21:She may have told a lie
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夜戸の纏う空気は、透明だった。
嘆きも、憤りも、嘲笑も、何も感じられなかった。
『世界って、理不尽ね』
透き通っているように見えた華奢な背中が、昌輝のまぶたの裏に浮かんだ。
ガンッ、と憤りの音が静かな室内に響き渡る。
昌輝は目を開けて森尾の方を見た。
持っていたバールの先端を床に叩きつけている。
「世界がどうでもいいって思わせるように、そいつが夜戸さんを操ったんだろ!」
苛立って二又を指さす森尾。
二又は「おいおい」と嘲笑う。
「操ったって人聞き悪いなぁ。オレは完全な洗脳ができないんだ。不必要な部分を隠すだけ。臭ぇ物に蓋っていうやつだ。消し去るわけじゃない。夜戸明菜の世界に対する無関心は元々、胸の底に刻まれていたものだ」
人差し指で自身の胸の中心をトントンと軽く叩き、脚を組み直して言った。
「そうじゃなかったら、オレだって女ひとりのために、何年もかけて綿密に計画しねぇよ。あんまり頭の中をいじくりまわすと壊れやすいのも実証済みだ」
「人間を物みたいに…!」
二又の言い方に姉川が腹を立てる。
「ぜ~んぶ必要な犠牲だ。君だっていい写真を撮りたかったら試し撮りしまくるだろぉ」
姉川は無言でクロスボウを構えた。
表情は怒りに満ちている。
一緒にするな、と怒鳴ったところで、あの男は面白がるだけだ。
「華姉さん!」
落合が急いで姉川を止めに入る。
間違っても二又に矢が当たらない位置に立って遮った。
昌輝はため息をつく。
「挑発するな。話が進まない」
「ここの奴らは純粋で面白いなぁ」
くつくつと笑う二又は、向かい側で座る足立と目を合わせる。
「足立、本当にこっちについてくる気はねーのか? それとも、昌輝さんにつくか? お前だって、世界を壊そうとしたじゃねぇか。今更、ヒーロー気取りか?」
「しつこい勧誘は嫌われるよ。まあもう、大嫌いだけどね」
「ヒーローも」と呟いてから、足立は頭の上のツクモを親指でさす。
「僕はもう、ツクモちゃんから頼み事引き受けちゃってるから、これ以上抱えるのはめんどくちゃいの。それだけ。勝手に世界征服頑張ってよ」
「ぬいぐるみさんの頼み事は、オレ達と最後まで敵対するってことか?」
足立は「んー」と漏らしてから、頭上のツクモに尋ねた。
「ツクモちゃん、そうなるっけ?」
「も…、もちろんさ!」
これ以上、二又達の計画に無関係な人間を巻き込むわけにはいかない。
「だってさ。アンタらのジャマする程度には僕なりにやらせてもらうから。…それで? 退屈な過去話や、くだらない意気込み自慢は終わったの?」
挑発混じりの愛想笑いだ。
二又は目元をひくつかせて立ち上がる。
森尾と姉川と落合が警戒して武器を構えた。
「ケンカを売るのがお上手だなぁ」
「先に仕掛けて来たのはそっちでしょ。そんなことより、肝心なこと聞いてないよ。夜戸さんは、今、どこ?」
二又は舌打ちし、間を置いて答える。
「……カクリヨ。ウツシヨとトコヨの狭間だ」
「カクリヨ!? 狭間!?」
長らくトコヨにいるツクモは、初耳だと言いたげな反応だ。
「お前ら、夜戸明菜が今までどうやって誰にも気づかれずに切り離してきたと思ってんだ。透明人間になってるとでも思ってたか?」
姉川ははっとする。
「夜戸さんと戦った時、消えたような動きをしてたけど…、あれって」
現実世界に逃げ込んだかと思い込んでクラオカミで探知しようとしたが、まったく引っかからなかった。
「カクリヨに一時的に移動していたのなら…」
