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『大人になったら、何になりたい?』
小学生の時に、夜戸のクラスに教師が課題を出した。
次の月曜日までに提出しなければならない。
その日の内に提出する生徒もいた。
席に着いたまま、夜戸は小さな紙を手に、空白の部分をじっと見つめた。
他の生徒は、お花屋さん、モデル、パイロット、ケーキ屋さん、おヨメさんなど記入していたのに、夜戸は自身の未来が想像できずにいた。
テストに出題されるある程度の問題はスラスラと解けても、こればかりは鉛筆は止まったままだった。
父の仕事を思い出すが、頭を振った。
(弁護士は、兄さんがなるんだから)
来週までには何か思いつくだろう、とその日は諦め、用紙を四つ折りにしてランドセルの中に入れて帰った。
その5日後、兄が亡くなった。
霊安室で、兄の亡骸に泣き縋りながら、母は言った。
『どうして日々樹なの』と。
小さな夜戸は思った。
どうして、兄だったのだろうか。
どうして、代わりに自分じゃなかったのだろうか。
母は兄を溺愛していたし、父も兄を大切にしていた。
父は、いつか兄が同じ弁護士になって同じ法律事務所に勤めるのを夢に見ていた。
どうして、まだ、夢も目標も白紙のままの自分が残ってしまったのだろうか。
夜戸は立ち上がり、母に言った。
『泣かないで…。あたしが、兄さんの代わりになるから。兄さんみたいに頑張るから。兄さんみたいにいい子になるから。兄さんみたいに母さんたちの自慢になるから。母さんたちを置いて死なない…。……死なないから…』
母は泣きじゃくりながら夜戸を抱きしめた。
父は夜戸に背を向けたまま、兄の亡骸を見下ろし、小さく呟いた。
『…死なせてたまるか』
夜戸はその夜、用紙の空白の欄をうめた。
“将来の夢:弁護士”
漢字の書き方は、兄から教わったものだった。
『今のうちに知識を詰め込んでおけ。ニュース以外は見るな。日々樹はそうしていた。だが、交友関係は持つな。他人を信用するな。二の舞になるぞ』
勉強机に山積みにされた教材。
夜戸は黙々と勉強机に向かって鉛筆を走らせる。
低学年のうちに、高学年の問題も叩きこまれた、知恵熱で寝込んだこともあった。
時折、頭を休めるため、叔父から貰った人形を抱きしめて窓から外の景色を眺めた。
『あの男の子…、なんとなく…兄さんに似てる…』
窓から見える歩道に、たまに見かける少し年上の少年に目を留め、外見や雰囲気に兄の姿を重ねた。
少年が少しずつ背が伸びてきたのを感じ、中学、高校の制服姿も見てきた。
『…なんとなく…―――』
窓の外を眺めるある日の夕暮れにぽつりと呟いた一言は、きっと抱きしめていた人形にしか聞こえなかっただろう。
足立は、窓の前に立つ少女の後ろ姿を眺めていた。
声をかけてみるが、聞こえていない。
手を伸ばしてみるが、透明な壁に阻まれる。
「!?」
透明な壁の向こうが、早送りにされ、懐かしい高校時代の風景が怒涛の勢いで流れていく。
それは、夜戸の記憶と思い出だ。
出会いから別れまであっという間に過ぎたかと思えば、目の前にうつ伏せに倒れた、高校の制服姿の夜戸がいた。
(あたしは…兄さんになれなかった…)
景色は病室に切り替わり、ベッドに寝かされた夜戸の心が聞こえる。
枕元には、少女の頃から大事にしている人形が置かれていた。
『何も嘆くことはない。これからなるんだよ。日々樹の代わりに、巫子として…、カミサマとしての役目を全うするんだ』
黒い影が、夜戸に近づき頭に触れた。
『カミサマに、くだらないものは必要ない』
黒い影の口が、ニヤリと赤く不気味に笑い、枕元の人形を床に払い落とした。
「足立ィ!」
「足立さん!」
「アダッチー!」
「透兄さん!」
足立ははっと目を覚ました。
つかの間の夢を見ていた感覚だ。
いつの間にか、仰向けに倒れていた。
傍に駆け寄り、膝をついて覗き込む森尾達の顔が視界に入る。
「う…っ」
夜戸とほぼ同時にペルソナを召喚した瞬間、ペルソナ同士の刃が交差し、互いの身体を傷つけた。
マガツイザナギは右肩から胸にかけて一太刀喰らってしまったが、こちらも手応えはあった。
同時に、ペルソナが発光し、爆風が起きた。
後ろへ吹っ飛ばされる最中、確かに、夜戸の過去が、心が見えた。
「夜戸さんは…?」
後頭部と背中の痛みに顔をしかめ、上半身を起こす。
先程の爆風で、夜戸も吹っ飛ばされたはずだ。
しかし、ペルソナも本体も姿が見えない。
辺りは静けさを取り戻している。
「2人の力がぶつかり合った直後かな…。夜戸さん…、いなくなっちゃった…」
うつむき、身体を震わせながら姉川が言った。
ショックのあまり、クラオカミで探す気力は失われている。
森尾も、落合も、立ち上がろうとせずに表情を曇らせていた。
「俺は…、何も出来なかった…」
「そんなこと言ったら、ボクも…。……昨日まで…、みんな…一緒に……。何で…、何でこんなことに……っ」
「ソラちゃん…」
耐え切れずに、落合はツクモを抱きしめて顔を埋めた。
嗚咽が漏れる。
「……………」
足立は無言でその姿を見つめていた。
無意識に、先程見た少女と重ねる。
「……みんな、一度解散しよう。次の夜には落ち着く…はずないか。マシにはなってると思うから……」
足立はそう言ってから、後頭部を掻いた。
このまま何も言い出せずにいれば、きっと朝を迎えても誰も動かないだろう。
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