22:No time left for hide and seek
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ツクモは柔らかいはずの身を強張らせた。
きっと名乗らなくてもわかっていただろう。
現れた少女が、自身の生みの親だと。
「もしかして、あの子が噂の月子ちゃん?」
足立はツクモを一瞥してから視線を戻す。
どう見ても、ランドセルを背負って元気に小学校に登校しそうな少女だ。
姉妹の設定と聞いていたが、夜戸の見た目が高校生の姿で止まったままならば、傍からは確かにそう見える。
「おねーちゃんは、下に行って」
「でも…」
「痛むんでしょ?」
そっと伸ばされた小さな手が、夜戸の胸の中心に当てられる。
高ぶっていた熱が、少し冷まされた。
月子は優しい声色で言う。
「月子に任せてくれれば、おねーちゃんが望む消し方をする…。それがいい…。…だけど…」
月子の視線が、足立に向けられた。
それから、その足下にいるツクモにも。
「対象外はムリ」
残念だけど、と伏せられた目が言っている。
それがどういう意味を持つのか、夜戸にはわかっていた。
「……なら、せめて……」
足立達に聴こえないように、月子に耳打ちする。
月子は一歩後ろに下がって素直に頷いた。
夜戸は足立達に顔を向けて薄笑みを浮かべる。
「月子が「遊びたい」ってさ。あたしは仕事でなかなか遊んであげられなかったから…」
未だに疼く傷痕を押さえつけ、足立達に背を向けて歩き出した。
「待って! 明菜姉さん!」
「明菜ちゃん!」
「まだ話は終わってない!!」
姉川達の呼びかけでは夜戸は足を止めない。
「サヨナラ」
背を向けたまま突き放すように言い捨て、奥の階段を下りて行った。
入れ替わりに、大量のシャドウが奥や手前の階段から上り下りして足立達の逃げ道を奪い、立ち塞がる。
「どいてくれ!」
森尾は月子に言うが、月子は「だめだよ」と首を横に振った。
「もう遅い。結局、あなた達は、おねーちゃんの正解にたどりつけなかった」
「正解って何…?」
姉川は湧き上がる感情を抑えて問いかけるが、月子は「今更知ってどうするの」と無邪気な顔で突っ返す。
「どうせ出来ないクセに」
一変して、冷めた言葉を吐き捨て、手を挙げた。
シャドウの群れが襲い掛かってくる。
ここに来るまでに出会った数の比ではない。
応戦の態勢に入る足立達。
「さすがに多すぎない?」
1体のシャドウが足立に飛びかかり、足立がリボルバーを向けて銃撃する前に、森尾がバールで叩き落とす。
「足立! てめーは夜戸さんを追いかけろ!」
足立はぽかんとした。
町と違って限られた空間の中、優勢とは言い難い戦況だ。
一人抜けただけでも余計に苦しくなるのではないか。森尾だけでなく、姉川達の視線も集中している。
行かせるのは、足立ひとりだ。
「君達はどうするの」
正直、自分が行ったところで、夜戸がこちらに帰ってくるという保証はない。
彼女はすべてを捨てる気だ。
ここまで踏み込んでも、夜戸の返事は“拒絶”だったのだ。
足立は、僕じゃなくても、と言いかけた。
その前に森尾はコブシを軽く足立の胸に押し付ける。
「やかましい! てめーじゃないとダメだろ!!」
舌を打って「言わせんじゃねえよ」と睨んだ。
「行ってよ、透兄さん! ボクらが血路を開くから!」
さらに背中を押すのは落合だ。
「ツクモも、ここでモヤモヤを吹っ飛ばすさ!」
足立に近づくシャドウも、ツクモはすべてまとめて体当たりで吹っ飛ばす。
「……………」
「イルカを1体つけるよ!」
姉川はクラオカミから1体の水のイルカを生み出し、足立につけさせた。
離れていても、これで連絡が取れてこの先のナビゲーションも可能だ。
誰も足立ひとり向かわせることに反対せず、むしろ行かせようとしている。
(僕でいいの?)
