00-9:There is something that I want to tell you
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兄の葬式の日、あたしは冷たいパイプ椅子に座って遺影をじっと見上げたまま、微動もしなかった。
大人たちや兄の同級生たちの声が聞こえる。
母は泣いている。
父は他の人たちと話してばかりだ。
あたしは心の中で兄に問いかけ続ける。
答えなんて返ってこないとわかっているのに。
誰かがあたしのことを「かわいそうに」と言ったのが聞こえた。
かわいそう。
お兄ちゃんが死んじゃって。
こんな小さな妹さんを残して。
いじめかもしれないって。
厳しいお父さんだから。
頭がいい子だったから。
期待を押しつけられすぎたんじゃ。
話したことはないけど。
最近は家族で一緒のところを見てなかったわ。
どうして死んじゃったの。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして。
うるさい…!!
あたしは耳を塞いだ。
母も言っていた。
『どうして』と。
『どうして日々樹なの』と。
『明菜』
背中に大きな手が当てられた。
『昌輝おじさん…』
いつも家ではラフな格好をしている叔父は、黒いスーツを着ていて別人に見える。
不釣り合いなのは、小脇に抱えられた、動物のぬいぐるみだ。
変わった色で、見た事もない動物。
『…日々樹を見送ったら、私は家を出る』
『……………』
霊安室の前で、父が叔父につかみかかっているのを見た。
『お前が傍にいながら』と。
それから2人に会話はない。叔父の私物は日が経つごとに消えていた。
『もう会えないの?』
『…どうだろう。寂しいか?』
あたしは頷いた。
『すまない』
無言で頭を横に振った。
『明菜、今は辛いかもしれない…。でも、日々樹がいなくても、楽しいこととか、やりたいことを見つけてほしい』
今度は、縦に頷くことも横に振ることもしなかった。
膝の上に、ぬいぐるみが置かれる。
感触はふかふかだ。
『悪い夢なんて、この子が食べてくれる。……明菜、兄さんのこと、大切か?』
しばらく間を置いて、頷いた。
たとえ冷たくされても、嫌われてしまっても、兄さんは、大切な兄だ。
頭を優しく撫でられた。
『それをあげよう。日々樹が買ったものだ』
『兄さんが…?』
『ああ』
自分の為か、あたしの為か、あたしじゃない誰かの為か。
叔父は教えてくれないまま、どこかへ行ってしまった。
あたしはしばらく、ぬいぐるみに顔を埋めていた。
ぬいぐるみのボディはツギハギだったが、特に気にならなかった。
12月6日木曜日。
かくん、と頭が落下しかけて目が覚めた。
頬杖をついたまま、図書室でうたた寝していたようだ。
しかも、勉強中の足立先輩の目の前で。
これはまずい。
「受験生を目の前にいい度胸だよね」
大学の過去問題集に視線を落としながら、先輩が静かに言った。
痛いところを突かれて「う」と思わず唸る。
「さすが夜戸さん。これは明日の期末テストの結果が自信あるとみた。学年トップも余裕だと」
「ごめんなさい。うたた寝してました」
容赦なくグサグサと刺してくる言い方に、机に開かれていたノートに額をつけて謝った。
「結果発表が出たら、ここに来る機会も減るなぁ…」
「……………」
先輩の呟きは、2学期の終わり噛みしめさせられる。
冬休みを越えてしまえば、先輩と会う機会はぐんと減少してしまう。
入試も間近だ。
あたしの相手をしているヒマはないだろう。
あたしは顔を上げる。
「…公務員、なれるといいですね」
問題集から視線を上げた先輩は、不思議そうな表情をしていた。
「どうしたの、急に。まだ大学受かってもないのにさ」
「先輩、頑張ってますから。先輩の警官姿も、早く見たいです」
受かってほしい。
だから「受かるといい」なんて口にしない。
「…君の弁護士姿も、きっと見ものだろうね。背も伸ばさないと」
「伸びますよ。先輩も、未来で不祥事を起こしたら任せてください」
「またそう言う…。僕をなんだと思ってるの」
2度目の、未来の話だ。
最後に話したのは夏以来だろうか。
「あと…、もし、この先あたしが悪い事をしたら、先輩が捕まえてくださいね」
「ははっ。ド真面目な君が、どんな凶悪事件を起こすのさ」
「人生、何が起こるかわかりませんから」
「達観してるなぁ」
静かな図書室の、他愛のない会話。
このまま時間が止まればいいのに、と胸が少し痛くなった。
もっと言いたいことがあるはずなのに。
伝えたいことがあるのに。
時間と言葉と心が追いつかない。
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