23:I knew you
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足立は、ドミノ倒しになった本棚と本棚の間に倒れ、本棚から落ちたたくさんの六法全書の中に埋もれていた。
「痛てて…」
本をどかし、自力で這い出て身を起こす。
危うく本棚の下敷きになるところだった。
「あ~…イッテ…。舌切った…」
唇を擦り、口の中に溜まった血を「プッ」と吐き出す。
カツン、と足先が何かを蹴った。
六法全書にしては軽い。
「!」
子ども向けの、白雪姫の絵本だ。
リンゴを差し出す魔女と、それを受け取る姫のシルエットが描かれている。
腰を落として拾い上げた。
(学園祭でやったな)
高校3年の発表は、ほとんど演劇だ。
他のクラスが、『シンデレラ』と『人魚姫』に対し、自分のクラスは『白雪姫』だった。
夜戸は、その演劇を見に来ていたと言った。
物語の感想は、シビアなものだった。
王子と姫のエンディングが腑に落ちなかったらしい。
対して足立は夜戸の感想にまったくの同意見で、そのよそ、発表された3作品の共通点に気付いた。
どれも魔女や妖精が登場し、それぞれ役割が違う事。
『シンデレラ』は希望を与える妖精の女王、『人魚姫』は選択を与える魔女、そして『白雪姫』は絶望を与える魔女。
当時の夜戸は、気付いていただろうか。
「!」
目の前に振り下ろされた曲刀を、横に飛んでかわした。
代わりに、手に持っていた本が、後ろに倒れていた本棚とともに真っ二つになる。
現れたイツは、普段の夜戸のペルソナではなかった。
腰まで伸びた漆黒の髪、頭には鬼のような2本の鋭く長い後ろ向きに伸びた赤い角が生え、両目は金色の鋭い瞳を覗かせる黒い鉄の仮面で覆われ、首には黒い鉄の鎖が垂れさがり、イツにはあったはずの頬と唇を閉じ込めていた5本の黒い鎖はなくなっている。
唇は赤く妖艶で牙を覗かせていた。
襟が立った、ダークグリーンのロングコート、閉められた胸元には深紅の太いラインが十字架型に縦横に伸び、ロングコートの腰下は開かれ、漆黒の両脚が露出し、膝は鎧のような膝当てがつけられ、ヒールのついた黒い足の爪先はピエロの靴のように曲折し、加えてナイフの刀身がついていた。
長袖から見えた手は両脚と同様に黒く、右手には、日本刀の柄をもつ刀身の長い曲刀を握りしめていた。
刀身は、ギザギザのノコギリ型に変化していた。
夜戸の著しい心境の変化か、本来の姿なのか、非情に、攻撃的な見栄えになっている。
召喚された際、爆風が巻き起こり、本棚の上にいた足立は飛ばされてしまったのだ。
「イメチェンにしては気張り過ぎじゃない? っと!」
斜めに曲刀を振られたが、身を傾けてかわす。
「はぁ…、はぁ…」
ふらりと現れ、息を乱しているのは、夜戸の方だ。
シャツに皺が出来るほど左手で胸元を握りしめ、足立を睨み、フッと嗤う。
「静かだと思わない?」
夜戸にそう言われ、水のイルカが宙を漂ったまま何も言わないのを気にした。
「あれだけのシャドウが相手なら、強くなっても無意味。多勢に無勢。月子に任せて正解だった」
勝ち気になっているのに、額には汗が浮かんでいた。
「足立さん、あなたはここで消えてもらいます。華ちゃん達と違って、赤い傷痕のないあなたの干渉を止めるにはそれしかない。今は追い返せても、たとえ一人になっても、何度も、何度も、あなたは来る。大事なルールに縛られている限り」
「ははっ。君が、僕を殺すって? ウケるんだけど」
足立が嘲笑うと、変わり果てたイツが、曲刀を大きく振りかぶった。
「イツノオハバリ!!」
刀身が振り下ろされ、足立は声を張る。
「マガツイザナギ!!」
足立の目の前に召喚されたマガツイザナギの矛が、イツの刀身を受け止めた。
ギンッ、と耳を劈く音が鳴り響き、火花を散らす。
「ルールを重んじてるあなたが皮肉にも檻の中。世の中理不尽だらけ。少し周りを見回せば、簡単に破ってる人間なんてごまんといるのに!」
夜戸は歯を食いしばり、気力を燃やしてイツに集中した。
刃と刃の打ち合いが繰り広げられ、互角に渡り合っている。
「決めたことも守れないのに、自分は間違ってないむしろ正しいと信じて、目に見えたルール破りは平気で罵って煽って追い詰めていく。中には、心の底で“刺激”と受け取って楽しむ救えない人間もいる。ならいっそ、すべて一度は絶望的な痛い目に遭えばいい。存在するものはなくなってこそ価値が見えてくる。最初から守ってなかった人だってルール破りの大群に戦慄し、後悔する事になるはず」
「そんなことしても変化なんて一瞬だ。みんな、次第に感覚が馴染んで新しいルールを設けるだろうさ」
「だからこそ、あたし達が導けばいい!! 勝手なルールも作らせない!!」
足立と夜戸は、巻き起こる粉塵に飛ばされないように踏み堪える。
重いはずの六法全書もバサバサと音を立てて紙吹雪みたいに飛んだ。
「足立さんなら賛同してくれる思ってた! 考え直す気になりませんか?」
「つまんないこと言わないでくれる? これで僕が「うん、わかった」って頷いたとして、君は信じる気になるっての?」
「あなたって人は…! どうしてわからないの!?」
イツが回転をつけてマガツイザナギの頭部を切り落とそうとした。
その前に、マガツイザナギの矛が上から振るい上げられてそれを払いのける。
「あなたに、もっと早く再会しておけばよかった。そうすれば、一緒にこの世界を壊せたのに…。例の子ども達に影響されましたか」
「……………」
「兄さんが自ら命を絶ったこの世界を、あなたを牢獄に入れたこの世界を…、あたしが終わらせる…!!」
曲刀の切っ先から疾風魔法が放たれ、真正面からまともに喰らったマガツイザナギの体が吹っ飛んで本棚の上に倒れる。
「く…っ」
イツの猛攻は止まらない。
倒れたマガツイザナギの真上に飛び、曲刀をマガツイザナギの体に何度も叩きつけた。
「がぁ…!」
足立の身体に、マガツイザナギの痛みが走る。
「アハハハハ!! 誰にも止められるわけがない!! あたしが正しい!! あたしは、間違ってない!!」
血がにじみ出るほどナイフの柄を握りしめ、狂い笑う夜戸。
足立の目に、去年の自分自身が映り、頭を振った。
(違う…)
マガツイザナギは右足を突き出し、イツの腹を蹴り飛ばす。
「まだ抵抗しますか。今度こそ首を切り落とす…」
夜戸が、ゆっくりと身を起こすマガツイザナギを見上げた時だ。
「君は、間違ってる」
足立は夜戸の言葉を遮り、目を合わせた。
「……って、本当は言ってほしいんじゃないの? なんとなく、じゃなくてさ…」
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