足立は視線で森尾達の背中に問いかけた。
きっと、口にしても彼らは肯定するのだろう。
今まで、彼らの目に、夜戸が、自分が、どのように映っていたのだろうか。
「足立さん」
駆け寄った姉川が、足立の右腕を両手でつかむ。
「お願い…。足立さんが行って。そして、帰ってきて…。夜戸さんと一緒に…! 足立さんはもっと、夜戸さんの気持ちに触れてほしい…!」
本当は自分自身が行きたいのだろう。瞳には、悔しげな涙を浮かべていた。
「僕で…いいんだね」
足立は小さく呟き、肯定を見届けずに奥の階段を見据えた。
「ネサク!」
「イワツヅノオ!」
ネサクの火炎魔法とイワツヅノオの氷結魔法が放たれ、周囲のシャドウたちを一掃する。
「行け!!」
森尾の掛け声を合図に走り出した足立は、大人しく立ち尽くしている月子の横を通過した。
「…――――?」
すれ違い際の小さな質問に、立ち止まりかける。
月子はズボンのポケットからコンペイトウのような欠片を鷲掴み、床に叩きつけた。
粉々になった欠片から、淀んだ空気が解放される。
“私じゃなくても”
“オレは元カレの代わりじゃねーんだ”
“あの中の誰か、明日にでも死んでくれないかな。穴埋めが出来るのに”
聞いてて不快を満たす、不平不満の声が轟く。
「アダッチー!」
声に導かれ、天井から巨大な1冊の本が落ちてきた。
「ミカハヤヒ!」
ツクモに召喚されたミカハヤヒの3枚の盾が足立の頭上を覆い、本の落下をずらした。
「うわっ!」
ズン…ッ、と巨大な本の落下の衝撃に、建物全体が揺れる。
巻き起こった土煙と風に背を押され、奥の階段へと押し込まれた。
姉川はすぐに足立の安否を、イルカのレンズの目を通して確認する。
幸い、転がり落ちる前に受け身をとっていた。
「足立の奴は無事か!?」
「大丈夫! 足立さん、そのまま真っすぐ向かって!」
イルカを通して足立に呼びかける。
「わかったよ」と打ち付けた腰をさする足立は、痛みに顔をわずかに歪めて立ち上がり、階段を走り下りた。
「よし! 姉川を守るぞ!」
足立との連絡や敵の解析は、姉川のクラオカミが頼りだ。
森尾、落合、ツクモは姉川を中心に三角形の配置につく。
巨大な本が開かれる。
そこから這い出てきて顔を出したのは、深緑色のトンガリ帽子を被り、帽子と同じ色のローブを身に纏った、魔女の恰好をしたシャドウだった。
顔には、目から鼻を覆う赤鼻のついたピエロのマスク、衣服から見えた肌の部分は、金色の針金細工でできている。
マスクの目の部分は青緑色に妖しく光っていた。
「手強そう…!」
落合の動きに合わせ、ネサクも大鎌を構える。
「見かけ通り。ほとんどの魔法も使える上に、こっちの気力を奪う能力まで持ってる…!」
「おねーちゃんは、あなた達を殺すことは望んでない。そして、現実世界へ帰ることも望まない。だから月子は頼まれたの。あなたたちを、2度とこの世界に踏み込ませないって」
「どういうことだ…」
森尾は怪訝な顔で尋ねる。
「その方法は、お人形さんがよく知ってるはずだよ」
「…!!」
ツクモは気づく。
「みんなのペルソナを、食べるつもりさ?」
森尾たちははっとした。
鹿田や都口、敗れたカバネたちのように、現実世界に影響が及ぶ犯罪をおかして夜戸たちに暴走を阻止されたペルソナ使いは、ツクモが根源を食べたことで赤い傷跡が塞がれ、ウツシヨ(現実世界)に戻され、トコヨへの侵入を不可能にしたのだ。
ツクモが望まない限り。
「そ。2度と、おねーちゃんには会わせない。そしてバクさん、あなたも元のバクさんに戻してあげる。またここに連れて来られたくないから」
月子は再びあどけない笑みを浮かべ、自身の指先を赤い舌で舐めた。
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