00-10:Give me a smile again
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叔父と最後に会ったのは、兄の葬式以来だ。
7、8年ぶりの再会になる。
絡みやすそうなクセの強い髪はわずかに白髪が混ざり始め、太くて整った眉と、少し焼けていた肌の色は変わらない。
アゴは少し無精ひげが生えていた。
周りの人間と違って、叔父に黒いモヤはなかった。
『明菜、ヘンなものが聞こえて不安だろう。夜にまた話をしよう。これからの話だ』
それだけ言って、叔父は父が来る前に病室を出て行った。
あたしの状態を理解している口ぶりだった。
だから少し安心できた。
病室を訪れた父は、落ち着いていた。
「……その傷…」
あたしが指摘したのは、父の右頬に貼られたガーゼだ。
「ヒゲそりで切っただけだ」
突き放す言い方だ。
絆創膏じゃないのは、それほど深く切ってしまったのだろう。
「私の事はいい。気分はどうだ?」
「…少し…、ぼうっとします…」
「……………」
「今…、いつですか?」
どれくらい眠っていたのかはわからない。
ベッドは窓際で、窓は少し開け放たれていた。
外は明るく、心地のいい風が入り込んでくる。
「3月1日だ」
「3月…」
2月をずっとベッドの上で過ごしていたのか。
実感が湧かない。
「検査もあるから、数日は入院だ。学校の事は心配するな」
「学校…」
なぜか、妙な引っ掛かりを感じた。
「……仕事を残してきている。一度、戻るからな」
「…わかりました」
「…母さんのことは、聞かないのか?」
「え?」
「…………退院してから、話そう」
視線を彷徨わせ、何か言いかけた父だったが、結局、バツが悪そうな表情を浮かべて病室をあとにしてしまった。
ひとりにされた病室で、あたしは頭を傾けて窓の外を見た。
3月1日、ということは、あたしの学校は今、卒業式をしているはずだ。
旅立っていく3年生を見送ることができない。
どうしてか、胸の中がざわざわとした。
こんな時は、決まって何かをしていた気がする。
ふわふわの、何かを抱きしめて。
その時、ふわりと何かが窓から入り込んできた。
白いシーツに、ピンク色の花びらが舞い落ちる。
指先で手に取った。
桜の花びらだ。
学校にも桜が咲いているのだろうか。
だったら、先輩方にとってはいい卒業日和に…。
脳裏に浮かんだのは、雪の中に消える後ろ姿だ。
「……せん……ぱい…?」
ぶわっとカーテンをめくりあげるほどの春の風が窓から入り込んできた。
同時に、これまでの1年が急速に脳裏をよぎる。
「……行かなきゃ…」
言葉に出した時には、身体が先に動き、点滴を引き抜いていた。
ベッドからおりようと足を床につけるが、力が入らず、床に膝をついて転んでしまう。
それでも、ベッドの端をつかんで無理やり起き上がった。
「先輩…!」
口にしないと、記憶が頭からこぼれてしまう気がした。
ベッド脇のサイドボードにクリーム色の紙袋が置かれている。
中を見ると、高校の制服が入っていた。
患者服では目立つ。
すぐに着替えた。
時間を確認している余裕はない。
おぼつかない足取りで病室を出て、壁を伝って廊下を進んだ。
一歩一歩踏み出すのがとても辛い。
看護師が通りかかりそうになれば、背を向けて平静を装った。
エレベーターでロビーまで降りたあと、すぐにタクシーをつかまえて乗り込んだ。
行き先はもちろん、通学している学校だ。
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