21:She may have told a lie
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昌輝は目を細め、当時のことを思い出す。
見下ろしていた病院の床の色合いや汚れまで、はっきりと焼き付けていた。
「義兄さんは徹底的だったよ。離婚までしたんだから…。居場所は知っているのに明菜には教えない…。それほど、家族が大事だったんだ」
夜戸影久はすべてを知らないだろう。
娘が裏で何をしているのかも、月子の存在も知らされていなかった。
これ以上、日常を脅かされるのが耐え切れなかったからだ。
娘の突然の引っ越しにも猛反対だっただろう。
娘に嫌悪感を抱かれても構わないのか、法律事務所から確認できるマンションを指定した。
昌輝も、二又を警戒してあらゆる手を使い、マンションの管理人となった。
二又は足立の反応を窺う。
足立と夜戸が引き離された原因が明らかになったというのに、足立に動揺は見られない。
目を閉じて呑気にポリポリとうなじを掻いている。
面白みがなくて二又は口を尖らせた。
「10年間、静かなものだったが…、明菜の様子がおかしくなったのは…、去年か年明けの冬頃か…。何かを探すような仕草が目立った…」
「機械みたいに今まで淡々とこなしてきたってのに、著しい変化が起きたのは、今年の夏だったなぁ」
昌輝が言ってから二又が続ける。
足立はゆっくりと目を開けた。
「……去年の…」
その場にいる全員の視線が、言葉を発した足立に集まる。
足立は眉根をわずかにひそめ、後頭部を掻いた。
「去年の冬、僕が殺人容疑で逮捕された」
「あ…」と発したのは姉川だ。
足立が気付いた事に気付いた。
「…もしかして、夜戸さんはそのニュースを…」
夜戸の口から、「テレビはニュースしか見ない」と聞いたことがある。
たとえ小さな田舎町だろうが連続殺人のニュースが全国で報道されないはずがない。
足立は続ける。
「そして、今年の夏の初め…、僕の起訴が確定して身柄は拘置所に移された」
これが何を意味するかは、察しの悪い森尾にも理解はできた。
落合が拉致され、地下道を探索していた時に、足立のことをどう思っているのか尋ねた時に夜戸はこう言ったのだ。
『あたしは忘れてたよ。足立さんのこと』
『好きなら…、忘れるはずないよね? なんとなく、違うんだよ』
「足立の事を…、思い出したのか」
しかも10年越しだ。
その空白を、彼女はどう感じただろうか。
正解、と二又は森尾に人差し指をさす。
「そう。それが引き金となって、夜戸明菜は余計なものを全部思い出してしまった…」
「余計なものって…、酷い…! 明菜姉さんは、大事な人を、思い出を…!」
落合は睨みつけて怒りを露わにした。
欲望の暴走で殺意に突き動かされた時は、一時でも森尾のことを忘れていたのだ。
それがどんなに悲しくて悔しい事か。
夜戸の場合は10年。
思い出した時、どんな衝撃に襲われた事だろうか。
「オレだってまさか、あの時のガキが殺人犯になって有名人になるなんて思ってなかったからよぉ…。しかも、ペルソナ使いだ。因縁を感じますよねぇ、昌輝さん」
「……………」
昌輝は返さず、足立を無言で見つめていた。
「夜戸さんは、全部思い出して…どうなったの?」
姉川が躊躇いがちに投げつけ、答えたのは二又だ。
「色んなパターンがあったけどなぁ。罪悪感が湧き水の如く溢れて自殺…、または欲望の暴走のあまり自我の崩壊…。大体この2つだった」
人差し指と中指を順番に立て、自身の首の赤い傷痕をなぞった。
「だが…、夜戸明菜は一線を越えた。新しい力を得たんだ。相手の心の具現化である、ペルソナ…。その力を手に入れただけでなく、相手に与える事も可能だ。君も、君も、君も、君も…」
