00-9:There is something that I want to tell you
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
12月21日金曜日、2学期の終業式が行われた。
体育館は寒かったが、校長の話だけであっという間に終わった。
登校中も、教室も、冬休みやクリスマス、年越し、正月をどう過ごすかの話題ばかりだ。
冬休みの宿題を忘れてないだろうか。
下校時間を迎え、机の中に忘れ物はないか確認してから、首に白のマフラーを巻いて静かに教室を出る。
廊下の窓を見ると、灰色の雲からふわふわと綿毛のような雪が降っていた。
じっくりと時間をかけて地面を白く染めようとしている。
下駄箱のある昇降口へ向かうはずの足は、自然と図書室に向かう。
もう閉められているかな。
それでも、2学期の最後なのだからと言い聞かせながら歩を進める。
ドアが見えたところで、口元が緩んだ。
「足立先輩」
間違えるはずのない猫背の背中だ。
ドアの前に立っている先輩は、こちらに振り返った。
「…さすがに閉まってた」
それほど期待してなかった言い方だ。
先輩は自分の黒いマフラーに触れる。
ネクタイと同じく、結び方は上手とは言えなかった。
結びを直したい出しゃばりな気持ちを静める。
「そうですか…」
ドアの前に立ち尽くしていたから、いつからそこにいたのか気になった。
ドアの向こうのいつもの席は、電気が消された凍えそうな室内で寂しそうに見えた。
「マシになるまで時間を潰すつもりだったのに。雪の中を帰らないといけないのか」
廊下の窓を見つめて先輩は呟く。
「あの…。一緒に、帰りませんか」
気が付いたらそんなことを口走っていた。
先輩の視線がこちらに移る。
それから少し間を置いて、「まあ、たまには…」と再び窓の外に視線を戻した。
初めての下校。
マフラーで温かい首元が熱くなる。
たまには考えもなしに口にしてみるのもいい。
肩を並べてゆっくりと昇降口へと向かう。
ほとんどの生徒達は、ようやく終わった2学期に嬉々として下校していた。
「先輩、冬も塾ですか」
「うん。ほとんど仕上げ。センター試験だけじゃなくて小論文にも挑まないといけないし…。帰ってからもやることは多々あるよ。なのに、他の連中ときたら、冬休みはスキーだの温泉だの正月だの浮かれてやがるし…。推薦入学が決まってる奴らは終業式にも来ずに夏の国でバカンスって他の奴らが話してるの、聞きたくもないのに耳に入っちまったし…」
どんどん先輩の口調が悪く、刺々しくなる。
目付きも悪い。
「先輩って年中荒んでますね」
春から昼休みの時間をほとんど一緒に過ごしてきた結果、改善の余地はなさそうだ。
「くれぐれも、荒んだ大人にならないでくださいね。あと人を見下すところも直さないと」
「心配しなくても、うまく立ち回れる大人になるよ。ほら、他の遊んでる奴らとは頭のデキが違うから」
「そういうとこです」
人を見下す言い方は本格的に直すか、隠した方がいいだろう。
あたしだけ、そんなあなたを知ってればいい。
「夜戸さんも、冬休みは勉強ばかりでしょ」
「例年通り、温かい部屋でぬくぬくと机にかじりついてますよ。2年後は先輩と同じ、今より多忙の日々が待ってるわけですね」
そう言うと、先輩は目を伏せて微かに笑う。
「そうかもね。2年後には、やがて入学してくる後輩が、「先輩、勉強を教えてほしいです」って君のところにやってくるかもね。そしたら君は…」
「足立先輩」
あたしは遮った。
そんな「もしも」はいらない。
「図書室のあの席は、あたしと先輩だけの席です。誰にも譲りたくないんです」
踊り場で互いの足が止まる。
先輩はこちらを見つめていた。
「だから…、先輩が大学に行ってしまっても、また…、一緒に…」
肝心なところで、伝えたいことがありすぎて詰まってしまう。
本音なんて、家族にもこぼしたことがない。
心から口まで続く通り道が窮屈だ。
ドクンドクンと激しく収縮しているから余計に。
何も考えてない時しか出てこない。
「先輩、ごめんなさい、待っててください!」
あたしは踵を返して階段を上がる。
先輩は「えっ」と振り返って見上げた。
あたしは急く気持ちを抑えながら足にブレーキをかける。
「忘れ物です。すぐに戻りますからっ」
明らかに慌てるあたしに、先輩は苦笑した。
「…寒いから、早くしてよ。待ってあげるから」
あたしは近くの女子トイレに駆け込んだ。
幸い、誰もいない。
鏡には見た事もない真っ赤な顔があったけど。
とにかく整理がしたい。
冷めてるように見られることが多いあたしだって、急にテストにずらりと並んだ難問題が登場したら慌てることだってある。
知らない。
わからない。
先輩といると、わからなくなる。
この鏡にうつる顔は誰なの。
『あたし』がなるはずの『あたし』じゃない。
いつもの「なんとなく」はどうしたの。
ああ言って『あたし』を曖昧にしてきたじゃないか。
この気持ちの、答えは。
「っ……」
出てこない。
頭の中では浮かべているはずなのに、口に出してはいけない答えだ。
「………先輩が…待ってる…。早く…戻ろう」
鏡の中の自身に言い聞かせる。
外は寒い。
冷たい雨の中よりはマシだと思うけれど。
顔の赤みも引いてきた。
トイレを出て昇降口へと向かう。
何を忘れたのか言い訳を考えておかないと。
下駄箱で靴に履き替える。
先輩はどこで待ってくれているのか、昇降口を出て姿を捜した。
やわらかい雪が制服にひっつく。
手を差し出せば、右手の上で小さな雫がぽつぽつとできた。
「あ…」
先輩の背中を見つけた。
正門だ。
誰かといる。
おさまったはずの鼓動が再び激しく動く。
しかし、先程と違ってあたしは血の気が引いていくのを感じた。
一緒にいるのは、あたしの父だ。
.