21:She may have told a lie
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昌輝に銃口を向けられ、躊躇いもなく引き金を引かれたが、二又は軽い身のこなしで横に飛び、銃弾をかわした。
『一応ここ、住宅街ですよ。警察もくる』
『騒ぎになって困るのはお前だろ。逃げ場はないと思え。近くの監視カメラはある程度壊させてもらった』
トコヨへは逃げ込めない。
昌輝は玄関から外へと飛び出した。
すでに近隣の住人が騒いでいる。
『やはり、明菜が狙いか…! その為に、出なくてもいい犠牲ばかりが出た。朝霧の人間が次々と変死しているのはすべてお前の仕業だろう!?』
今までは研究所が裏で処理してきたため、大したニュースにはならなかった。
なのに、二又は世間がどれだけ騒ごうが構わず実験を続けていたのだ。
『さすがにバレてたかぁ…。彼女、いい年頃になってきましたからね』
2本の小型ナイフを取り出し、投げつけた。
昌輝が反射的にかわすと、立っていた位置の壁にナイフが突き刺さる。
『今更、いい人ぶらないでくださいよ。あなただってやってきたことは同じのはずだ。オレは言いましたよ。宝の持ち腐れはよくない』
『好きに罵ってくれて結構だ!! 明菜を、日々樹の二の舞にはさせない!!』
怒声を上げながらショットガンを構える昌輝に、二又は鼻で笑って呆れた。
『あなたのそういうところは本当に愚かだ。せっかく利害が一致しているのに、話にならないな。けれど、二の舞にはさせないさ。オレだって、無駄に犠牲を出し続けたわけじゃない』
『黙れ…!!』
引き金に力がこもる。
『あと…、オレがこの予想をしなかったと考えてますか? オレは今、神剣を持ってませんよ』
ニヤリと笑った二又は、両腕を広げた。
『!?』
長い付き合いの昌輝は知っている。
二又は本気だ。
『どこに隠して…、違うなぁ、言い方を変えよう…。誰に預けたと思います? ヒントは、彼女が抵抗する間もなく心臓に突き刺せる相手だ…』
昌輝ははっとした表情になる。
すぐに思い当たる人物が浮かんだ。
二又はあえて自身を囮にしたのだ。
まともに戦えば、長期戦は免れない。
踵を返し、二又との戦いを避けた。
時間はない。
急ぐ先は、夜戸の家だ。
ダッシュで数分の距離。
遠くでパトカーの音が聞こえたが、二又は逃げただろう。
インターフォンを鳴らす余裕もなかった。
玄関のドアを蹴破り、階段を駆け上がって夜戸の部屋を目指す。
ノックの音と母親の声が聞こえた。
夜戸がドアノブを開けようとしている。
『開けるな、明菜!!』
しかし、叫びは虚しく、夜戸の部屋のドアは開かれたところで、母親が握りしめている神剣が、夜戸の胸の中央に突き立てられた。
崩れ落ちる小柄な夜戸の身体。
『明菜――――っ!!』
神剣は、夜戸の胸の中に呑みこまれた。
傷口から取り出そうとした時には、胸の傷口がすでに塞がりかけていた。
無理やり取り出せば、絶命してしまう。
『……明菜…?』
母親が、我に返った。
右手に付着した娘の血、血だまりの床、倒れた娘、呼びかける弟…。
フラッシュバックしたのは、もう2度と目を開けなくなってしまった、青白い顔の息子の姿だ。
『いやあああああああああ!!!』
気を失った母親と、娘は、救急車で病院へと運ばれた。
無人のロビーの長椅子にひとり、腰かけて茫然と天井を見上げていた昌輝は、脇に立った気配に気付いて振り向いた。
『運命からは逃れられない、ということですよ。これで、引っ込みがつかなくなった。日々樹君と同じだ』
『…っ!!』
勢いよく立ち上がり、二又の胸倉をつかんで壁に押し付ける。
二又は平然としていた。
正気を失った昌輝に撃ち殺される可能性だってあるというのに。
『お前の心臓から引きずり出してやる…!!』
『いずれ誰かがオレになるだけです。変わりませんよ。そんなことより…、いいんですかぁ?』
『何がだ!?』
これ以上、何があるというのだ。