森尾、姉川、落合、ツクモを指さした。
「君らは、仲間ごっこなんてしてないで、夜戸明菜をもっと崇めるべきだ。神を越えた…、神を生み出す、カミウミ様だぞ。そいつに選ばれたんだ」
「カミウミ…」
呟くツクモに、足立は自身の右手を見つめ、八十稲羽を訪れた時の事を思い出す。
自身も、誰かに与えられて得た力だったからだ。
「カミウミが与えた傷痕は、欲望という水で開花する。オレがひと手間加えてやれば、傷痕は赤く開き、暴走する。君らもそうだっただろぉ? そこのぬいぐるみは自力で開きやがったけどな」
「! あの時か…!」
森尾に続き、姉川と落合も思い出す。
暴走のきっかけとなったのは、誰かに頭をつかまれて唆されたからだ。
その際に、大切な人間に関する記憶や感情を薄められたのだ。
「くだらないものを取り上げて、先へ進みやすくしてやったんだ」
まるで、感謝しろ、と言いたげな態度だ。
森尾は奥歯を噛みしめる。
「なんでそんなマネができるんだ…! お前ら、最終的に何がしたいんだよ!?」
「『カバネ』は世界を一度終わらせるって聞いた。関係があるの!?」
落合も、羽浦に聞いたことを問いかける。
「まさか、この期に及んで、言い伝えみたいなこと…しとんやないやろ? 大昔の人だって諦めた事を…」
言い伝えにある朝霧家は、欲望を切り離して人同士の争いを止めていた。
しかし昌輝たちも同じことをしているとは微塵も思えなかった。
今すぐつかみかかりたい憤りを押さえようとして姉川の声は震えている。
「大昔の奴らは無知だっただけだ。崇めていたくせに、崇めていた神のことを知ろうともしなかった。人間を利用して神剣の実験に抵抗があったんだろうなぁ」
「クニウミ計画…。私が最初に立てたものだ」
「クニウミ計画?」
足立が尋ねる。
「世界の一斉浄化。争いのない、無欲の世界を創るのが、私の目的だ」
「無欲の世界…!? そんなの、人間が生きていけるわけない!」
姉川は否定する。
睡眠欲、食欲、性欲があって人間は活動している。
全部奪ってしまえば、文字通り何も出来るはずがない。
「負の欲望がなくなるだけだ。無益な争い、嫉妬、貪欲、殺意など…。そんなものが一切なくなる、平和な世界だ」
「早い話、欲張りさんがいない世界だな」
二又が両手を頭の後ろに組んで言った。
「平和…。平和なのか? そんな世界…」
生き生きしている者が、誰一人としていない。
考えるだけでゾッとする。
「不服そうだな。なら、オレの計画を聞かせてやろう。昌輝さんのクニウミ計画がプランRなら、オレは、クニウミ計画・プランLだ」
「R? L?」
ツクモが首を傾げる。
「オレの思い描く最終目標は、欲望が解き放たれた世界だ」
つまり、昌輝とは真逆の計画だ。
「言い伝えには裏がある。朝霧家の中には、アンチも存在した。ずっと欲望を切り離していたのに目的が成就しなかったんだ。足掻いたところでなくならない争いなら、いっそ平和という概念を消し去ってしまおう、なんて考えが偏ってる奴らもそれなりにいた。そのアンチの祖先が、オレがいた『欲望教』だ」
「無欲の世界と、暴走の世界…。後者の方が刺激的かな」
「アダッチー!」
過激な発言をこぼした足立にツクモがたしなめる。
「興味あるなら入るか? 席は空いたままだぜ、足立」
隙あらば勧誘も怠らない二又に、足立は右手で制して無言で断り、代わりに尋ねる。
「簡単に創れそうなの?」
「オレと昌輝さんの考えは違っても、やり方は途中までは一緒だ。シメは…、こう……」
二又は人差し指を立て、ゆっくりとした動きでくるくると宙に円を描いた。
「明菜姉さんは、そのことも知ってるの?」
落合の質問に、昌輝が頷いた。
「結果がどうなるかは伝えてある。『世界なんてどうでもいい…』。そんな反応だったよ」
.