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12月16日日曜日、午後12時。
独居房にいる足立は手を頭の後ろに組み、畳んだ布団に寝転びながら天井を見つめていた。
外は雪だ。
13時になっても、運動の時間には参加したくない気温だ。
たとえ晴れでも、運動の気分でもない。
(暴いたのは僕だけど、結局、夜戸さんのことは何も知らなかった…)
夜戸の事情の全ては知らない。
赤い傷痕をつけた犯人が判明しただけだ。
どういう経緯で夜戸があの力を手にしたのかは不明のまま。
しかし、きっかけらしきものは、夜戸の記憶にあった。
もう少し深く掘りだしたいところだが、意気消沈している森尾達はどう思うだろうか。
半身を起こし、食器口の間から向かい側にある森尾の独居房を見るが、あのプリンを思わせる頭部は見えない。
気が滅入って寝ているだろう。
容易に想像できた足立は再び布団に背を預けた。
「おい、面会だ」
「え?」
不意に刑務官に声をかけられて驚いた。
それから、「あ―――」とローテーブルの上に置きっぱなしだった最近届いたばかりの手紙の存在を思い出す。
「そう言えば、来るって言ってたな…」
よっこいしょ、と体を起こして立ち上がった。
面会の相手はわかっている。
刑務官に連れられ、面会室のドアを開けられて足を踏み入れると、手紙の送り主がアクリル板の向こうで待っていた。
「よう…」
グレーのシャツに、赤いネクタイ。
暖房の温風が十分に行き渡らない面会室の中で寒くないのかと気にしたが、足立が稲羽署の刑事だった頃の上司で相棒の堂島遼太郎は、寒さなどまったく気にも留めていない素振りだ。
特に大それた話はしない。
互いの近況報告や他愛のない話ばかり。
それから少し先の話も。
逮捕されてから終わった関係だと思っていたが、堂島は今でも家族のように足立を気に掛け、こうして面会で会いに来ている。
毎度くすぐったい気持ちになりながらも、足立は大切に受け入れていた。
「ダイエットでも始めたか? 少し筋肉がついたような…」
堂島の観察眼は馬鹿に出来ない。
「あはは。夏ごろに、堂島さんに太ったって言われちゃいましたから…」
起訴が確定して身柄を拘置所に移された頃に、まるで待ち構えていたかのように堂島が面会に来た時に言われた言葉だ。
「お前がそんなこと気にするのか?」
怪訝な目で見られてうっとなる。
これでは裏で何をしているのか探られてしまうのではないかと焦った。
決して巻き込むわけにはいかない。
(少しでも勘付かれたら、絶対あいつの耳にも入るだろ…)
とあるお人好しが脳裏をよぎる。
まだ高校生のクセに他人の面倒事にすぐに首を突っ込もうとするのだ。
学生にとってはもうすぐ冬休みだ。
八十稲羽市で長い休日を過ごす可能性は大いにありうる。
面会の時間は限られている。
言葉を選んで、そろそろ切り出さなければ。
「堂島さん」
「ん?」
「僕の担当弁護士の知り合いが、稲羽にいるみたいで…」
「稲羽に?」
「はい。えーと…」
夜戸ではなく、その父親の影久が監禁中に尋ねてきたことだ。
確か名前は。
「朝霧陽苗って名前の人、知りません?」
「朝霧陽苗…?」
足立には微塵もわからなかった人物だ。
しかし、長年、稲羽市に住んでいる堂島なら何か知っているのではないかと。
もし知らなければ、すんなりとかわさなくてはならない。
深入りさせるわけにはいかないからだ。
「……えっと…、さすがに住民ひとりひとりの名前は…」
アゴに手を添えて記憶をたどる堂島に声をかけると、堂島は目をつぶり、左手で制した。
「いや待て。聞き覚えがある」
「!」
思わず立ち上がりそうになった。
「ホントですか!? どこで…」
「待て待て、こっちだって突然聞かれたんだ…」
1分が経過し、面会時間も残り3分くらいになろうとしたところで、
「………………病院…」
堂島は心当たりを口にする。
「病院…?」
「そうだ…。稲羽市立病院…。俺と菜々子が入院してた時、よくしてくれた看護師がいてな…。名札の名前は、朝霧…。菜々子は「ひなえさん」って呼んでたな」
ここで繋がりがあるとは。
堂島とその娘の菜々子が入院していた時もそうだが、何度か訪れたことがある病院だ。
しかし、話したことがあったとしても看護師の名前なんて覚えているはずもない。
「どんな人です?」
「どんな人って…。優しい看護師だったよ。年は…、俺より少し上くらいか…。けれど、美人で…、髪は…栗色だった…」
どんな話を、と尋ねる前に答えられる。
「身の上話になった時…―――――」
「…!!」
朝霧陽苗の出身は、八十稲羽市らしい。
身の上話に耳を傾け、ある人物が朝霧陽苗に重なっていく。
これが単なる偶然とは、足立には思えなかった。
(人と人の繋がりってのは、時にとんでもないところで繋がってたりするんだよな…)
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