21:She may have told a lie
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12月20日木曜日、午後23時。
雪道はやわらかく、車道の部分は泥水を含んで灰色や土色でぐしょぐしょになっている。
靴が汚れないように白い歩道に足跡をつけるたび、人懐っこい雪が革靴に貼りついた。
横目で、タイヤの跡がついた汚れた雪の線ををたどる。
たとえ、雪が少なくても、歩きやすくても、ほとんどの人間があの道を避けるだろう。
多少歩きづらくても、誰だって綺麗な道を通りたがる。
白い雪の高さが足首まであっても、誰かの綺麗な足跡があれば、そこをたどる。
(わかりやすい跡だな…)
夜を迎えて雪は静かにひっそりと降り続いている。
スーツの黒い肩と、寝癖の頭にぽつぽつと小さな白で染まった。
ブルッと寒さで身震いする。
マフラーを巻いてくるべきだったか、と首元に手を当てた時、ふと、柔らかい表情でマフラーを結び直してくれた夜戸の顔が浮かんだ。
「ここ…だっけ」
足立は夜戸のマンションを見上げる。
ここは現実世界だ。
被告人である自覚をもって、住人の目を気にしなければならない。
しかし、住宅街の窓にぽつぽつと明かりはあるものの、人とは遭遇しなかった。
人影も見ない。
遅い時間だから、雪が降ってるから、寒いから…。
理由はまばらだろう。
夜戸が住んでいる部屋のベランダを見上げる。
明かりは点いてなかった。
マンションの出入口は、半開きだ。
訪れることをわかっていたのか、昌輝が開けたようだが、玄関のすぐ傍にある小さな窓がついた管理人室は閉め切られたままで、昌輝は姿を現すどころか、覗きもしなかった。
近所やマンション内や監視カメラも作動していなかった。
やはり、二又に対する警戒は怠っていない様子だ。
階段を使って上がっていく。
足を一歩一歩踏み出すたび、一人分の足音だけが木霊した。
雪景色以外は、トコヨとさほど変わらない空気だ。
夜戸の部屋の鍵も開いていた。
扉を閉めて靴を脱ぎ、玄関で靴に貼りついた雪を払い落とす。
この先、靴は必要だ。
靴のスベリ部分を指先で引っかけて持ち込む。
薄暗い廊下を進み、リビングへと足を踏み入れた。そして、姉川と落合が話していた、大型テレビの前に立つ。
画面は真っ暗なままだ。
「……因縁…って言葉は好きじゃない。だって、誰かに踊らされてるみたいじゃないか。運命…ってのもあんまりしっくりこないな。アレルギーかもしれないってくらい、むず痒いよ」
君だってそうだろう、と手を伸ばす。
瞬間、靴を落とした。
それから、背後から伸ばされた手を反射的に頭を傾けて避け、横に突き出た手首をつかんでひねり、大きな体を背負い投げて床に叩きつけた。
ドンッ、と大きな音が床に響く。
相手が逃げられないよう、つかんだ手首をひねり上げて関節技をかけた。
「いでででで!!」
叫び声に、「え」と足立は目を丸くする。
部屋の暗さでわかりづらかったが、見覚えのあるプリン頭だ。
「森尾く…」
パンッ!
