20:Move it
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昌輝の話と二又の話が繋げられ、語られる。
夜戸の兄が死に、残された少女のところで話は一度切られた。
ツクモを抱っこしている、落合の腕が濡れていた。
「ツクモ姉さん?」
落合がツクモの顔を上から窺うと、ツクモは、静かに涙を流していた。
「ひ…び…き…?」
名を聞くだけで、名を呟くだけで、あるはずのない胸の中が痛みで震えた。
「ツクモが…月子ちゃん…?」
姉川は受け止めきれない思いでツクモを凝視する。
「それは正しくねぇな。月子って女は宗教団体で『ツクモ様』と崇められていた。ツクモ様が自分の本当の名前を忘れるほど、長い間…。『月子』って名前は、夜戸日々樹が勝手につけた名前だ」
ツクモの中に、月子の記憶が蘇る。
『ツクモの本当の名前は?』
真夜中の神社の境内で、日々樹は尋ねた。
月子は首を傾げる。
『そう…。なら……』
日々樹は足下に落ちていた小枝を拾い、“tsukumo”と地面に書き、“um”を手のひらで消して“tsuk o”と空け、自ら消した空白に“ik”を書き加えて“tsukiko”と新しい名前を完成させた。
『つきこ。月の子って読む。単純かな? でもほら、女の子らしくなった』
(……月子…)
『つ…き…こ…』
『!』
初めて聞いた月子の声に、日々樹は驚き、そして薄く微笑んだ。
『気に入ってくれた?』
別の日、深夜の商店街を、日々樹と月子は並んで歩いていた。
ふと、月子はトイショップに目をつける。
シャッターである鉄柵の向こう、ガラス扉に隔たれているが、小さな赤い椅子にのっている動物のぬいぐるみが気になった。
触り心地がよさそうだったからだ。
『あのぬいぐるみが気になる?』
『……………』
日々樹に声をかけられると、ぱっと店から離れ、何事もなかったかのように歩き出した。
一歩先を行く小さな少女の背中を、日々樹はその時は見つめているだけだった。
だが、翌日、目に留めたぬいぐるみは、日々樹の部屋で手渡され、月子の腕に抱かれた。
『これ…なんで…?』
月子は大きな目を見開き、小さな声で尋ねる。
『月子はさ、こういう優しいものも、与えられなかったんだね』
ぽん、と頭を撫でられた。
『きっと、あの子だって……』
誰かを思い出したのだろう。
切なげな表情になった。
どうしてそう思ってしまったのか、と日々樹も不思議そうだった。
しかし、すぐに微笑みに切り替えて優しい声色で言った。
『悪夢を食べてくれる動物らしいよ。変わった色だね』
ツクモは、少女の目を通して過去を見ていた。
腕に抱かれていたのは、確かに、まだツギハギでなかった頃の自分(ツクモ)だ。
「ツクモは…、月子の…ぬいぐるみ? ただの…ぬいぐるみだった…?」
「少しは自覚して、思い出してきたみたいだなぁ」
呟くツクモに、二又は反応を楽しんでいた。
「まさか、実は人間だったとか思ってたんじゃないだろう?」
「だったらケッサクだなぁ」と言葉を続けてニヤニヤとしている。
「やめろ!! 何が傑作だ!!」
癇に障る笑い方に森尾が怒鳴った。
「知らない…。知らないさ…! ツクモは、こんな記憶…!」
「その記憶は、月子の記憶だ」
はっきりと言ったのが昌輝だった。
続けて二又が言う。
「君は、月子が作り出した、欲望や感情の塊だ。トコヨに放置されたまま彷徨って、トコヨの影響を受けて自我が芽生えたんじゃねーか。作り物の心が」
「作り…物…?」
「日々樹が死んだのが、耐えられなかったのかもしれない。日々樹への想いを、月子が自らぬいぐるみの中に取り込ませた可能性もある」
「そういや、あの女、こと切れる前の日々樹の傍にいたな。日々樹に切り離してもらったそれを、ぬいぐるみの中に突っ込んだか?」
直接目撃したわけではないが、憶測を口にされた。
二又は手品の種明かしを披露したあとみたいに肩を竦ませる。
「まっ。どんなものであれ、これが、君が知りたがってた正体だ」
トコヨで独りきりで生きてきた、ツクモの出生の秘密。
蓋を開けてみれば、見なければよかったものだった。
「ツクモは…!」
ツクモは言い返そうとした。
『さー』
夜の河川敷に並んで座り、月子が突然首を傾げて言い出した。
最初はなんのことか理解できなかった日々樹だったが、先程発した自身の発言を思い出す。
『??? …ああ、僕の口癖?』
日々樹は言葉の語尾に、「さ」を付ける口癖があった。
それは本人も自覚していることだった。
『これはさ、次に出す言葉を考える時の癖だよ。なんか、恥ずかしいな』
身内にもあまり指摘されたことはないらしい。
『さー』
『月子』
マネをされたことが恥ずかしくて日々樹は軽くたしなめた。
「……………」
ツクモの口癖も、月子の思い出から生まれたものだ。
「ツクモ…は……」
自分が何者かわからない、穴ぼこだらけの存在にコンプレックスを抱いていた。
自分を持っている、足立達が羨ましかった。
ようやく秘密を知れたと思えば、胸の穴はますます広がっていく。
その穴の深さも、自分自身のものなのか疑った時だ。
「ツクモちゃん」
足立が声をかけた。
目と目を合わせる足立とツクモ。
夜戸の探索中にかけられた言葉を思い出す。
それから落合、姉川、森尾を見た。
みんなが心配そうに窺っている。
ただのぬいぐるみに向ける目ではない。
ツクモは、ツクモ。
ツクモのままでいい。
『心』に決めたのは、偽物ではない…。
「…………明菜ちゃんの…」
しばらく黙ったあと、ツクモは昌輝と二又に言う。
「ツクモの話がそれで終わりなら、今度は明菜ちゃんのことを話すさ」
「……………」
昌輝は目を大きく見開き、二又はしらけた顔になった。
「強がりかぁ?」
そう言ってソファーの肘掛に肘をのせて体重を預ける。
だるそうな体勢だ。
ツクモは落合の腕から下りてテーブルに飛び乗り、間近で二又を睨みつけた。
「お前がわかってるツクモのことは、それだけさ! ツクモのこと、知ったかぶりしないでほしいさ!」
「わんわん吠えるなクソぬい」
二又が嫌悪の表情を浮かべて懐に手を伸ばしかけたところで、椅子に座ったままの足立が素早くリボルバーを片手で構えた。
「本人が納得したならいいでしょ。ほら、次。僕、眠くなってきちゃったからさ…」
わざとなのか大きな欠伸を見せつける。
銃を構えるスピードが、眠そうな人間の反射ではなかった。
「はいはい」
懐に伸ばそうとした手は、ツクモに向かって「しっしっ」と振られる。
ツクモは「ベーッ」と舌は出さなくても目の下を引っ張ってから移動し、自然な動作で足立の頭上にのった。
定位置だ。
「どうしてそこのるの」
「のりたい気分なのさ」
しがみつくツクモに、払いのける気力もない足立。
「…夜戸明菜の話だったな」
二又は、昌輝が話し出す前に先を越した。
その際、首元の赤い傷痕を擦る。
「あれは、運命的な出会いだったぁ…」
ツクモに対する不機嫌が吹き飛ぶほど、鮮烈な思い出だった。
.To be continued