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「……ここは…、ウツシヨ?」
大通りから横道にある、コインパーキングの自販機に背をもたせ掛けて座り込んでいた。
トコヨと違い、夜明け前の冷たい空気に身を震わせる。
白い吐息を吐き、遠くに聴こえる車の音に耳を澄ませた。
空は暗いままだ。
「…っ」
痛みに呻き、左肩をつかんだ。
自販機にぶつかった痛みではなさそうだ。
「…あの時……」
マガツイザナギに一太刀浴びせたが、自身のペルソナの左肩を貫かれた。
「まさか、反撃されるとは…。無傷の自信…あったのに……」
確かな痛みと余韻に、くつくつと笑いが漏れる。
再びトコヨに向かおうかと思ったが、近づいてきた人影に気付いた。
「あの…、大丈夫ですか?」
ダウンコートを着た若い男だ。
自販機の前に座り込んでいる夜戸に話しかけてきた。
「酔ってます? ご気分は? ひとりですか?」
紳士的に接してきたが、夜戸は冷めきった表情で相手を見ていた。
常人の目には見えないモノが見えているからだ。
男には、黒いモヤが纏わりついていた。
“うまそうな女だ”
「こんな寒いのに、風邪を引いてしまいますよ」
男は柔らかい笑みで手を差し出した。
“家に帰りたくなかったから、ちょうどいい”
左手の薬指には指輪がはめられている。
「家はお近くですか? そうでないなら、せめてどこか屋内に…」
“連れ込んでしまおう。それから…”
「せっかくいい気分だったのに…」
目付きを鋭くさせた夜戸は、右手を素早く横に振るう。
手には、黒いナイフが握られていた。
「台無しにしないで」
刃は男の喉元を切りつけたが、切り裂かれたのは黒いモヤの方だ。
黒いモヤは男の身体から離れ、もがき苦しむ動きをしたのち、やがて夜戸の傍にある、自販機に取りつけられていた防犯カメラの中へと吸い込まれた。
無傷の男はきょとんとしていた。
「?」
その時には夜戸の手の中にあった黒いナイフは消えていた。
夜戸がゆっくりと立ち上がると、男は何事もなかったかのように無関心な表情でその場を去って行く。
「ハァ」
白いため息をついた夜戸は、足下に転がっている小さな空き瓶を見つけた。
自販機の傍のゴミ箱は、投入口から空き缶が半分出ている。
ゴミ箱の中が満杯なのだろう。
「ついに奴らと手を切ったか」
「!」
コインパーキングの方から声が聞こえて振り向くと、外套の男が立っていた。
「さっきの奴の欲望、だいぶ切り離しちまったんじゃねーのぉ? 女にキョーミなくなったりして」
自身が口にした冗談に笑う。
「二又…」
夜戸は辺りを警戒した。
二又は人差し指を立てる。
「オレひとりだから安心しなぁ」
どの口が言ってるのか、と夜戸は眉をひそめた。
「仲間がいても、返り討ちにしてあげるけど」
「こわいこわい」
わざと身震いする二又。
「…あなたがあたしをウツシヨに移動させたの?」
「ん? ああ。秒で終わらせちまったら面白くねーだろ。せっかく、本当の夜戸明菜ってのを見てもらえたってのに…」
言いかけている途中で、夜戸は足下の空き瓶をつかんで地面で叩き割り、半分に割れた部分を凶器に変え、二又の赤い傷痕の目立つ首に突き付けた。
「水を差すマネしてほしいなんて頼んでない…!」
「急くなよ。もっと見てもらえばいいんじゃねーの? そして、本気で殺し合えばいい。ウツシヨでも、トコヨでもない、君の聖域で…」
ゾッとするほど落ち着いた声色だ。
被ったフードからわずかに見えた瞳を睨みつけ、ゆっくりと後ろに下がって距離を置いた。
「うるさい…。あたしと足立さん達の間にしゃしゃりでてこないで」
「あの人とあの子は、何て言ってる? まず、知ってるのか?」
「消えて」
質問に答えるつもりはない。
殺気立つ夜戸に、二又はフッと笑って片膝をつく。
「カミサマの…、いや…、カミウミサマの仰せのままに」
そう言い残して、二又は消えた。
自販機の防犯カメラからトコヨに移動したのだろう。
夜戸の手から空き瓶が滑り落ち、さらに細かく割れた。
疼く胸の十字型の傷痕に触れ、苛立ちのあまり爪を食いこませる。
(息が詰まる…。イライラする…。落ち着かないと…。コーヒーでも飲んで…)
反対の手で目元に触れた。
そこで気付く。
「あ…。メガネ…」
修理はしたが、姉川に預けたままだ。
ずっとかけ続けてきたから、癖が治らない。
「ハ…、アハハ…。もう…必要ないのに……」
白い何かが羽根のように落ちるのが視界に映り、見上げると、ふわふわと大粒の雪が降ってきた。
一粒が目の端に触れ、肌の温かさで溶けて頬を伝う。
「冷たい…」
呟いて袖で拭い、歩き出した。
両手に温かい息を当てる。
降り続く雪は、ゆっくりと地面を白く染めていく。
別れの日を思い出した。
雪の中の去りゆく背中を鮮明に覚えている。
あの時は、『待って』と叫んだ。
『図書室で待っている』と。
今では、少し後悔している。
「さよなら、先輩」
あの日、ウソでもいいから、そう言えばよかった。
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