00-A:A story you never knew
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梅雨入りした、6月11日月曜日。
ただいま、クソな気分だ。
感情のままに、ビリビリビリビリ、と音を立たせながら未開封の手紙を細かく破り捨て、図書室のゴミ箱の中に紙の雨を降らせた。
封筒は桜色。
桜の花びらに見えなくもないのに、綺麗だとは微塵も思えなかった。
気分も破れて捨てられればいいのに。
独特な匂いを漂わせたベチャベチャのボンドみたいに僕の内側にべったりと貼りついたままだ。
剥がすのにしばらく時間がかかる。
外から聞こえる雨音と混じり合い、誰もいない放課後の図書室に反響した。
天気に嘘をつかれ、傘も忘れて帰ることもできなかった。
親は迎えに来てくれないだろう。
息子の事なんて気にも留めずに仕事に夢中のはずだ。
席に着いて問題集を広げる。
勉強なんて現実の塊なのに、逃避みたいなことをしていた。
落ち着くものなんて、こんなことしか思いつかない。
雨脚が強くなってきた時、図書室のドアが開く音が聞こえた。
教師だろうと図書委員だろうと、今は誰にも会いたくない。
ただの生徒だったら尚更だ。
握りしめる鉛筆に力がこもった。
視線を上げ、呼んでもない来訪者と目が合った。
なんだ、ただの後輩か。
視界に入れた姿に、無駄な力が抜ける。
昼休み以外に会うのは初めてかもしれない。
後輩はゆっくりとした歩調で、こちらにやってきた。
気のせいか、足取りが重い。
僕を見た時も、躊躇っているふうに見えた。
「珍しいですね、こんな時間に。放課後はすぐに帰るって言ってたのに…」
こっちのセリフだよ。
僕は口に出さず、軽く睨みつけた。
「……今日は晴れって聞いてた」
遠回しな言い方になってしまい、「君は?」と尋ねる。
「…………傘を忘れました」
「ああ、そう」
少し間が空いたが、鼻で笑ってやった。
不服そうな顔をするかと思えば相変わらずの無愛想ぶりだ。
文句も言わずに僕の目の前の席に座る。
僕は問題集に視線を落とした。
この互いの定位置も中間テストまでかと思ってたけど、期末も面倒を見る羽目になってしまった。
丸め込まれたみたいで腹立ったし、僕も変な情が移る前に断ればよかったものを。
そんなこと今更口にするのも遅いか。
「…あの…、先輩…」
遠慮がちに声をかけられた。
「何?」
「……今日、音楽室の前で…何か…渡されてませんか? その子、うちのクラスメイトで」
僕は顔を上げ、後輩と目を合わせた。
一瞬、そのクラスメイトに、聞いてこいとでも強いられたのかと疑ったが、本人が直接聞きに来ればいいだけの話だ。
手紙の受け渡しも人任せにしたのだから。
だとしたら、見られてたか。
そのことでイライラしてたってのに。
さっきの言い分からして後輩は、僕が渡されたのが手紙だと知らない様子だ。
「…見てたの?」
「見えた…というか…」
後ろめたそうに視線を彷徨わせている。
覗かれていたかもしれない。
「ふーん。その子と友達?」
「いいえ」
首を横に振って否定された。
それからじっと僕の返事を待っている。
視線で促されたが気がして、僕は持っていた鉛筆で受付の傍らにあるゴミ箱を指した。
「…………そこのゴミ箱」
「え」
後輩は席から立ち上がってゴミ箱に近づいておそるおそる覗き込み、無惨な手紙を発見した様子だ。
目を丸くしている。
「僕のじゃないよ」
「…は?」
後輩がこちらに振り返った。
やっぱり、知らないのか。
「僕の前の席にいる男子に渡してほしいってさ」
手紙の差出人は美人だったのに。
宛先の野郎の印象は、他の男子生徒と一緒になって、遊んでばかりの頭の悪い会話しかしてない奴だ。
どこがいいのかこれっぽっちも理解できない。
あれくらいチャラかったら恥ずかしがる必要もなく、自分で渡せばよかったのに。
「……渡さなかったんですか?」
「…面倒だったけど渡そうとしたよ。友達じゃないけど。そしたらさ、「ああ、ごめん、俺、彼女いるから、返しといてくれる?」ってさ…。「代わりに断って謝っといてほしい」って突き返された」
ここまで話す気はなかったけれど、愚痴が口をついて出てしまった。
改めて思うと本当に理不尽極まりない。
「まったく…。人を代わりに使ってさ」
ため息もつきたくなる。
どいつもこいつもクソか。
後輩は何か言いたげにこちらを見つめていた。
漏らし過ぎたか。
クソの類に入ってるなら、未開封の手紙を勝手に破いて捨てた僕が悪いとか思ってるんじゃないか。
「ああ、念のために言っとくけど、破ってそこに捨てたこと、絶対に……。…何してんの?」
口止めしている途中で、後輩が両手で目を覆っていることに気付いた。
泣いている様子ではない。
「アタシハナニモミテマセン」
唐突な、ロボット顔負けの棒読みだ。
「ブフッ!」
不意打ちに唾が飛んだ。
慌てて口元を手で覆って顔を逸らしたが、身体の震えが止まらない。
本人は、笑わせるつもりはまったくなかったのか、逆に驚いている。
その様子が僕のおなかをくすぐった。
なんだあいつ。
僕、イラついてたはずなのに。
そして、こみあげてくるものに耐えながら表情を見れば、図書室に入ってきた時に身に纏っていた曇り空みたいな空気がなくなっていた。
きっと傍にあるゴミ箱に捨てたのだろう。
まるで、僕が手紙をもらった相手じゃなくてホッと安堵しているように見えた。
自惚れもいいところだ。
ただいまの天気、曇りのち晴れ。
彼女の空気に反映されるように、外から聞こえる雨音が、ゆっくりと遠くへ流されていった。
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