20:Move it
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神剣は3つ存在する。
どれも共通の条件もある。
その1、朝霧の血を引いていること。
その2、10代の若者であること。
たった2つの条件が満たされていれば、神剣を持つ資格者である。
あとは本人の心次第だ。
続いて共通の特徴は、神剣を心臓に埋め込まれた者は、数ヶ月は昏睡状態に陥る。
一体化に必要不可欠な時間だと推測された。
それと、成長の停止、不老だ。
不死ではない為、人命に関わる大怪我を負ったり、寿命を迎えれば、人間と同じように死ぬ。
そして、現実世界と異世界を行き来できること。
異世界とは、人間の心の世界だ。
2つの世界があって、巫子たちの役目がまっとうできる。
『日々樹君』
『……あなたは…』
二又は、日々樹が通う学校の正門近くで待機し、下校時間、正門から出て来た日々樹に声をかけた。
日々樹は相手の顔を見て思い出す。
半年くらい前に昌輝を訪ねてきた男だ。
『二又…さん?』
『よかったぁ。覚えててくれたんだ』
同じ年頃だと感じさせるような親近感のある笑みだった。
『僕に、何か…』
『ん』
二又は背後の黒のミニバンを指した。
『送ってあげよう』
普段なら遠慮するところだが、話はそこでしよう、と言われている気がした。
他に断る理由もない。
「お言葉に甘えて」と助手席に乗った。
車が発進し、曲がり角に差し掛かったところで、二又は前を見ながら話し掛ける。
『なぜオレが声をかけたか不思議?』
『…えーと、たぶん、昌輝叔父さんについてかな…って』
『正確には、昌輝さんが携わってる研究についてだ』
『研究…』
『どこまで昌輝さんの仕事について知ってる?』
『……民俗学者でさ…、地方の言い伝えとかさ…研究したり…』
(やっぱり何も教えてないか)
非人道的な研究をしていることは知らされていないとは予想していた。
日々樹は、「けどさ…」と目を伏せて続ける。
『たまに、深刻そうな顔をする…。切羽詰ってるっていうかさ…。追い込まれてるっていうかさ…』
観察眼は鋭い。
昌輝が何も言わなくても、勘付いている部分はあった。
昌輝がわかりやすいだけかもしれないが、話が早くて助かる、と内心で呟く。
『的は射てる。日々樹君…、昌輝さんの手助け…したくない?』
『え?』
『ちょっと危険だけどなぁ』
『ぼ、僕にできること、あるの?』
昌輝のおかげで目標の高校に入学することが叶った。
ずっと、恩を返したいと思っていた。
『昌輝さんは何も言わないけど、君が必要なんだ。どう? 話、聞いてみるぅ?』
食い入る日々樹に、二又は内心でほくそ笑んだ。
日々樹を懐柔し、部屋に招き入れてもらってから、神剣の埋め込み方はあえて細かく説明せずに日々樹が気を逸らした隙に胸に突き立てた。
日々樹が痛みで意識が朦朧としている中、二又は日々樹の頭に触れ、能力を発動した。
昌輝が帰宅して倒れた日々樹を発見するのは、その数十分後のことだった。
『楽士!!』
日々樹が病院に搬送されたあと、研究室で待機していた二又に、激昂した昌輝がその顔を力いっぱい殴った。
二又は後ろの壁に背中をぶつけ、ずるずると崩れる前に胸倉をつかまれて引っ張り上げられる。
ツクモは研究室の隅に逃げて座り込み、枕を抱きしめた。
『家族は巻き込めないと、あれほど…!』
責められるのは承知していた。
頬が痛くて、ニヤリと笑うことができない。
さらに腫れて喋りにくくなる前に、ため込んでいた言葉を言い放つ。
『宝の持ち腐れですよ、昌輝さん。実際に調べ上げた中で適性が高いのは日々樹君です。見て見ぬフリをして、無駄な犠牲を増やす気ですか…? 家族の為なら、死体が増えてもいいと?』
『楽士…』
昌輝は言い返せなかった。
