20:Move it
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コツ、コツ、と靴音だけが響く薄暗い廊下で、夜戸は真っ直ぐ前を向きながら、10年前を振り返っていた。
10年前の春から、夜戸の瞳には、黒いモヤを纏った人間ばかり見えるようになった。
原因が、母の手によってつけられた胸の傷痕と関係しているのではないか、と薄々感じてはいた。
なのに、頭の中は冷静だった。
胸の中心にぽっかりと黒い穴が空いている気がした。
瞳に映る黒いモヤの形は様々だ。
不安や陰口を言っている口のついた黒い影もいれば、辺りをぎょろぎょろと見回す目がついた黒い影もある。
中には、黒いモヤの中から、その人間のトラウマが垣間見えることもあった。
様々な人間が、様々な闇を背負っている。
最初は気味悪く思っていた夜戸も、1日も経たずに慣れてしまった。
人間は誰もがそうだ、当たり前だ、と受け入れている部分がどこかにあったのではないかと自覚する。
風船を配るかわいい着ぐるみの中が判明したのと同じだ。
人間というものが、目に見えてわかりやすくなっただけ。
狼狽えるなんて今更な話だ。
病院に戻された夜、叔父の昌輝が改めて病室を訪ねてきた。
胸に刻まれた謎の傷痕がなんなのか、経緯と、目的を話された。
夜戸は無表情のまま、静かに他人事のように聞いていた。
次に、誰もいない病院のロビーへと連れていかれ、そこに設置されているテレビの前に立たされた。
『私は行けない。ここに入れるのは、明菜…、お前だけだ。先程話した人間が、この先で待っている』
画面が真っ暗なテレビの端に触れる。
すると、いきなり画面が明るくなり、砂嵐を映し出した。
びっくりして思わず手を引っ込め、おそるおそる画面に手を当ててみると、水面のように手を入れることができた。
そのまま、向こう側へと引っ張られ、細身の体はあっという間にテレビの画面の中へと入ってしまった。
妙な浮遊感の中を漂い、ゆっくりと落下してたどり着いた先は、夜戸の自室だった。
『あたしの部屋…。でも、本物じゃない…』
自室でない証拠に、あるはずのないテレビがドアの前に置かれ、どうやらそこから抜け出したらしい。
人の気配にはっと振り返ると、ベッドには見知らぬ少女が座って待っていた。
見た目は小学生くらいだ。
足先が床に触れるだけで、両脚をぷらぷらと揺らしている。
『あなたは…』
『昌輝から話は聞いてるよね』
少女は小さく笑い、名を名乗った。
『月子』
それが、月子との出会いだった。
『あなたは、簡単に壊れないでね』
大人びた口調で、月子はそう言った。
月子も、まさか10年も一緒にいるとは思わなかっただろう。
どちらも容姿は変わらないまま、時を共に過ごした。
最初は互いに役目を努めていただけだったが、いつの間にか、寝食を共にし、傍から見れば姉妹みたいな関係を築くようになっていた。
回想に浸っているうちに、目的のドアの前に到着する。
両開きのドアを開けた先は、巨大な図書館だった。
ドームを思わせる広大な空間と、不規則に並んだ本棚、そして床に多数に散らばった本とブラウン管のテレビ。
明かりはなく、無人で、音もない、静寂な空間。
「……12月20日になったところかな…。じゃあ、明日が…」
呟きながら、図書館の奥へと進んだ。
そこには、文字通り天井にも届きそうなほどの本が山積みされていた。
夜戸は少しのぼってから、膝を抱えて座り込む。
「明日が、さよならした日…」
雪の中に消えた背中を思い出し、両膝に顔を埋めた。
「本当に、サヨナラしないとね…」
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