21:She may have told a lie
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二又が羽浦に化けた事で身長も縮み、落合は咄嗟に手を離した。
「酷いなァ。顔を殴ろうとするなんて。ひひっ」
羽浦の口元が不気味に歪む。声も、羽浦と聞き分けがつかないほど似ていた。
「触らせてあげようか? なんてな」
「お前…ッ!」
汚いやり方だ。
外見が羽浦そのもので、落合は手をあげることができなかった。
二又の背後に、2mの銀色の人影が立つ。
頭と両目は黒い鉄線に巻かれ、口端が糸で縫われた裂けた口からは胸元まで届く赤い舌が垂れている。
ボディの色は鈍い銀色。
大きな黒の逆十字を胸に、神父を思わせる祭服を身に纏い、袖や裾は手足を隠し、二又の影に縫い付けられるように突っ立っていた。
「オレのペルソナはクラヤマツミ。オレが目にした人間は大体化けられる。それだけの能力だ。現実世界では使用できないのが不便だが、人の頭の中をいじくったり覗いたりできる神剣の能力と合わせれば、人の傷口を抉るなんざ容易い容易い。浄化の力のことは、『カバネ』の連中には内緒にしてるんだ。欲望の暴走の後押しをしていることもな」
落合は怒りでわなわなと身体を震わせていた。
「最初から騙してるのか!?」
「目的に嘘はついてない。黙ってたら、騙してるとは言わねぇよ。ただの向こうの勘違い」
「屁理屈野郎が」
「空君は下がってて」
森尾と姉川が前に出る。
二又は顔面を両手で覆った。
「次は誰になってほしい? どんな奴にもなってやるよ。冤罪だったのに世間から見放されて自殺した父親? 狂ったガキに殺された両親? それとも、君らとお仲間ごっこした挙句に飽きてあっさりゴミみたいに捨てた、夜戸明菜か?」
森尾と姉川が歯を食いしばって動き出そうとした時、2人の肩を背後から同時にぽんと叩いたのは、足立の手だった。
そのまま、流れるように2人の間と二又の横を通過し、奥の扉を開けた。
「おひとりさま、おかえりで~す」
「ん?」
ドカッ!!
足立が声をかけた方向に二又が振り返る前に、甲冑を身に纏ったツクモが二又の背中に体当たりして開け放たれた扉の向こうへと追い出した。
「ぐぇっ!」
潰れたカエルのような声は、小さな路地に響き渡る。
トコヨエリアにある飲食店の裏口に適当に繋げられ、ドアの向こうの建物のコンクリートの壁に前面からぶつかった。
二又は痛みで顔面を押さえて振り返り、ツクモと足立を睨みつける。
「出禁さ!」
フン、とやりきった顔で鼻を鳴らしたツクモは、ドアを後ろ足で蹴飛ばして乱暴に閉めた。
足立は「あー、すっとした~」と胸を撫でる。
「追い出してよかったのかよ」
自分の席に戻って「よっこいしょ」と腰掛ける足立に、困惑顔の森尾が奥の扉を指さしながら声をかけた。
足立はヒラヒラと手を払う。
「いいのいいの。あっちに面白がらせたら負けだよ。ほんとキミ達、ムキになっちゃって。子どもだよね~」
「あはは」と笑う足立にムカつく森尾だったが、小さく「やかましい」としか言い返せなかった。
(さっきの足立さんの顔、撮ってやればよかった)
姉川は、奥の扉を開けようとした自分の前を通過した足立の横顔を見逃さなかった。
ヘラヘラしている今みたいに、緩みが一切なかった。
思わずこちらが仰け反ってしまうくらいだったのに、本人は気付いているのだろうか。
「こんなの使うまでもなかったよ」
足立はくるくると器用にリボルバーを回している。
「……………」
静観していた昌輝は、ショットガンをテーブルに置いてゆっくりと立ち上がる。
森尾達はぎょっとして思わず武器を構え直したが、昌輝は構わずに足立に近づいた。
「拳銃を、見せてくれないか」
再び室内が緊張感で張りつめる。
「……………」
足立は無言でリボルバーの銃口を、昌輝の眉間に向けた。
昌輝の表情に変化はない。
近くで見ると、目元が少し夜戸に似ていることに気付いた。
しばらく見つめ合い、リボルバーをくるりと一回転させ、グリップ側を昌輝に差し出す。
「アダッチー!」
そんな簡単に、とツクモは声を上げたが、リボルバーは昌輝の手におさめられた。
ショットガンほどではないが、鉄の重みが伝わる。
銃口、銃身、シリンダー、ハンマー、フレーム、引き金、グリップ…。目を細め、リボルバーの角度を変えながら細部を確認している。