二又は口端の血を拭い、昌輝の手を払った。
『もう後戻りはできませんよ。彼の胸に取り込まれた時点で…』
成功したからには、自らの能力を活かしてサポートをするつもりだ。
日々樹の心に少し手を加えた。
身内に知られないためだ。
きっと彼は家族を避ける。
愛に恐怖を覚えるのだから。
目覚めてから1週間、最初は混乱していた日々樹も学生生活に戻り、他人の心が見える暮らしになれてきた。
相変わらず無口だが、パートナーであるツクモとも、絶妙な距離を保ちながらもうまくやっている。
『二又さん、いつまで…とかはわからないんだっけ?』
ある日、二又と日々樹は2人きりでカフェのテラスで話していた。
『そうだなぁ…。不安か?』
他人の心が見える暮らしに終わりがあるかなんて定かではない。
実際、途方もない繰り返しに嫌気がさして限界を迎えた朝霧の者を何度となく見てきた。
しかし、日々樹は首を横に振った。
『ううん。早く世界を救ってさ、叔父さんを楽にしてあげたいだけだよ』
そう言って、ブレンドコーヒーに口をつけた。
1年半が経過して日々樹が高校2年生の頃、ツクモが大きな動物の人形を抱えて日々を送るようになった。
日々樹からもらったらしい。
日に日に、ツクモの表情が柔らかくなり、暗かった瞳にも輝きが宿っていくのは明らかだった。
それが、二又には面白くなかった。
『人形が人形持ってるのは滑稽だな。お前にはこんなもの必要ない』
ツクモから人形を取り上げ、ナイフで引き裂いた。
取り返そうと両手を伸ばしたまま、ツクモは無惨に破かれた人形を目にして固まった。
『お前に心は必要ない』
『……………』
感情が読み取れなくて、気味悪がられることも、罵られることも多々あったが、どれも心に響かないものばかりだった。
自身が人形だと錯覚するほどだ。
しかし、今は、人形と同じく引き裂かれたようにツクモは心が痛かった。
ほどなくして、人形はツギハギの状態で修復されていた。
日々樹に縫ってもらったらしい。
『勝手にしろ』
研究室で二又と鉢合わせして守るように抱きしめたが、二又はそう吐き捨てて研究室をあとにした。
そして月日が経過した、とある雨の日、日々樹が死んだ。
『ええ。日々樹君が…。オレの傷は、大したことないです…。暴れる彼を…止めることができなかった…』
ケータイで昌輝への連絡を終えた二又は、出血している自身の首元をハンカチで押さえつけながら移動していた。
命に関わるほどの傷ではない。
校庭の裏に回ると、曇り空を見上げるように倒れた日々樹を見つけた。
傍には、先に駆けつけたツクモがいた。
座り込んだまま、置き物のように動かない。
その時、日々樹の口元が、微かに動いた。
『ヒマ…ワリ…………』
それが、二又が聞き取れた、最期の日々樹の言葉だった。
二又とツクモは雨に濡れながら、日々樹の亡骸をしばらく見下ろしていた。
それほど時間は経ってなかっただろう。
二又から連絡を受け取った昌輝が駆けつけた。
日々樹の亡骸を視界に映し、亡骸にしがみついて、しばらく泣き喚いた。
大切な甥を失ったのだ。
悲痛な叫びは、ザアザアと降る雨の音とどちらが大きいか。
『……最期の言葉…、「ヒマワリ」でした…』
聞こえているかは知らない。
でも、せめて伝えてやろうと思っていた。
『ツクモ…、お前はどうして……』
ツクモの両腕には、あのぬいぐるみが抱きしめられていた。
『つ…き…こ…』
少女の声に、二又と昌輝ははっとする。
『ツクモ、お前…喋れるのか』
二又は声をかけたが、ツクモ―――月子は日々樹から目を離さない。
起き上がるのを待っているように見えた。
『月子…』
そう呼んで、と言いたげだった。
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