忽然と、姿も気配が消えたのも納得がいく。
「絶望を思い出したあの女は、手強い。歯向かったら全員殺されるかもな」
笑いながら、二又は奥の扉へと向かった。
「あとは昌輝さんに聞きな。オレからの話はここまでだ」
「待ってよ」
立ち塞がったのは落合だ。
二又は足を止める。
「まだなんか用かぁ?」
「やかましい! あんな悪巧み聞いて帰せるか!」
手前の扉の前に立っていた森尾も、大人しく帰らせる気はない。
「ツクモが傷痕からペルソナを引きずり出して食べてやるさ! 悪用している神剣とやらも一緒に!」
足立の頭から下りて床に着地するツクモ。
奥の扉の前にいる姉川はすでに戦闘態勢だ。
「普通の人間でも、ボッコボコにしてやらなきゃ気が済まなくなった!」
二又は動じず、不敵な笑みを浮かべている。
「オレのペルソナはともかく、神剣を取り出すのはムリだろうな。オレが死ぬ」
「死ぬ…!?」
構えていたツクモは躊躇う。
「夜戸明菜にも言える事だ。簡単に取り出せるなら、お人形さんに頼っているだろうし。花壇に生えた植物を根っこごと引き抜く時、土を絡ませることなく抜こうとするみたいなもんだ」
神剣は文字通り、巫子の身体に根付いているのだ。
簡単に取り除けるくらいなら犠牲は出ていない。
「まぁ、夜戸明菜が死んでも、赤い傷痕は消えないはずだ。この赤い傷痕は、夜戸明菜につけられたものじゃねぇし」
二又は自身の首にある赤い傷痕を見せつけた。
「…それってつまり…」
「そこはご想像にお任せだな」
足立が口にしようとするが、二又は舌をベッと出して遮った。
黒い逆十字のピアスが、二又の舌の上で黒光りしている。
「なあ、君ら。オレがなんで他の『カバネ』の連中を引き連れてこなかったと思う?」
ツクモと交渉しやすくするため、なんてわかりきった答えではない。
足立は考える。
捜査本部に招き入れてから、二又は自身の正体と、能力を明かした。
性格上、荒いやり方だが、計画を遂行させる手際の良さもある。
人間を実験台にしたり、姉川を邪魔者として排除しようとするなど、殺人に対して抵抗もない。
聞き捨てならない話ばかりで、森尾達から危険視されて捕縛されることを想定していないとは考えにくい。
「人質でもとってんの?」
「は!?」
森尾が声を上げた。
二又は、パン、パン、とやる気のない拍手を送る。
「ヒントはいらなかったか」
足立は呆れて苛立ち混じりのため息をついた。
「ヒントも何も。アンタの今までの自己紹介が丸ごとヒントじゃないか。人質には、『カバネ』のメンバーも入ってるでしょ? アンタにとっては『仲間』じゃなくて『道具』だもんね。大方、自分に何かあったら、自殺させるか、誰かを殺すように洗脳したんじゃないの?」
「はははっ。すげぇすげぇ。オレのやり方わかってるじゃねーか。ここに夜戸明菜がいれば、即答だったろうな。まったくお前らは…」
この10年、隠れて活動していたが、姉川の奇襲で“Y”の正体を特定されてしまったのだ。
夜戸も昌輝から聞いているはずだ。
母親を利用されて神剣を埋め込まれたことを。
「まさか…、羽浦さんも…!」
落合は二又の胸倉につかみかかった。
「Uとイイカンジになってるみたいだな。惚れたか?」
からかう言い方に腹を立て、落合がコブシを握りしめて振りかぶった。
二又が左手で自身の顔を覆う。
その手には、いつの間にか黒い手袋がはめられていた。
落合は、コブシが二又の顔面に当たる寸前で止めた。
「な…っ」
二又の姿が、羽浦の姿へ変化したからだ。
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