24:Let's go back
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「……これで…終わり?」
あれだけ追い込めていたのに、すべては一瞬だった。
シャドウ達は全滅し、空間に静寂が戻る。
容赦は一切せず、作戦を話し合う猶予も与えなかったはずだ。
ゆっくりと身体を包む敗北感に、月子は茫然と立ち尽くす。
そこへツクモが丸腰で近づいた。
月子の手にはカップが握られたままだ。
「あなたのペルソナはここにあるのに…、なんで召喚できたの? それに…あんな強い力…」
「それはツクモの核じゃないからさ。言ったでしょ。ツクモはツクモ…。君だけのものじゃないって…」
背中の赤い傷痕から、水晶で造られた小さな水瓶が出てきた。
ヒマワリの花が浮かんでいる。
それがツクモの、独り立ちした心の証だ。
「これがツクモ自身のペルソナさ」
そう言って赤い傷痕に戻し、森尾達に振り返った。
「…強くなっても、ツクモひとりじゃ、太刀打ちできなかったさ。みんなのおかげさ…」
勝利を手にした森尾と落合は嬉しそうにハイタッチしたが、先程の召喚のせいで微かに残されていた気力を削り、再びその場に倒れ、姉川は呆れながら歩ける程度に回復をやり直した。
「みんな…か」
月子は自嘲する。
「日々樹に、「みんな」なんて言える存在、いなかったよ」
だから死んでしまった、と影を落とした。
「多くなくていい。誰かひとりでもいい。君はこのまま、大事な存在をまた失ってしまってもいいの?」
尋ねながら、ツクモが月子の足下まで近づく。
「ツクモは嫌さ。耐えられないさ。君も、耐えられなかったから、ツクモのこの身体に押し込めたんだ。日々樹から貰った気持ちも、手に入れかけた、『悲しい』って気持ちも」
「……月子は…」
雨の中の冷たくなる体、冷たくなる顔、壊れたメガネ、雨に融ける血、霞んだ声…。
最後に会った温かい彼は、月子の頭を撫でて人形とヒマワリ模様のカップを渡した。
『月子、お前はここで待ってて』
『…帰って…くる?』
『ああ。すぐに。だから、この子(人形)と大人しく待ってるんだ。帰ったら、あったかいカフェオレを淹れてあげるから』
人形を膝にのせ、カップを両手に包んで待っている間、ただ持っていただけなのに、カップの取っ手が突然外れて床の上で粉々に砕けた。
だからあの日、言いつけを破り、日々樹が行った学校へ赴いた。
言いつけを破ったバツだ、と雨に打たれ続ける顔を見下ろしながら思った。
日々樹、と何度も呼びかけた。
ヒュウ、ヒュウ、とわずかな呼吸が繰り返され、日々樹は微かな声を絞り出して言う。
『月……子…、テレビ…』
ほとんどの虫の息だが、月子は日々樹の口元に耳を近づけた。
テレビの中に逃げろ、そう聞こえた。
この男は、もう死ぬ。
大切なものを遺して。
『ヒマ…ワリ…………』
月子にはその最期の言葉だけが、自分に向けられた言葉ではないと感じ取った。
気も遠くなるような長い間、自身の年齢や名前や言葉も忘れるほど幼い少女の姿のまま生きてきたが、胸が突き破けそうな痛みに襲われたのは初めてだった。
怖くなった。
自分ではない誰かになって消えてしまいそうで。
どこかに、押し込めなくては。
日々樹の頭部の傍に、愛用のリボルバーと消えかけの黒いナイフを見つけた。
それを使い、自身の湧き上がる感情や想いの塊を取り出してカップに宿し、人形のツギハギの中に、カップと、リボルバーを無理矢理押し込んだ。
初めての試みだったが、成功した。
胸の痛みは消えた。
けれど、代わりに埋めるものはなく、穴は空いたままだ。
今も、ずっと。
中途半端になった原因はわかっている。
自分の中にほんの一握り残したものを呟く。
『つ…き…こ』
どうしても、日々樹から貰った名前だけが捨てられなかった。
ツクモの前に、月子は座り込む。
「月子が捨てたのは…悲しいって…気持ちだったんだ…」
ツクモは月子の膝に両方の前足をのせ、鼻を月子の胸に押し当てた。
「全部捨てたわけじゃないさ…。全部捨てたのなら……」
そんな顔はしない、と言いかけたところで、ツクモは月子に抱きしめられ、顔を押しつけられた。
(あ…)
既視感を覚えた。
兄の葬式で、あの少女も同じように顔を押し当てていた。
(明菜ちゃんも…、あの時……)
体の中に染み込んできたのは、兄を失った喪失感と、兄を奪った周りの人間への憎しみと、兄の代わりに自分を捨てることを決意した想いだ。
「おねーちゃんを…たすけて」
月子は涙声で求める。
『月子、食べていいよ』
夜戸から手渡されたのは、コンペイトウのような欠片―――夜戸自身の欲望だ。自ら切り取り、今まで抑えつけていた。
両腕を広げて通せんぼをしたところで、姉は止まらないだろう。
せめて理解者になりたかった。
姉が頼ってくれるのは自分しかいないと信じていたからだ。
日々樹のような惨い死に方をするくらいなら、と。
しかし、姉の為に戦うツクモ達を目の当たりにして、選択が違っていたことに気付く。
姉の願いを踏みにじることになっても、見損なわれてしまっても、止めるべきだったのだ。
助けを乞うべきだった。
「今までのパートナーは見限って、助けようともしなかった…。月子がおねがいする資格はないけど…、日々樹の宝物を…、失いたくない…」
「明菜ちゃんは、君にとっても宝物さ。…ツクモにとっても、みんなにとっても」
だから助けたい、とツクモは月子の額に自身の鼻を押し当てた。
姉川、森尾、落合がこちらにやってきて、前屈みになった姉川が月子に躊躇いもなく手を差し伸べる。
「あなたも来て」
酷い目に遭わされたというのに、気にも留めていない。
ツクモを左腕に抱いたまま小さな手を伸ばし、温かい手を支えに立ち上がった。
ザザ…ッ
そのノイズ音を聞き、全員が見上げた。
森尾が「今度は何だ!?」と辺りを警戒する。
壁一面が、ノイズ画面に覆われていた。
数え切れないほどのモニターだ。
ひとつひとつが別の映像を映し出していた。
ただし、映像に登場しているのは、ほぼ同一人物。
トコヨと同じ現象だ。
欲望を暴走させた人間の過去と、闇が明かされる時、ノイズ音が聞こえ、映像が映し出される。
「明菜ちゃん…」
映し出されたのは、夜戸の過去だ。
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