00-10:Give me a smile again
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運転手を急かして、数十分ほどで到着した。
タクシーを待たせて正門から入ろうとする。
今頃、病院は大騒ぎになってないだろうか。
「!」
正門から何十人もの生徒が、卒業証書の入った黒い筒を手に昇降口から出て来ていた。
写真を撮ったり、抱き合ったりする生徒もいる。
おそらく3年生だろう。
しかし、あたしが捜しているあの人は見つからない。
思い出せなかった。
この1年、ずっと、親しみを込めて呼んでいたはずなのに。
でも、一目見たらわかる気がした。
いや、絶対にわかる。
思い出せるはず。
「先輩…!」
あたしは人目を気にせず呼びかける。
「先輩!」
どこにもいない。
たとえ名前を覚えていても、他の生徒達は知らない気がした。
だって、誰かの思い出になろうなんて考えない人だったから。
あたしと同じだった。
でも、少し違う。
いつの間にかあたしは、あなたの思い出になりたいと思ってしまったのだから。
「先輩!」
言いたいことが、伝えたいことがある。
昇降口で上靴を脱ぎ捨てて、手すりを力強くつかみながら階段を上がった。
途中でまた転んだ。
でも、歯を食いしばって立ち上がる。
「はぁ、はぁ…」
息せき切らしながら図書室に到着した。
ドアの鍵は、開いている。
「先輩…!!」
誰もいない図書室に、あたしの声だけが響き渡る。
いつもの席に、彼はいなかった。
それでもあたしは、ゆっくりと歩を進め、あの席へと向かった。
彼は、左端の奥の席。
あたしはその向かい側。
あたしは椅子を引いて、自分が今まで座っていた席に座る。
その席から、色んな彼を見つめていた。
周りの声に眉をひそめて煩わしそうにする彼も、ど忘れした公式に冷静を装って頭を悩ませる彼も、こんな問題もわからないのかと小馬鹿にする彼も、眠そうに目元を擦る彼も、彼のメガネをかけたあたしを見て笑った彼も…。
あたしが一番、間近で見ていた。
席を立ち、誰もいないカウンターに近づく。
自分ではない誰か宛ての手紙を、彼は破いてゴミ箱に捨てたことを思い出した。
「あ…」
ふと見下ろしたゴミ箱の中に、それはあった。
今まで授業で使っていただろう教材とノート、そして、彼が掛けていたメガネだ。
他の教室と同様に、図書室のゴミ箱もほぼ毎日、掃除の時間に捨てられていた。
彼は、ここに来た。
つい、さっきまで、いたかもしれない。
なのに、あたしは。
胸が苦しい。
きっと傷のせいじゃない。
「先輩…。先…ぱ…」
恋人や、友人どころか、あたしは、彼の思い出になれなかった。
胸の奥から込み上げてきたものが、頬を濡らした。
それは、見下ろしているゴミ箱の中にぽろぽろと雨となって落ちていく。
「…う…っ…。だめ…。だめ……ッ」
胸の痛みとともに、記憶が、曖昧になっていく。
彼との思い出が、あふれ出るものと一緒に流れ落ちてしまう。
止まらない。
止められない。
誰か、止めて。
顔も、名前も、声も。
全部、流れてしまう。
「嫌…っ。あたしは…、捨てたくない…」
必死に手を伸ばした。
つかんだのは、まるで宝石の欠片のような、大切な思い出だった。
もう一度、会いたい。
もう一度、見たい。
お願い。
先輩、お願い…。
「また…笑って…」
似合わない、って。
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