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足立と夜戸が、互いの武器で戦っている。
その現状が森尾達には理解できなかった。
足立は、今回の行動を事前に姉川と落合に話していた。
一芝居打つため、ウソをつくのがヘタな森尾とツクモには黙っておいた。
最初は足立の指示に眉を寄せて賛同を渋った姉川だったが、足立の推理を聞いて辻褄が合うことに戸惑い、落合も、「間違いだったらそれでいい」と協力を了承した。
班分けもあらかじめ決めておき、足立と夜戸が一緒に離れてから森尾とツクモに事情を説明してあとを追いかけたのだった。
「夜戸さん…!」
姉川は唖然としてしまう。
信じたくはなかったが、足立の言う通りだった。
夜戸からの反論を期待したが、反論どころか、今まで見た事もない表情で足立に牙を剥いたのだ。
別人と思わせるほど妖艶に笑い、金色の瞳は目の前の足立を射抜いている。
「夜戸さん…なのか?」
森尾も驚愕が隠せない。
「みんなもいたの…。最初から、あたしが隠してた真実を暴くのが、今回の目的だったんですね」
「…そうだよ」
「さすが刑事さん」
皮肉をこぼし、夜戸は後ろにジャンプして数歩下がり、距離を置いた。
手の中のナイフをくるくると弄び、足立達の出方を窺うが、誰も攻めてくる様子はない。
「ハァ…」とつまらなそうにため息をつく。
近くの歩道橋からは、落合とツクモが欄干に身を乗り出し、夜戸を見下ろしている。
「ウソでしょ…? 明菜姉さん…。どうして…」
震える声が聞こえ、夜戸は「どうして…」と呟き、振り返って落合を見上げる。
「知りたいのは何? 動機? 欲望が暴走して事件を起こした元凶である傷痕をつけまくってた理由?」
冷たい眼差しに、落合は身体を竦めた。
沈黙は肯定と受け取り、夜戸は足立を一瞥し、ナイフの刃を指先でなぞりながら言う。
「理由…。理由…ね…。別に。理由なんてナイ」
「え…」
ショックを受ける落合に、手の甲を口元に当てながらせせら笑いを出した。
「フフッ。みんな、すぐに理由を求めるよね。理由なんて必要? 弁護士は、理由にはこだわらないの。結果がすべて。相手が望んだ結果を勝ち取れたかどうか」
そう言ってナイフを投げつけた。
「!?」
「ソラちゃん!」
欄干の上にいたツクモは咄嗟に落合に飛びつき、押し倒してナイフから守った。
飛んできたナイフは欄干の縁に当たり、宙を掻いて落下していく。
「弁護士は正義の味方、なんて誰が言い出したんだろうね」
夜戸は立っている位置から微動もせず、落ちてきたナイフを片手で受け止めて冷ややかに言った。
「あー、話がズレた。傷痕の話だっけ…。赤い傷痕に関してだけど、『傷痕』というのを作れるようになったのは、今年の夏ごろからよ」
夜戸の言う通り、赤い傷痕に関する事件が起こったのも、大体が今年の夏ごろからだ。
「どういうこと?」
足立が尋ねる。
「こんなあたしでも、特技があるんですよ」
夜戸は笑みを浮かべて答えた。
「人の欲望が見えて、それを刈り取ることができる」
ナイフを持った右手で、人差し指と中指を立てる。
唐突で現実味のない話に、姉川達は困惑した。
その反応に、夜戸は「アハハ」とおかしく笑う。
「冗談みたいな話だけど、本当のことよ。初対面の人でも、どんな闇抱えてるのか、どんな歪んだ欲望を持っているのか、あたしにはわかるの。聞きたくもない、見たくもないって思っても無駄。筒抜け。鬱陶しいから、今度はそれを雑草のように刈りとるの」
再び、手の中でナイフを弄ぶ。
すっかり文字通り体の一部となって手に馴染んでいた。
「刈りとると言っても、全部は刈りとらない。人は、欲望なしでは生きていけないからね。根元まで奪ったら死ぬって言われてるし」
「!」
足立は、気になる言葉に片眉を上げた。
「刈り取られた本人に外傷はないけど、ほんの一瞬寂しい喪失感を味わうだけ。例えて言うなら、今、コーヒーを飲みたかったはずなのに、急に飲みたくなくなった…みたいな。似たようなの、みんなもあるでしょ?」
夜戸は、頭に浮かんだ例えを口にしてみると、少し切なげに目を伏せた。
だが、それも一瞬のことで、「あーあ」と漏らして空を見上げる。
「それが、最近までは、傷痕どころか、目立った害はなかったのに…。正直、あたしも大きな変化に戸惑ってる」
面倒だと言いたげに口を尖らせた。
「赤い傷痕の人間の欲望は、なぜか刈り取れない。残ったまま。まさに傷痕のように」
森尾、姉川、落合は、自身の赤い傷痕に目を向けたり触れたりする。
「でも、あたしの視界が変わったわけでもない。今まで通り、刈り取って、刈り取って、たまに傷痕が残る人が出てくるだけの日常に変化しただけ」
「相談してくれれば…!」
姉川は一歩踏み出して声を上げるが、夜戸は肩を竦めた。
「変えようとも思ってないのに、相談すると思う?」
「夜戸さん…」
「みんな、ペルソナを出しなよ…。決めてたことがあるの。正体がバレたら、終わりにしようって」
ナイフの先端を足立達に向け、「終わり」の意味を突きつける。
「『カバネ』がどうやって世界を終わらせるかは知らないけど、あたしがこのまま続けていれば、いずれにしろ、世界は終わるらしいよ。あたしはそれでもいいと思ってる。理不尽な世界なんて、現実なんてイラナイ」
夜戸の周辺の空気がざわめく。
横断歩道、車道、歩道橋の下に設置された信号機が突然点灯し、無茶苦茶に赤、黄、青と点滅している。
「あたしは止まらない!!」
すべての信号機が、青緑一色となった。
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