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翌日から、夜戸の捜索が開始され、現実世界(ウツシヨ)と、現実世界へ影響を与えるもう一つの世界(トコヨ)を駆けまわった。
12月17日月曜日、午後23時。
姉川は捜査本部からクラオカミの探知能力で夜戸の気配を探り続けた。
深い海の中を手探りしている感覚だ。
至る場所に水のイルカを飛ばし、範囲を決めてそれぞれ別行動をとっている足立達と連絡を取り合う。
「あー、こちら森尾・落合班。一応、地下道も見て回ったけど、シャドウしか遭遇しねーや」
「ネズミの方が可愛げがあるよ」
兄弟でシャドウと交戦しながら、連れてきた水のイルカを通じて姉川達に報告した。
「こちら足立・ツクモ班。そっちの応援行こうか?」
ツクモと一緒に繁華街と駅の周辺を捜索していた足立が呼びかける。
「だいじょうぶそうだよ。兄さんも強くなったからね」
「イワツヅノオ!」
水のイルカを通して、戦闘状況が丸わかりだ。
けたたましい音のあとに静けさを取り戻したので、森尾ひとりで片を付けた事が伝わった。
「こちらツクモー。おなかが減ったので、シャドウ達の欠片は忘れず持ってきてほしいさ」
空腹の音を立てながらツクモが森尾達に呼びかけた。
「食い意地はりやがって」
森尾は呆れて返す。
「寒いと余計におなかが減るのさ」
「ここ、それほど寒くないでしょ。太っても知らないよ」
会話を聞いていた姉川は苦笑まじりに言った。
足立はぼそりと呟く。
「もう手遅れだけどね」
ムカッとした表情を浮かべたツクモは、足立の右脚をポコポコと叩いた。
「アダッチー、レディに対して失礼さっ」
ああ、女の子だったな、と全員が思い出す。
「…………ごめん姉川さん、一回通信切ってくれる?」
「え、なんで?」
「ト・イ・レ。さっきから我慢しててさ~。用足してるところ、見られるも聞かれるのも恥ずかしいから~」
「は~?」
恥ずかしそうな口調の足立に、呆れ返る声を漏らす姉川。
「ん~。10分後くらいがいいな」
「かかりすぎじゃ……。もー…、わかったわ。トイレ中にシャドウに襲われないでよ」
これ以上ツッコむ気も失せ、足立の傍にいたイルカを水に還した。
足立の足下に小さな水たまりができる。
「どこでする気さ。1度ウツシヨに戻るさ?」
水たまりを見下ろす足立に、呆れているツクモが声をかけた。
「話したかったんだ」
「誰と?」
「君とだよ、ツクモちゃん」
振り返る足立は、先程のおどけた口調ではなくなっていた。
真っ直ぐにツクモと視線を合わせる。
「…ツクモと?」
ツクモは怪訝な表情を浮かべた。
わずかに狼狽えてしまう。
「原点に戻ってみようかと思って…。そもそも、最初に僕に目を付けたのは、ツクモちゃんだったよね。トコヨで暴れる人間がいるから、手を貸してほしいって」
口に出してみて懐かしさを覚える。
事件の始まりは、今年の夏ごろだったのだ。
今、思えば、ツクモと出会う前に、夜戸と再会したことがすべての始まりだったのではないかとさえ感じた。
「そう…さ。ツクモだけじゃ、手に負えなくなって…。頭を悩ませていたら…、対抗できる人間の気配を、この地区で感じ取ったさ」
「それが僕…だったわけね」
「監視カメラを通して、アダッチーのことを調べたさ。名前も、逮捕された経緯も、こことは別の世界の事も…」
「僕とツクモちゃんが出あってすぐに放火犯を追いかけた時、ツクモちゃんは、この世界に迷い込んだ夜戸さんとはその時初めて出会ったの?」
「そうさ」
「本当に?」
「アダッチー、何が言いたいのさ…っ。事件を引き起こしたのが明菜ちゃんって知ったのも、本当に昨日さ!」
赤い傷痕には一切関わっていないことを強調する。
