01:Let me defend you
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駅から数十分ほど歩いて夜戸が訪れたのは、拘置所だ。
手続きを済ませ、荷物検査のあと、刑務官に面会室に通してもらう。
「こちらでお待ちください」
天井、床、壁はすべて白く、部屋の中央は透明なアクリル板で仕切られていた。
無音に満たされた部屋は、小さな言葉を発しただけで、白い壁に当たって跳ね返ってきそうだ。
どこの面会室も同じような作りで、仕事上慣れている夜戸には、妙な緊張感を特別感じることはなかった。
厚いアクリル板の前に置かれた冷たいパイプ椅子に座り、夜戸は穴越しから向こう側に見えるドアを見つめた。
「……………」
相手からの返事はこなかったが、会ってほしい、と1ヶ月前に手紙を送ったことを思い出す。
会えるかどうかは、相手の意思次第。
「!」
2人分のゆっくりとした足音が聞こえ、わずかに顔を上げる。
ドアが開き、立会人の刑務官と、スーツ姿の男―――足立透が入ってきた。
「……お久しぶりです、足立先輩」
髪は寝癖でぼさつき、首元で絞められた使い古されたような赤いネクタイは、かつて着ていた制服のネクタイと同じように雑に曲がっていた。
メガネはもうかけていないが、昔とさほど変わらないその姿に、夜戸は懐かしさを感じる。
猫背気味に座り、間を置いてから夜戸と板越しに目を合わせる。
「……やぁ、夜戸さん…。元気そうだね」
足立が口元だけ小さく笑うと、表情には浮かばなかったが夜戸はわずかに驚いた。
(なんとなく…、雰囲気が少し…変わった?)
柔らかくなったという優しい意味とは違う、どこか砕けた雰囲気だ。
「…メガネ…、やめたんですね」
「そこ、つっこむ? そうか…、君は知らないか…。高校の時が最後だし…。そう言う君は、メガネにしたんだ?」
「…ええ…」
足立に指摘され、メガネのフレーム部分に触れる。
「―――って、昔ばなししにきたわけじゃないでしょ~? 要件をいいなよ。僕に何の用?」
頬杖をついて本題に戻され、夜戸はメガネから指を離して足立と目を見合わせた。
口元に反して笑っていない目。
昔話に花を咲かせる気は毛頭ないらしい。
一呼吸置いてから、夜戸は口を開いた。
「あなたの弁護をさせてください」
無言の足立の視線が、夜戸が着ているジャケットの襟につけられた弁護士バッジに移る。
ひまわりの中央に天秤のマークが刻まれてある。
「必要ない」
「……昔、冗談まじりもありましたが、あたしは言いました。「もし、将来、先輩が裁判沙汰になった時は、あたしを呼んでください」って…」
「はは、あったね。ほんとに裁判沙汰になるとはあの頃は思わなかったけど…。でもさ、僕に弁護はいらないんだ。わざわざ来てくれて悪いんだけど、帰ってくれる?」
ヘラヘラと笑ってはいるが、言い方は冷たかった。
「女性を2人…殺害したって聞きました。極刑の可能性だってゼロじゃない。弁護士は絶対に必要です」
「そうなったらしょーがないよ。事実だし? 僕が受ける報いってことでいいじゃない。信じてくれなさそうな内容だけど、変に捻じ曲げられて減刑になるのは僕が許せない」
「先輩」
「あと、その「先輩」っての、やめてくれるかな。君と違って、誇れる人間じゃなくなったからさ。女性2人を殺した、元・警察官…が弁護士の先輩なんてさ。言いふらさない方がいいよ。君の為にもね」
「……………」
「夜戸さんはすごいね。目標通りに、君のおとうさんがのぞんだ通り、弁護士になれたじゃない。あとは僕みたいに人生に嫌気がさして自棄を起こさない事だね。ロクな結末にならないからさ。あ、これ、経験者からの貴重なアドバイス」
足立はわざとおどけて遠ざけようとしているが、夜戸の表情はぼんやりとしたままだ。
夜戸が怒っているのか、悲しんでいるのか、何とも思ってないのか、わからない。
「…帰りなって。話がそれだけなら、僕は行くから」
突き放すように言ってから立ち上がり、夜戸に背を向ける。
「先ぱ……、足立さん」
夜戸は席を立ち、言葉を続けた。
「…あの時の事…、怒ってますか? あたしは…」
言いかけたところで、足立は肩越しに振り返り、貼りつけたような笑みを浮かべたまま答える。
「何の事? 実はあまり、昔のことは憶えてないんだ。思い出したくもないし」
「……………」
「じゃあね」
手紙の返事は返してくれなかったのに、会ってくれた理由を確信する。
直接拒絶して2度と会おうという気にさせないためだ。
ドアの向こうへと消えていく足立を呼び止めず、夜戸は自身のシャツをつかみ、胸の中心を押さえた。
ひとり取り残され、皺になるほどシャツを握りしめる手は、わずかに震えている。
「……?」
ふと、誰かに見られている気がした。
視線を感じた方に振り返ると、面会室の天井につけられた、1台の監視カメラがあった。
気のせいか、と肩を落とした夜戸は席を立ち、カバンを持って面会室から出ていく。
その時、監視カメラが、一瞬、何かに反応するように画像が乱れたが、気にも留める者は、誰もいなかった。
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