21:She may have told a lie
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“自分”を捨てた目。
夜戸明菜の目は、二又の脳裏に刻まれたままだ。
焦らず、時を待った。
ただ待つだけではない。
二又は自身の能力を、昌輝に隠れ、特定の人物でない限り禁じられていた一般人に使用し始めた。
人はどこまで欲望に忠実になれるのか、どこで罪悪感を覚えるのか、何をきっかけに我に返るのかなど、非道な実験は繰り返された。
そして数年後、昌輝が二又の動きに勘付き始めたある日、研究所は、真っ赤な炎に包まれた。
火の元は不明。
研究員からは多数の死傷者が出た。
ほんの1時間ほど、昌輝が出かける間に起きた事だ。
欲望を切り離す力を秘めた神剣は、二又と共に姿をくらませた。
研究所は全焼し、必要な資料まで持ち去られ、生き残った研究員までいなくなり、やがて解体してしまった。
それでも、昌輝はひとり、二又を追い続けた。
野放しにするには危険すぎると察したからだ。
手がかりもつかめないまま、唯一の移動手段であり寝床でもある白のワゴンの中、ラジオで流れるニュースに耳を傾ける。
時折報道されるニュースの中には、あらかじめ調べ上げていた朝霧の血を持つ人間の事件が流れた。
錯乱して人を襲った者や自ら命を絶つ者もいる。
二又の仕業だと確信していた。
先回りしようと居場所を突き止めても、すぐに姿を消してしまう。
月子は、日々樹が死んで以来、自らテレビの中に閉じこもったまま出てこない。
力を持たない昌輝は、異世界に干渉することもできない。
時間ばかりが流れていった。
二又は、そんな昌輝の目を掻い潜りながら、時折、夜戸明菜の様子を遠くから窺った。
たまに、あの目が恋しくなるのだ。
小学生から中学生まで、彼女の瞳の色は虚ろなままだ。
1年に1度。
一目見るたびに、夜戸は綺麗に整われるように成長していた。
(どうせなら、1番綺麗な状態で時間を止めてやらないと…)
夜戸明菜が高校1年生に成長した、その冬。
明らかな変化に、二又は愕然とした。
横断歩道の向こう側、信号待ちしている夜戸は、二又の理想の目をしていなかった。
ずっと見ていた。
同じ高校の男子に手を握られただけなのに、まるで恋をしている少女の顔をしていた。
夜戸の手を離し、点滅する青信号の横断歩道を慌てた様子で走った男子を、振り返り際に睨みつける。
どこか、日々樹に似ていた。
(なんてことをしてくれたんだ…)
耳をほんのりと赤くして走って行く男子は、二又の視線に気付かない。
夜戸に視線を戻すと、夜戸は男子と触れ合った手をじっと見つめ、大切なものでも手にしたかのように柔らかく握りしめていた。
そして、今まで見た事がない、温かい笑みを浮かべる。
一瞬、目が合った。
ちょうど、割り込んできたトラックが通過しきる前に背を向けて移動する。
人が避けるほど、きつい目つきをしていた。
(邪魔をさせてたまるか)
リスクは高いが、夜戸の父親である影久の法律事務所へと向かった。力を使う必要はない。
影久の娘への過保護ぶりは異常だ。
日々樹の死がきっかけなのは間違いない。
ちょうど事務所から影久と出くわし、不審者を見る顔をされたが、礼儀正しく挨拶して昌輝の部下だと話してから、娘の話題に持ち込み、魔法の言葉をかける。
『娘の明菜さんも、もう高校生ですか。彼女、恋人ができたんですね。今度こそ、彼みたいに、残念なことにならなければいいですね』
面白いほど、表情が硬くなった。
身内が死んだって話でもないというのに。
二又はぐっと笑いを堪えた。
『詳しく…聞かせろ…』
腕時計を何度も確認して立ち去りたがっていたのに、ようやく興味を持ったらしい。
車に乗り込んだ影久は、方向を転換してから学校方面へと走らせる。
残された二又は、ひとり、「ぷっ、ははははは!!」と腹を抱えた。
『洗脳するまでもねぇ。あいつ簡単すぎぃ』
それから、「さて」と次の行動に出る。
今度は母親に用があった。
(大切なものがわかれば、転がしやすい)
綺麗で肌触りのいい球体が、今まさに手のひらでコロコロと転がっている気になる。
一般人で繰り返してきた実験が役立つ時だ。
家に戻ってきた夜戸明菜の母親を待ち伏せし、声をかけ、惑わせ、頭をつかんだ。
(昌輝さんも、直接身内に手が回るなんて思わないだろうなぁ…)
『……………』
ふと、昌輝のことで気付いた事がある。
(オレの力で、昌輝さんを味方につけることもできたんじゃ……。いや…、ムリだってわかってるから、やらなかったんだ…)
玄関の手前で母親に幸せな夢を見せながら、曇り空を仰いだ。
それからも、二又は夜戸の監視を続けていた。
ほぼ毎日だ。
学校帰りの夜戸のあとを、今日も追いかける。
あちらも勘付いていたのか、不安そうな顔で辺りを見回し、歩は足早になった。
家に駆け込めば、逃げ場所はいつも自分の部屋。
今はそこしか居場所がない。
二又にはわかっていた。自室のある窓を見上げるが、カーテンも閉め切られている。
(引き離された彼女の瞳は、元に戻りつつある。そろそろ頃合いか…)
どれだけ待ち望んだことか。
首元の傷痕が疼く。
文字通り、喉から手が出るほど欲しい物が、ようやく手に入りそうなのだ。
冬の夕暮れは早い。
ある程度時間を潰して完全な闇を待ってから、付近にある、古い木造2階建ての空き家の前に着いた。
そこが今の隠れ家だ。
堂々と、鍵を壊した玄関から入り、目を丸くする。
『昌輝さん…』
昌輝が玄関に座り込んで待ち構えていた。
両手に握りしめているのは、ショットガンだ。
『見つけたぞ、楽士』
バン!!
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