「…よく、メンテナンスされてるな」
そう言う口元は微かに緩んでいた。
「大事な武器だからね。みんなと違って、僕のは身体から出るわけじゃない。…で、その銃が?」
足立が尋ねると、昌輝の手は懐かしそうに銃身を撫でた。
「……私が、昔、日々樹に与えたものだ」
「!」
足立の表情が、わずかにはっとなる。
昌輝は視線を上げて尋ねた。
「これをどこで手に入れた?」
「…ツクモちゃんが出してくれた。君、縫い目から出してなかったっけ?」
トコヨに突入する前に、ツクモが腹の縫い目から出したことを思い出した。
ツクモは足立の脚に背をもたせかけ、腹の縫い目を昌輝に見せつけて擦る。
「ツクモの体の中に、元々入ってたものさ」
「…日々樹は刃物が苦手でね。姉さんの…、日々樹と明菜の母親の料理を手伝おうとして、派手に指を切ったことがあるらしい。それ以来、ハサミを握るのも恐いと言ってたな。…だから、扱いやすいよう銃を与えたんだ。護身用も含めてな」
時々、昌輝が預かってメンテナンスしていた。
「……本当は、日々樹にこんなものを持たせるつもりも、明菜に日々樹の意思を受け継がせるつもりもなかったんだ」
「それって愚痴? それとも後悔? 僕達に言わないでくれる?」
足立の返しは冷ややかだ。
「……勝手なのは自覚している」
昌輝はまぶたを閉じる。
閉じていると、どんな時でも、兄妹がまぶたの裏に浮かび、静かに自責の念に駆られた。
足立はそんな昌輝を黙って見つめる。
(どこかでわかっているのかもしれない。諦めるには、犠牲が出過ぎた。そして、引っ込みがつかなくなった…。だから……)
開いた手のひらに視線を移す。
人をテレビの中に落とした時の生々しい感触は、未だに残ったままだ。
「夜戸さんが、カクリヨって場所にいるのは本当のこと?」
手のひらを見つめたまま尋ねる足立に、昌輝は「ああ」と頷く。
そこで落合がはっと思い出して両手を叩いた。
「あ! そうだ、夜戸さんの家に行った時、テレビだけがあって、夜戸さんがそのテレビの中にいたんだよ!」
「はあ? 落ち着けよ。意味がわかんねーよ。ホラーの話か?」
手を叩く音にビクッと身体が跳ねた森尾は、早口で話す落合の話についていけない。
姉川は「本当よ」と声をかけた。
「夜戸さんが暮らしているはずの部屋には、テレビ以外の家具が一切なかった。しかも、日付が変わると同時に、真っ暗だったテレビに、夜戸さんの後ろ姿が映って……」
さらに事細かに説明するが、森尾とツクモは頭の上に「?」を浮かべるだけだった。
耳を傾けていた足立に驚いた様子はない。
「……朝霧昌輝さんだっけ。もしかして、言い伝えの土地…、つまりアンタの故郷ってさ…。稲羽市だったりする?」
「……ああ」
肯定する昌輝は、質問する前に確信を得ている足立の目を見た。
「カクリヨは聖域だ。たとえトコヨへと出入りできる人間でも、立ち入ることはできない…。私も、足を踏み入れたことがない。だが…」
リボルバーのグリップ側を足立に向けて差し出す。
「もしかしたら…」
「……………」
足立がリボルバーを受け取ると、昌輝は、ふ、と笑う。
(…なぜだろう。この男から、明菜と同じようなものを感じる)
足立は立ち上がり、手前の扉へと向かった。
「どこ行くんだよ」
呼び止めたのは森尾だ。
足立は一度足を止めて肩越しに振り返る。
「寝る~」
「「「寝る?」」」
森尾、姉川、ツクモが首を傾げた。
「話が長すぎて眠くなってきちゃった。続きは明日にしよう」
「ちょ、足立! こいつどうすんだよ!?」
再び歩き出した足立に、森尾は昌輝を指さして呼びかける。
「適当に帰ってもらってー」
「雑か!! おい! コラ! 寝癖!」
手前の扉が閉められる。
森尾達はポカンと口を開けたままフリーズしていた。
現実世界(ウツシヨ)の独居房に戻ってきた足立は、布団に寝転がって天井を見上げた。
夜戸、二又、昌輝の言葉を振り返り、頭の中で整理してみる。
『理由…。理由…ね…。別に。理由なんてナイ』
最後に浮かんだのは、赤い傷痕をつけていた理由を聞かれて返した、夜戸の言葉だ。
「……ウソ…ついてるかもしれないね」
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