23:I knew you
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「……………」
月子は、両手で持ったカップを、静かに見つめていた。
ツクモの赤い傷痕から引きずり出したそれは、中身は入ってないはずなのに、ミルクたっぷりのカフェオレの香りが今にも漂いそうだ。
「日々樹…」
覚えている。
日々樹が、子どもの頃に愛用していたカップだ。
カフェオレを一緒に飲むとき、貰ったものだ。
『月子、美味いか?』
愛を忘れているはずなのに、日々樹の声は優しかった。
本来なら、血の繋がった妹にかけるはずの言葉だ。
あのぬいぐるみも、本当は妹にプレゼントするはずのものだった。
「ツクモ…。なあ…、返事しろよ…っ、おい!」
「嫌だよ…っ。ツクモ…姉さん…!」
今にも泣き出しそうな森尾と落合の声にも、ツクモは反応しない。
「そんな……」
シャドウ達に取り押さえられた姉川も、絶望に包まれた。
「…隠しどころのつもりだった…。なのに…、動いたり、喋ったりするなんて…思わなかった…。月子が勝手なことしたせい…」
「ごめんね」とツクモに謝る。
ぬいぐるみの事も、忘れたことはない。
動き出した原因が自分にあることも自覚していた。
でも、腑に落ちなかった。
ぬいぐるみなのに。
自分にはないものを持っていて、やりたいことをやっていた。
「ツクモに…何をしたの…?」
姉川は声を震わせながら尋ねた。
「月子が隠しておきたかったものを、返してもらっただけ…。だから、ただのバクさんのぬいぐるみに戻したんだよ」
「ウソ…。それじゃあ…っ」
信じることができなかった。
ツクモの意識は、感情は、想いは、こうも簡単に消え去られてしまうものなのか。
悲しみに暮れる姉川達の反応に、月子はカップを見下ろしたまま動けなくなっていた。
姉は、きっとこの光景を直視したくなかっただろう。
そう思って先に行かせたのに、名前もわからない感情に、カップを持つ手が震えている。
隠しておきたかったものを、自分自身に戻す気はない。
恐ろしいからだ。
なぜそんな自己防衛のマネをしたのかも思い出せない。
しかしその場で叩き割ってしまうには抵抗があった。
その時、空間が小さく揺れだした。
「おねー…ちゃん?」
この世界は夜戸の心で構築されている。
夜戸の身に何があったのか、不安を煽る揺れ方だ。
「ま…、まただ…っ」
「傷痕が…痛い…!」
森尾、落合、姉川は赤い傷痕から先程よりも強い痛みを感じていた。
傷痕そのものが燃えているような痛覚だ。
シャドウ達もざわめいていた。
アアアアアア!!
魔女のシャドウも、両手で顔を覆って悲鳴を上げている。
「おねーちゃん…!」
最後の別れのつもりで送り出したのに、湧き上がる不安に突き動かされそうになった。
「そっか…」
その声に、はっと振り返る。
抜け殻のはずのぬいぐるみは、横たわったままだ。
でも確かに今、声が聞こえた。
「この痛みは…、明菜ちゃんのものさ…」
「!?」
むくりと起き上がったぬいぐるみに、月子どころか姉川達も驚愕した。
「ツクモ!?」と姉川。
「生きてたのか!!」と森尾。
「勝手に殺してほしくないさ!!」
怒りでぴょんぴょん跳ねる。
「どうして…?」
月子はうろたえていた。
ツクモの赤い傷痕も残されたままだ。
「ツクモの心は、作り物でもなければ君だけのものじゃないさ。みんなが傷ついて悲しいって思う心も、「キャベツ」っていじられてムカつくって思う心も、笑ってて楽しいって思う心も、全部、ツクモのもの…。みんなから貰ったものが、ツクモの心を本物にしてくれたのさ」
そうだと信じているからこそ、断言できた。
月子は認めない。
首を振って否定する。
「あるはずがない…。そんな…。月子はそんなもの、持ってない!」
「持ってるはずさ。ベースは君なんだ。出したかった感情も、やり遂げたかった願いも、確かにツクモの中にあった。君が、隠し続けてしまっただけさ。テレビの中に引きこもってるだけじゃ、わからないさ」
赤い傷痕に触れた時、心の中を見られたかもしれない。
「……………」
「そして君には伝わらないの? 明菜ちゃんの想いも、痛みも」
「月子が誰よりも傍にいた…。おねーちゃんのこと、知らないはずがない…!」
ムキになって言い返すが、ツクモははっきりと言った。
「日々樹は、この結末を望まない」
「日々樹はもういない!!」
雨の中の冷たくなった顔が脳裏によみがえる。
月子はポケットに手を突っ込み、破片を取り出して魔女のシャドウにぶつけた。
動揺していたように見えた様子が落ち着き、くるりとツクモに体を向ける。
「どうしてシャドウが心の声に集まったり、欲望が暴走した人間に使役されるのか…少しわかったさ。みんな、ただ寂しかっただけさ…。寂しい人は、寂しい人の気持ちがわかる…。分かり合おうとする…。ツクモも…、アダッチー達に会うまで、ずっと寂しかったさ」
(きっと…、明菜ちゃんも……)
未だに赤い傷痕から伝わる痛み。
それは、与えた当人の心と繋がっているのだろう。
気を抜けば、うっかり涙がこぼれ出てしまいそうな切なさが混じっていた。
「アダッチー、明菜ちゃんに気付かせてあげてほしいさ…」
目を閉じるツクモ。
「ツクモ姉さん!!」
「上だ!!」
「また、力を奪いにくる!!」
魔女のシャドウが、気力を吸い取る黒い球体を放った。
あれに触れてしまえば森尾と落合の二の舞だ。
けれど、負ける気がしない。
目を見開いたツクモは、湧き上がる力とともにペルソナの名を叫ぶ。
「ヒハヤビ!!」
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