00-9:There is something that I want to tell you
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それは、日々樹兄さんが生きていた時の記憶。
父と母の不在中、家の呼び鈴が鳴らされた。
自室にいる兄は鉛筆を止めて席を立ち、叔父を待たせて部屋を出て1階の玄関へと下りた。
『こんにちは』
玄関のドアを開ける音と、若い男の声が聞こえた。
顔を上げて反応したのは、叔父だった。
胡坐をかいて参考書を読んでいた体勢から立ち上がり、声に引き寄せられるように1階へと下りていく。
あたしも気になって少し距離を置いてついていった。
『昌輝叔父さんなら…』
兄が呼びに行く前に、叔父が玄関に姿を見せた。
『お前か』
『昌輝さーん! お久しぶりです!』
あたしは階段から様子を窺った。
身内以外の知らない大人に近づくのは抵抗があった。
あちらはあたしが覗いていることに気付かない。
見た目は、兄さんと並んでも違和感がないほど若い。
大人になる手前か、ようやく大人になれた、という雰囲気だ。
後ろに撫で付けらた白い髪、切れ長の細い目の下にはそばかすが見当たった。
服はカーキのロングコートを着ている。
『君が日々樹君? 昌輝さんから聞いてるよ。昌輝さんに似て真面目そうだ』
愛想のいい笑みを浮かべながら、男は兄の肩を叩いた。
『私と違って、日々樹は愛嬌がある。成績優秀、友達も多い』
『わあ、出たぁ、昌輝さんの甥自慢だ』
『これで彼女のひとりやふたり作ってくれたらな…』
嘆く叔父に、兄は照れて首を横に振る。
『やめて、おじさん』
『それで私に何の用だ? 連絡先は教えたが、この住所を教えた覚えはないぞ』
口調がわずかに鋭くなる叔父に、男は申し訳なさそうに頭を下げた。
『すみません、直接お会いしたかったので。…例のモノについて』
口にされた途端、叔父の空気が変わった気がした。
『日々樹、少ししたら戻るから、先に自室に戻ってくれ。仕事の話だ』
『う、うん…。わかった』
兄もその空気を読み取ったのだろう。
玄関からこちらに戻ってくる。
『明菜、部屋へ戻ろう』
安心させるような兄の笑顔。
手を引かれ、階段をゆっくりと上がっていった。
『試してみる価値はあるかと』
『待て。気を急ぐな。人命に関わることだぞ』
『研究所で成果はすでに出てます』
『お前、いつの間に…』
大人たちの、どこか緊張を含んだ声が、1階のリビングへと消えて行った。
兄が入院したのは、それから半年後のことだった。
12月4日火曜日。
どうしてか、この時期になるとたまに思い出す。
兄が変わった原因かもしれないとどこかで思い込んでいるからだろうか。
通学路の交差点で、信号が赤から緑になったのを見届けて足を踏み出す。
瞬間、後ろからいきなり手をぐいと引かれた。
「!?」
同時に、クラクションを鳴らしながらワゴンが凄い勢いで目の前を横切っていく。
繋がれた手を見下ろし、視線で腕をたどっていくとこちらを軽く睨んでいる足立先輩がいた。
「死ぬよ」
やっと冷や汗が出た。
もし止めてくれなかったら、と考えただけで内臓が冷える。
「…信号…、赤じゃなかったのに…」
あたしはぽつりと呟いた。
「青信号だからって、正しいとは限らない。周りをよく見なよ」
「ありがとう…ございます。……あの」
温かい先輩の手。
このままでいいんですか、と少し持ち上げると、先輩がはっとした顔をした。
「先、行くから」
ちょうど信号が点滅し、先輩は手を離して横断歩道を渡った。
こちらには振り返らない。
信号は赤。
追いかけたかったけれど、止まらなければ。
先輩につかまれた左手のひらを見つめる。
まだ残る温もりを逃がさないように、柔らかく握りしめた。
ふと、視線を感じて顔を上げ、向こう側を見る。
通行人の中に、知った顔がいた気がした。
けれど、目の前をトラックが通過すると視線ごとどこかへ消えていた。
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