24:Let's go back
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サイズが合ってないような、胸の詰まりに違和感を覚えたまま、いつも通りの日常を過ごそうとしていた。
ニュース番組は無意識に普段より真剣な面持ちで食い入るように視聴するようになった。
駅のロータリー付近の横断歩道で信号待ちしている間、ふと、思い浮かんだことがある。
(世界が終わるってことは…、先輩も……)
ずっと忘れていた存在だ。
世界がなくなった時、その人物も一緒になくなるということになる。
『……………』
夜戸が過去を思い出したところで、周囲の人間は今日も身勝手な欲望を連れ歩いている。
刈り取り続ければいずれ世界が終わると聞いていた。
それがいつかは聞かされていない。
もしかしたら、夜戸が生涯をかけても終わらないかもしれないし、唐突に明日かもしれない。
(でも…、少しくらいなら……)
世界の終わりを遅らせてもいいのではないか。
初めての躊躇だった。
見て見ぬふりをしてみることにした。
信号が青に切り替わり、一歩踏み出す。
『…………あれ?』
はたと気付いた時には、横断歩道を渡り切っていた。
『へ?』
右手には、黒いナイフを握りしめている。
振り返れば、切り取られた黒い影たちが苦しげに飛び回っていた。
不意に、恐怖が芽生える。
意思に反し、行動が身勝手を起こした。
それ以降、夜戸は、何度も抗おうとしたが、抑えきれず、人間の薄暗い欲望を刈り取り続けた。
その瞬間を、覚えてすらいない。
(止まって…)
何度も。
(一度でいいから)
何度も。
(止まってよ!!)
数日後、家に帰宅するなり、脱衣所の鏡に映る自身と向き合った。
「止まらない…。これじゃ…、まるで……」
傷痕に爪を立てて睨みつける。
“楽しんでる…”
「!!」
“楽しいなぁ…”
肩にのった黒い影が、金色に光る2つの目玉をぎょろぎょろと蠢かせながら嗤っている。
鏡越しの姿に凍りつき、声も出なかった。
“醜い人間…”
“あたしが浄化するんだ”
“綺麗に…綺麗に…”
意識を向ければ、自分自身の声だ。
『…楽しんでたってこと…?』
10年の間、ずっと習慣的に行っていた行為だ。
見つけたり聞こえたりすれば躊躇なく刈り取っていた。
心のどこかで、見下し、嘲笑っていたのだろうか。
同じ、人間を。
そもそも今まで自分のことを人間として認識していたのだろうか。
母親に刺された傷痕が痛み、うずくまった。
“こんな理不尽な世界…許してはいけない…。兄さんを奪ったこの世界を…、彼を非難する…この世界を……”
“壊そう…! そうしよう…! 早く終わらせよう…!”
『うるさい!!!』
黒いナイフで付き纏って囁き続ける黒い影たちを刈り取った。
少々の意識が削り取られ、眩暈とともに倒れ込む。
(これが…、心…。人間の心…)
自身の抱えているものまで視認できるとは思わなかった。
原因は、記憶が戻った事と関係しているのだろう。
本来の人の心を取り戻したことで、見えるようになってしまった。
(今まで…、どんな想いで…やってきた…? カミサマでも気取ってた…?)
今まで休むことなく遂行してきたことなのに、それが思い出せなかった。
日常の一部としか感じていなかったのかもしれない。
食べる事や寝る事と変わらない感覚だった。
その日から、どれだけ自分自身の黒い影を刈り取っても、翌日には復活していた。
根元から消えるわけではない。
常に付き纏われ、薄暗い気持ちをわざわざ耳元で代弁されて、精神的にも疲労が滲み出た。
ぐっすり眠れる日がまったく訪れない。
ただの人間が妬ましくなる。
普段は自分の影に囁かれて頭を悩ますこともないのだろう。
『月子、食べていいよ』
黒い影を刈り取り、カクリヨに移して欠片に変え、月子に手渡した。
『だいじょうぶ…? 休んだ方が…』
心配してくれる月子をよそに、ウツシヨへと戻る。
(休む暇なんか、与えてくれない)
日に日に、声が増している気がした。
蝉の合唱の方がまだマシだ。
気付けばいつの間にか春を通り過ぎ、夏を迎えていた。
その頃、足立の起訴が確定した。
拘置所へ手紙を出したが、足立からの返事はなかった。
脱衣所の鏡を見る。
メガネ越しに見える目元にはクマができていた。
少しやつれたかもしれない。
“返事…返ってこなかった…”
“やっぱり、先輩は会いたくないんだ…。あたしが悪い…。あたしが…”
相変わらず、黒い影が鬱陶しい。
声も頭に響くほど大きくなり、自己嫌悪に苛まれる。
(今までの持ち主は…、これのせいで死んでるのか…)
月子は詳しく話さなかったが、神剣を埋め込まれた者の末路は、自害する者や自我が崩壊する者がいたらしい。
自分自身の声に追い詰められて。
兄も、その1人だと聞いている。
“よくここまでもったよ…。でも、もういいよね…”
もう、内心で呟いているのかもわからなくなった。
“先輩にも…必要とされていない…。先輩は思い出ごと捨てたんだ”
“もういいよ…”
『足立先輩…』
“こんな汚れたあたしと会ってくれるわけがない”
『疲れたよ……』
“会いたいな…”
“あたしが死ねば、世界はそのままだ…”
“先輩を…他の人間と一緒に失いたくない”
“先輩に会いたい…”
“死にたいな…”
『死にたいな…』
“『死ねばいいんだ…”』
手に握りしめた黒いナイフ。
両手で握り、刃先を胸に向けた。
痛いのはもうイヤだ。
一思いに貫けば、楽になれるはずだ。
死への恐怖はもうそれほど感じなかった。
むしろ、やっと解放される安堵の方が大きい。
“こんな汚れた世界から、早く出たい。出たい。出たい。出たい”
力強く、勢いをつける。
“これで兄さんと一緒だ”
その言葉に、ふと、兄の亡骸を前に号泣する母親がよぎった。
どうして、日々樹なの。
そんな母親に、娘は約束を交わした。
兄さんみたいに死なないから。
ドス!!
躊躇が生まれた刹那、黒いナイフで胸の中心を貫いていた。
『は…ッ…。嫌…。嫌…!』
崩れ落ちる身体。
灼熱の痛み。
母親に刺されたあの時と同じだ。
生への執着が湧いた途端に、一気に死への恐怖に包まれて泡を食った。
(あたしは…、「どうして」なんて…あんなこと…きっと…言ってもらえない…! 怖い…! 死にたくない…! 自分で死ぬのだけは…嫌だ…!!)
遠のく意識をつかもうと必死に手を伸ばしたが、やがて目の前が真っ暗になった。
それから、どれくらい意識を失っていたかはわからない。
数分、あるいは数時間、もしかしたら数秒かもしれない。
目が覚めると、脱衣所の床が目に入った。
『う……』
記憶が少しおぼろげだ。
なぜ倒れていたのか、思い出すのに時間がかかりそうである。
脳の奥を針で突かれたような痛みが走り、呻きながらゆっくりと起き上がった。
『!?』
鏡に映った、胸の傷痕にぎょっとする。
横一線の傷痕が増え、十字型になっていた。
赤みを帯びた、赤い傷痕だ。
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