焦燥感を煽られた時、深夜の静かなはずの病院内が騒ぎ出した。
『先程運ばれたばかりの…!』
『暴れてるって!?』
看護師たちが急いで向かっている。
二又の口元は笑みが張り付いていた。
心がざわつき、昌輝は看護師たちについていく。
『死なせてえええええ!!!』
『陽苗!! やめろ!!』
目を覚ましたばかりの夜戸明菜の母親―――陽苗が、ベッドから半身を起こし、小型ナイフを片手に暴れていた。
自身の首を掻っ切ろうとしているのを、影久は後ろから陽苗の腕をつかんで止めようとしたが、拍子でアゴを切られてしまった。
『う…っ!!』
深く切られてしまうが、妻の手を離さない。
『義兄さん!!』
駆けつけた昌輝も、抑えにかかった。
『姉さん!! やめるんだ!!』
『日々樹も、明菜も失った…!! 私は…っ、自分の娘を…!! うあああああああああ!!!』
髪を乱し、自責の念に堪えかねて錯乱している。
誰の声も届かない。
周りの看護師や医者も「落ち着いてください!」、「早く!! 鎮静剤!!」、「怪我人がでた!」と騒いでいた。
昌輝は陽苗を羽交い締めにしながら、出入口の前に突っ立って傍観している二又を見つけた。
『母親は、目が覚めるたびに、娘をその手で傷つけた現実に苦しめられるだろう。恐らく、一生』
『何が…、何が言いたい!?』
『夜戸明菜の記憶に手を加えたい。計画に支障をきたしそうな、腫れ物を取り除くんですよ。大人しくさせてくれるなら、助けてあげますよ。病室はどこです?』
錯乱状態の陽苗を指さす。
『お前…っ!! 最初から…!!』
陽苗を仕向けるだけでなく、交渉の材料に使うつもりだったのだ。
今すぐに殴りかかりたいところだったが、物凄い力で暴れる陽苗がそれを許さない。
早く楽にさせてあげたい。
二又の言う通り、このままでは壊れてしまう。
『人間って、脆いですね。実に滑稽だぁ』
二又は、嘲笑いを手のひらで隠す。
暴れる陽苗も、妻につけられた傷口を押さえる影久も、絶望に顔を歪ませる昌輝も、走り回る看護師も、室内の騒々しさも、すべてが自分が作り上げた空間だ。
二又が夜戸明菜の記憶に手を加えたあと、問い詰める前に再び姿を眩ませた。
夜戸が大事にしていたぬいぐるみも、どこかへ消えてしまった。
約束通り、陽苗は二又の手によって、落ち着きを取り戻した。
娘を刺したという事実を記憶から抹消されたところだ。
薄闇のロビーに、2つの影が並んで座っていた。
陽苗に切られた傷口を病院側に手当てされた影久と、疲労に包まれた昌輝だ。
2人とも、支えを失ったみたいに背を丸めている。
『……できれば、姉さんと明菜を会わせないでほしい。姉さんの記憶は、消えたわけじゃない。蓋をされただけなんだ。明菜と一緒にいたら…、きっといつか思い出してしまう。そして、また死のうとするかもしれない』
今は何も考えたくないはずの2人の頭に同時に浮かんだのは、日々樹だ。
『……………』
『私の故郷がいい。…母さんに事情を話しておく。……お願いだ、義兄さん……』
『……お前を殺してやりたい』
足下を見下ろしながら、影久は呟いた。
『……………』
『…誰も死ななくて済むのなら、そうした方がいいんだな?』
どちらも、視線を合わせるどころか、顔も見なかった。
『……はい』
それでも、夜戸明菜はいつか兄と同じ最期を遂げるかもしれない。
口を小さくパクパクさせたが、言い出せなかった。
そして、結局、目が覚めた夜戸に、日々樹と同じ道をたどらせることになった。
二又がどういう手を加えたのか、過去の所持記録を、あっさりと通過している。
夜戸は、まるで自ら道をなぞるように、月子と共に、10年の間、役割に徹していた。
喜ばしい成果のはずなのに、昌輝の心は晴れなかった。
夜戸の虚ろな目を見るのが辛くて、直視することもできなかった。
越えられない一線の向こう側で時を待つ、観察者になるしかないのだ。
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