「痛っったっ!」
言いかけたところで、背後から後頭部を何かで叩かれた。
森尾を解放して自分の頭を擦りながら振り返ると、不機嫌な顔の姉川と、苦笑している落合が立っていた。
姉川の手には、足立が落とした革靴が握られていた。
それでさっき頭を叩かれたようだ。
スリッパの方がマシだと思えるくらい痛い。
姉川は足立の片靴の先端を足立の顔面に突き付けた。
「この、あかんポリス!!」
「あかんくないよ」
それから「ポリスでもない」と付け加えた。
「このヤロウ…」
森尾はひねられた手首を擦りながら立ち上がる。
痛みで目尻に涙を浮かべていた。
「前に投げ飛ばされた時、夜戸さん、手加減してくれてたんだな…。お前に投げ飛ばされたおかげで気付いたよ。関節外す気か」
打ち付けた腰も痛い。
「ごめんごめん。カバネの奇襲かと思って」
「抜け駆け野郎を殴ってやろうかと思ったのは間違いねえよ。何が「続きは明日にしよう」だ。日付変わってねーよ」
「そう言う君たちは、僕の行動を読んで先回りして待ってたってわけ? 捜査本部にジャケットと銃を取りに行っても、誰もいなかったし」
どうりで、とため息をつく。
「明菜姉さんの叔父さんと話してる時、ひとりで納得して、ひとりで行こうとしてるの、バレてるからね」
たった数ヶ月の付き合いだというのに、行動パターンが読まれていた。
腑に落ちない足立である。
「俺達、言ったよな。逃げねえって。置いてったら今度こそ本気で殴るぞ!」
「向き合うって言った」
「どんなことになっても、目は逸らさないって」
詰め寄る森尾達に思わずたじろいだ。
3人とも、勝手に相談もせずに一人で行こうとした足立に対して憤りを感じていた。
青臭いな、と足立は苦笑する。
二又と昌輝の話を聞いても、この迷いのない目だ。
杞憂だった、と気抜けする。
「足立さんも…、戦うとか物騒なこと考えてない。会って、話したいだけでしょう?」
小さな笑みを浮かべ、姉川は尋ねる。
足立は後頭部を掻いた。
「大人同士は、まずは話し合いだよ。常識でしょ?」
生意気な口調で言ってみると、森尾は「すぐ大人ぶりやがって」と呆れて笑った。
「話し合いのジャマにならないように、サポートもさせてもらうよ」
落合も頼もしい言葉とともに笑う。
冷気に満たされているはずの室内が、わずかに温まった。
「ツクモも…!」
玄関の方から聞こえた声に、足立達は振り向く。
雪に包まれた真っ白な物体がそこにあった。
「雪うさぎ!?」
森尾の驚きの声に、「ちがうさ!」と白い塊がぶるぶると犬のように体を振って、雪を払い落とした。
「ツクモ姉さん! こんな雪の中を…」
「っていうか、現実世界(こっち)に来れるの!?」
落合に続き、姉川が驚く。
今までツクモと会っていたのはトコヨの中だけだったからだ。
ツクモも「ここまで遠出したのは初めてさ」と緊張した面持ちで足立達に近づいた。
「君も来たんだ?」
「ツクモだって仲間さ! 明菜ちゃんを迎えに行くのは当然さ!」
ぴょん、と床を跳ねて意気込みを見せつける。
「でも、たぶん…、会うことになると思うよ…」
誰に、とは言わなくても全員にはわかっていた。
ツクモの生みの親とも言っていい、夜戸月子のことだ。
「かまわないさ。ツクモはツクモさ。教えてくれたのは…、アダッチー…、そして…みんなさ」
怖くないと言えばウソになる。
月子に会って何が起きるかはわからない。
ドッペルゲンガーのように、自分の方が消えてしまうのではないかとも思った。
それでも、足立達が一緒ならば、踏み出せる気がするのだ。
仲間のことをそっちのけで、消えてしまう恐怖で震えて動けないなんて、ただの人形の方がマシだった。
「みんなを守るのがツクモの役目さっ」
「ツクモ…」
健気な姿に胸を打たれる森尾。
落合と姉川の眼差しも温かい。
足立はふっと笑った。
「…で、全員そろったけど、どうやってカクリヨに行くさ?」
ツクモが本題を持ちかける。
その時、ザザッ、とノイズ音が聞こえた。
トコヨとウツシヨを行き来する際の周りの音ではなく、テレビの方だ。
全員の視線がそちらに集まる。
突然点いたテレビ画面は砂嵐だ。
足立は呟く。
「…時間だ」
時刻は、12月21日金曜日、午前0時を迎えた。
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