われたら、と考えるだけで憂鬱なため息が出てしまう。
「本人に聞けばいいじゃない」
「!?」
背後に立っていた姉川にびっくりして振り返る。
「メガネは喋りませんよー」
いつからいたのだろうか、先程の自分の発言を思い出して羞恥で顔が赤くなり、どう言い訳したものかと口をパクパクさせた。
姉川はメガネを手に取り、瞳を大きく開いたままの夜戸の目にかけ、「似合わないけど、この方がらしくていいね」と小さく笑う。
「足立さんと何かあった?」
「うっ」
あっさりと図星を突かれた。
「図星…。うーん…。チューでもされた…とか?」
ニヤニヤとしながら聞かれ、答えられずに再び顔を伏せる夜戸に、姉川は「うそ。ほんとに!?」と声を上げる。
ここまで当たるとは意外だったからだ。
「チュー?」
ツクモが起きた。
「どうして!?」
夜戸の右隣りにある自分の席に着いた姉川は、身を乗り出して尋ねる。
「ちょ、ちょっと待って。ぐいぐい来ないで…」
マイクを突きつける記者みたいな食い入りようだ。
夜戸は昨夜の出来事をぼそぼそと話し、今更恥ずかしくてメガネがかけられないということも話した。
「もしかして初めて? 誰かにキスされたの」
「なんでわかるの…」
寄ってきたツクモを抱きしめ、頭から湯気を立たせる。
「明菜がわかりやすい。そして乙女すぎる」
思わず照れが移ってしまうほどだ。
「これで「好きじゃない」なんて足立さんがぬかそうものなら、明菜を弄んだ罪で、ウチがボッコボコにするから。全身の穴という穴に矢ぁ撃ち込んだる…」
クロスボウを構え、恐ろしい発言をする姉川に、夜戸と抱きしめられたツクモは戦慄した。
その頃、独居房で昼寝をしていた足立も、「悪寒がする…」とブルッと身を震わせていた。
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