23:I knew you
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『……………』
学生時代、ノートに視線を落とす足立の手を、向かいの席に座る夜戸はじっと見つめていた。
くるん、くるん、と鉛筆が綺麗な円を描いて回っている。
足立が問題を目の前に考え事をしている時の癖だ。
何度も見た光景だが、一度も足立が落としたところを見た事がない。
夜戸は自分の鉛筆に視線を移し、回そうとした。
だが、半分も回らずに指から外れ落ちてノートの上を転がる。
足立のやり方を窺いながら何度か試してみるが、1回も成功しなかった。
もう少し勢いをつけてみる。
ペチンッ
指に弾かれた鉛筆は宙を飛び、足立の額にヒットした。
初めて足立が鉛筆を落とす光景を目にし、夜戸はノートに額をつける。
『夜戸さん…』
足立は、夜戸の鉛筆を拾い、後ろの部分を夜戸のツムジにくりくりと押し付けた。頭のツボに良さそうな痛さだ。
『期末がすぐ目の前だっていうのに、遊んでる余裕があるんだ? すーごーいーね―――』
『地味に痛いです。ごめんなさい。余裕は皆無です』
『鉛筆回しが上手だなぁって』と言って押さえつけられたツムジを撫でながら顔を上げる。
『こんなの上手くっても将来なんの役にも立たないよ』
足立は夜戸と目を合わせながら、夜戸の鉛筆をくるくると回した。
鉛筆が変わっても円に乱れはない。
『やろうと思えば誰だって出来る。テレビに出られるような特別なもんでもないし』
そう言ってから夜戸に鉛筆を返した。
『やろうとしたけど出来なかったんです』
『まず持ち方が悪いよ。いつも通りの持ち方で、中指で弾いて、親指は動かさないで』
実演しながら説明する。
夜戸は「うんうん」と相槌を打ち、再び挑戦した。
ペチンッ
再び、指からすっぽ抜けて足立の額に命中し、ノートに額をつけることになる。
そんな思い出が、現在、足立の喉元目掛けてナイフを振るう夜戸の脳裏を通過した。
(ナイフを振り回すのは、鉛筆より簡単だった)
手の中でくるんと回し、ナイフの刃先を下向きに持ち替える。
足立はリボルバーの銃身で刃先から身を守った。
ギギギ…、とナイフと銃身の間から不快な音が鳴る。
夜戸の猛進は止まらない。
すかさず銃身にナイフを滑らせ、角度を変えて何度も刃先を突きだした。
足立はナイフの動きを目で追い、銃身で防ぎながら後ろへ下がっていく。
「ずっと持ちこたえる気ですか?」
煽りながらナイフのスピードを速めた。
足立の手や頬、肩を掠め、小さな切り傷をつけていく。
(速いな…!)
「足立さん、一度下がって!」
足立の頭上で泳ぐ水のイルカから姉川が指示を出す。
「わかってるよ!」
長くは持ちこたえられそうにないと判断し、大きく後ろに跳んで背を向け、すぐに走り出してイルカを追いかけた。
夜戸は狙いを定め、勢いをつけてナイフを投げ飛ばす。
「!」
ガッ、と刃先が突き刺さったのは、本棚だ。
足立は咄嗟に曲がり、本棚の後ろに隠れた。
夜戸は警戒しながらナイフに歩み寄り、柄をつかんで抜き取った。
それから足立が逃げ込んだ本棚の後ろを見るが、姿はない。
ここは大きな本棚が立ち並んだ図書館だ。
距離をとることも、物陰に隠れることもできる。
この場所を戦場にするつもりはなかった夜戸は、小さなため息をついて足立の姿を捜す。
静かな館内に足音は聞こえない。
どこかで身を潜めているのだろう。
「今度は足立さんが隠れる番ですか?」
声をかけながら、ゆっくりとした歩調で本棚と本棚の間を進む。
腕を横に伸ばし、歩くたびに、ナイフの刃先で本棚に敷き詰められた六法全書のカバーに傷付けた。
子どもが握りやすい太い枝を拾って意味もなく床に引きずったり、壁にぶつけるように。
「すっかり悪党気取りか。去年の僕もそんなカンジだったかな」
奥の方から足立の声がする。
「もう一度、悪役に身を置いてみる気にはなりませんか? 世界を壊したあとは、悪役から指導者になれますよ。あなたが望む世界に作り変えることができる」
「残念だけど。僕はもう降りたんだ。そんな大役、2度と御免だね」
「なら、なぜここに来たんですか?」
「君を、クソくだらない舞台からおろすためさ。客だって、役者が気に食わなかったら、おうちに帰るか、頭にきて引きずりおろそうとするだろう?」
「…くだらない舞台?」
夜戸は足を止めた。
不快な痛みを胸に覚える。
「あなたが……」
静かに、すぐ傍の本棚の上に、足立の気配を察知した。
片膝をつき、リボルバーを構えてこちらに銃口を向けている。
「あたしの何を知ってるの!!?」
湧き上がる感情のままに声を張り上げて足立を睨み、ナイフを振りかざして声に出した。
イツノオハバリ。
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