18:That’s too bad
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12月14日金曜日、午後13時。
昨日はゆっくりと話ができなかったので、運動の時間を利用して改めて足立、森尾、そして鹿田の3人は、運動場の奥で三角形となって座っていた。
森尾は足立から捜査本部で鹿田との間に何があったのかをあらかじめ説明されている。
「君、ここに収容されちゃったんだ」
森尾と鹿田はヤンキー座り、足立は胡坐をかいている。
「ああ。監視カメラって証拠が残ってるのに、あちらさんは納得いかない部分が多いのか、しばらくは留置場生活だったぜ。上ってのはお堅いねぇ」
「ああ、わかるわかる」
足立は腕を組んで頷いた。
自身の事件が複雑すぎてしばらく留置場生活を強いられていたので共感する。
「お前逃げようとしてたのに適応早ぇな」
森尾は意気投合している足立に呆れた。
「雰囲気変わってるから、戸惑ってるけどね。森尾君も、初期の彼にあってたら引いてたと思うよ~」
「連続放火犯か…。お前らもうちょっと極悪人っぽくしてくれよ」
「「そう言われても…」」
声まで被ってしまう。
右には殺人犯、左には放火犯。
頭では理解しているのだが、恐れを覚えたくても無理な空気だ。
それから鹿田に、鹿田の知らない今までの出来事を話した。
赤い傷痕をつけた犯人を追っていること、捜査本部のこと、仲間のこと、『カバネ』のこともだ。
「額の赤い傷痕、誰に付けられたのか覚えてない? 夜戸法律事務所が関係してるとみてるけど…」
鹿田の額にあった赤い傷痕は、今では綺麗にツクモによって塞がれている。
鹿田は額に手のひらを当て、思い出そうとした。
「痛みがあったわけじゃないし、鏡見るまでは俺も赤い傷痕の事はすぐには気付かなかった。…夜戸法律事務所……」
放火未遂事件で、影久が担当弁護だった。
傍聴席には娘がいたことも覚えている。
「出所してからは、バーテンで仕事しながら、大人しくしてたんだけどな…。事務所には…、たまたま家が近所だったから、一応礼を言いに行こうとはしてた。短くしてくれたしな。けど、アポとったわけじゃねーし、出払ってたのか誰もいなかったぜ」
「いつ頃か覚えてる?」
「夏…ごろかな。蝉がミンミン鳴き始めてた時か」
景色ではなく、その日聞いた音から思い出した。
気紛れで立ち寄った夜戸法律事務所はあいにく不在。
階段を下りて、再び蝉の合唱の中を歩いて寂れたアパートに戻ろうとした。
うるさくて、暑くて、イライラして、麦わら帽子を被った幼児を自転車の後ろにのせた麦わら帽子の父親が、楽しそうに笑いながら鹿田の横を通過し、「ほら帰ってきたぞ」と鹿田から斜め右にある大きな家に停車した。
玄関のドアが開く音と、「おかえりなさい」と女の声が遠くから聞こえる。幼児は先に下りて、「セミつかまえた」と虫かごを自慢げに見せにいく。
家の中はきっと過ごしやすい涼しさだろう。
こんなに暑いのに、笑い声は温かった。
『…燃えればいいのに』
その言葉は、セミの中に隠された、はずだった。
家に帰り、洗面所の鏡を見て尻餅をついた。
額に、ないはずの傷痕があったからだ。
あの言葉のせいで、罰を食らったみたいだった。
「鹿田?」
森尾に肩を叩かれ、はっと我に返る。
「……会ってないはずなんだ。なのに、俺の額には傷ができていた」
「「……………」」
足立と森尾は目を合わせる。
切られた瞬間も、当人にはわからなかった。
森尾も同じだ。
「俺には罰が足りなかったんだ。今は自分が今までやってたことに、罪を感じてる…。未遂の時の、衝動とは違うんだ…」
「燃やしたくなる動機があった?」
足立に尋ねられ、誰かに話したのは影久以来だ。
「……ガキの時は、裕福な家庭の幸せってのを噛みしめてた頃もあった。親父が気張ってマイホームも購入して、順風満帆……かと思ったら、親父は前触れもなく暴力的になって、おふくろも耐え切れなくなって家を飛び出した。あっという間の出来事に、なぜそうなったのか理解ができなかった俺はただただ混乱するしかなかった。そして、家のせいだと思ったんだ。呪われた家だと思った。最初に幸せの中にいたからかな…。日々が変わらないと思ってたし、親父とおふくろが悪いと思いたくなかったんだ」
まだ、反抗期もきていない年頃だったということもある。
「だから、幸せそうに暮らしてる奴らとか、新しい家が出来るのを待っているの奴らがいると、胃が燃えるくらい腹立った」
八つ当たりだというのは自覚している。
しかし、衝動は抑えきれなかった。
「親御さんは…どうなったんだ?」
聞きづらそうな表情の森尾の質問に、「ああ」と漏らす。
「おふくろは行方不明のまんま。親父は、自分のタバコの火を消し忘れて家燃やしちまって、服役したのち出所。連絡はなし。まあその頃にはやっと父親嫌いになってた時だったし。特に探そうとも思わなかったな」
他人事のように言った鹿田は立ち上がり、「んん」と背伸びした。
「……………」
対して森尾の表情は自分事みたいに沈んでいる。
見下ろす鹿田は「なははっ」と笑い、森尾の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でた。
「お前もムカつくくらい、幸せだった時があったみたいだな」
「…今もその衝動が起きたりするの?」
足立が聞くと、鹿田は不思議そうな表情を浮かべる。
「それがよぉ、最近は不自然なほど落ち着いてて…。付き物が落ちたっつーの? もうちっと早く落ち着いててほしかったけどな」
「ちなみに暴走したのは、何かきっかけがあったわけでしょ? 赤い傷痕が開いて、初めてトコヨに行くことも、ペルソナを使うこともできるんだからさ」
「…ああ。うちの店の客が酔っぱらいながら…」
『明日、家族の為にマイホームを買うんだ。お前みたいな若造には一生かかっても手にいられないような、幸せなマイホームを…』
「殴ったの?」
「殴らねえよ。店長には世話になってたからな。店でケンカはなしだ」
本来は短気だが、律儀な一面があった。
しかし、はらわたは煮えくり返っていただろう。
店の裏の壁にダーツを投げて当たり散らしていたら、突然頭が激痛に襲われ、誰かに頭をつかまれたと話した。
森尾の時と同じだ。
「全部、どうでもよくなって…。全部、燃やしてやろうって思った…」
そして連続放火事件が幕を開けたのだ。
「あとは、知っての通り、お前とあの女弁護士が止めてくれた」
「改めて聞くと、懐かしく感じるよ」
足立は苦笑する。
あの事件があって、縁を切ったはずの夜戸と一緒に行動することになったのだから。
刑務官が運動時間の終了を告げる。
運動よりも話し合っている方が時間の流れを早く感じさせた。
「足立」
立ち上がった足立に、鹿田は真剣な面持ちで忠告する。
「俺はもう現実でしか行動できない人間だ。しかも捕まった身だしな。だから、気を付けろよ…―――」
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