00-A:A story you never knew
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季節は当たり前のように春を迎え、僕も当たり前のように進学校の3年生になった。
この年は受験を控え、さらに忙しくなるだろう。
大事な時期だ。
なのに、勉強ばかりで面白味もないはずの僕に、友達でもなく、恋人でもなく、この春から後輩ができた。
栗毛で小柄な、1年の後輩。
性別は女。
滑稽なほど必死に手を伸ばして本を取ろうとしていたのを見つけたことがきっかけだ。
この時期の1年は、勉学よりも無難な人間関係を築くことに労力を費やしている奴らが大多数なのに。
後輩がため息をついた時に、ほんの気紛れで本を取ってやったら、不思議そうな瞳で僕を見て、僕が怪訝そうにしているとようやく声を出した。
「喋れるんですね」
僕は取ってやった本を落とした。
さすがに僕も予想しなかった返答だ。
悪気があったわけではないようで、向こうは「しまった」と一瞬だけそんな顔をして、ぺこりと頭を下げて急ぎ足で図書室を出て行った。
残された僕は、走り去っていく小さな背中を見送ることしかできなかった。
文句を言ってやるべきだったか。
あれは言ってやるべきだろう。
しかし、追いかけるなんて無駄な労力を使いたくなかった。
そもそも僕が声をかけなければよかったんだ。
僕から声をかけなければ。
ズレかけたメガネを直し、参考書を手に取って席へ戻る。
さよなら、名も知らない後輩。
図書室に立ち寄るのはいいけど、周りのバカ共みたいにジャマだけはしないでほしい。
そう思うだけに留めた。
しかし、桜が散った、4月18日水曜日。
昼休みの時間を迎え、いつも通り図書室に出向き、いつもの1つの机に6席中、奥の左端の席に座る。
いつからと決めたわけではないが、この位置が落ち着いた。
「…足立先輩」
後輩は勉強中の僕の前に現れた。
僕は思わず鉛筆を止めてしまう。
「こんにちは」
後輩は、礼儀正しく挨拶してきた。
一瞬同じ人物かと疑ったが、顔は覚えていた。
誰も気にも留めそうにないアクションを起こせば、この後輩なら周りからきっと注目を浴びるだろう。
目は大きく、唇は赤く、肌は白いのに、もったいないくらいに無表情で、人形みたいに整った顔立ちだ。
そんな女が、改めて僕に何の用だろうか。
「この間は、本を取ってくださったのに、失礼な事を言ってすみませんでした」
後輩は頭を下げる。
ああ、謝罪か。
遅いな。
僕は「別に。気にしてない」と返した。
少し冷たい言い方だったかもしれない。
小さな頭を見続けるのもどうかと思って、ノートに視線を戻して鉛筆も再び動かした。
何を解こうとしていたのか一瞬忘れてしまう。
そういえば、ともう一つ疑問が浮かんだ。
「…何で僕のこと知ってるの?」
「え?」
「僕の名前」
どうやって知ったのか。
誰かから聞いたのか。
「…ああ…、ノートです。この席見たら、先輩の名前が書かれたノートが置かれてたので…、見てしまいました。名前だけ」
「ふーん」
置きっぱなしにするんじゃなかったな。
筆箱を動かし、下にあった別のノートの名前の部分を隠した。
一度席を立つ際は注意しておこう。
気にはされないだろうけど、他のバカ共に名前を覚えられたくない。
「本、取っていただいてありがとうございました」
改めて礼を言って、もう一度頭を下げた。
首、疲れないのかな。
「言っとくけど、もう取らないから。たまたまだったし」
そろそろ僕の言い方に不機嫌になってもいいのに、後輩はまったく気にしていない様子だ。
「はい。次はちゃんと脚立を使います」
素直にそう言って後輩は、同じ机の手前の右端の席に座り、勉強道具を置いた。
…自然に座られた。
思わず2度目の鉛筆停止。
これが凝視せずにいられるか。
僕みたいな無愛想な先輩、絶対嫌だ。
関わりたくない。
「あ…、勉強のジャマはしません。あたしもそのクチなので」
持ってきた参考書と教科書を見せる。
そういう心配は、もう欠片もしていない。
「…そこに座るの?」
「なんとなく…。…他に静かな席がないんです…。絶対ジャマはしないので、ここでよければ相席してもいいですか?」
目前でも隣でもないから、断りにくいな。
静かな席がないのは同情する。
図書室の注意書きも読めない連中に心底腹を立てているのは、僕だけではないようだ。
「……好きにしなよ。僕の席じゃないし」
僕は小さく言って、勉強に戻る。
「はい…」
後輩はまた「ありがとうございます」と礼を言って、自身のノートを開いて筆箱から鉛筆を取り出した。
後輩の視線を感じる。
でも僕は勉強に没頭するフリをした。
何かこう、チェックをされているような気がして、落ち着かない。
許可した手前、「やっぱり別の席に行って」とも言えず、用もないのに英和辞典を開き、ズレかけたメガネを指先で押し上げた。
きっとこのメガネをかけさせれば、あの大きな瞳を台無しにするだろう。
まあ、そんなふざけた機会は訪れないだろうけど。
正解か不正解かわからない、将来の足しにならない人間関係なんて、僕には必要ないから。
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