実は裏で通じていたのではないかと疑われているみたいで不愉快だった。
「だったら君はどうしてわかったの? 夜戸さんの名前」
「え?」
「僕の名前も、調べてわかったんでしょ? なのに君は…―――」
『明菜ちゃん、ケータイ出してっ』
現実世界への帰り方を教える際、ツクモは確かにそう言った。
「初対面のはずで、自己紹介もしていない彼女の名前を知っていた」
「……………」
ツクモは言い返すことも出来ずにフリーズした。
ただのぬいぐるみのように動かない。
「ツクモちゃん、君と夜戸さんは…」
足立は、先頭の際に覗いてしまった夜戸の過去を振り返る。
小さな夜戸が抱きしめていたのも、病院で寝ている夜戸の傍にあったのも、ツクモだったからだ。
夜戸が幼い頃からツギハギのボディを持ち、ただのぬいぐるみとして抱かれていたように見えた。
夜戸の病室を訪れた者の手で病室のベッドから払い落とされてからどうなったのかは知らない。
しかし、足立は口にしない。
直接、ツクモの口から真相を聞きたいからだ。
「わからないさ…」
ツクモは呟き、震える声で言葉を続ける。
「わからないのに…、自然と…明菜ちゃんの名前が口をついて出たさ…。でも…、なぜなのか…わからないさ…。ツクモは、ツクモが…わからないさ…。そもそも、どうしてこの世界にいるのかも…、どうやって生まれたのかも…。最初に覚えているのは…、真っ暗な水の中を漂っている感覚だったさ…。身動きが取れなくて漂い続けて、ようやく地に足がついたかと思えば、誰もいない世界…トコヨさ。今とは違って、行ける場所が行けなくなったり、行けなかった場所が行けるようになったり、そんな不確かな世界を彷徨い、時々カメラ越しに現実世界(ウツシヨ)を眺め、シャドウを食べる日々を過ごしたさ」
話し相手も居ない、孤独な日々を過ごし続けた。
そしてようやく意思疎通できる人間が現れたかと思えば、自分達が過ごしていた世界を壊そうとする者ばかりだった。
ツクモの心情は計り知れない。
「ツクモはツクモがわからない…。他の誰もツクモを知らない…。身に覚えのない誰かの思い出がよぎることもある…。もしかしたら、ツクモはシャドウかもしれない…。だから、たまに怖くなるさ…。いつか…、前触れもなく、誰にも気づかれる事なく、消えるんじゃないかって…。アダッチー…、ツクモは……。!」
前屈みになった足立が、ツクモを抱き上げる。
ツクモに潤んだ瞳で見上げられ、苦笑した。
「ごめんごめん。尋問みたいなことしちゃったね。それがツクモちゃんが知ってる全部なら、それでいい」
「…いいさ?」
「いーの。本当に夜戸さんと初対面だったのかの確認だけ」
ポン、とあやすように背中を叩く。
「それにね、ツクモちゃん。君は自分がわからないって言うけど、人間だって自分の事なんかわからないものだよ。自分の事もわからないのに、相手がわかるはずもない。そして、いつ消えるのかも…。君が言うほど大袈裟なものでもないよ」
「みんなと…同じさ?」
「同じ同じ」
またポンポンと背中を叩かれると、ツクモは足立の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らした。
しばらくツクモを抱いたまま、足立は歩き、ふと上を見上げる。
(あー、聞かれてたかな…)
水のイルカが頭上を泳いでいた。
いつの間にか10分経過したのか、それともトイレ宣言を無視されていたのか。
(ツクモちゃん、自分の事がわかってなくても、相手がわかってる場合も、たまにあるんだ…。そんな場合がとても厄介だって、あとで教えてあげる)
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