18:That’s too bad
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12月13日木曜日、午後13時。
足立と森尾は、拘置所の運動場で、運動の時間を使って体を温めようとしていた。
「寒い…」
足立はすでに隅っこで縮こまり、座っていた。
ジャージだけでは心もとなく、屋上の風は冷たい。
「冬だからな」
森尾はタンクトップの姿だが、寒風が吹こうと平然と屈伸している。
「話には聞いてたけど、暖房設備は当てにならないね。凍死者でも出す気なのかな」
「口動かす元気があったら体動かせよ。お前、監禁生活でなまってんだろ」
「あそこも凄く寒かった…」
思い出すだけで身が寒さで震えた。
ジャージの襟を立てて首に寒風が当たらないようにする。
コタツが恋しい。
捜査本部も適温で過ごしやすいので早く時間が過ぎれと願った。
「ったく、だらしねーな」
呆れながら足立の腕を引っ張って無理やり走らせる。
足立は嫌々だった。
気が紛れて走りやすくするために、と森尾は話しかける。
「足立、夜戸さんと今付き合ってんのか?」
「なんでその話題をチョイスしたの」
「やかましい。ホットな話題だろーが」
「アツアツな話題じゃなくて悪いけど、付き合ってないよ。事実無根」
「言い訳すんな! チューしようとしただろが!」
「声が大きい」
運動場を走る2人の会話に、他の収容者達がざわついた。
足立は独居房に帰りたくなる。
「このヤロウ、俺が狙ってるの知って勝手にやってくれって態度だったのに、がっつり狙いにいきやがって」
「あれは、雰囲気というか」
「弄んだのか!?」
「声が大きい」
だんだん収容者達の距離が離れている気がする。
「同じベッドで寝たクセに!」
「ほんとうるさい」
「はっきりしてくれねーと、俺だって堂々と引けねーだろ! 夜戸さんすごくカワイイし! 雰囲気もやわらかくなってるし!」
確かに森尾の言う通り、最近の夜戸は、日々を楽しんでいるように見える。
『♪~』
この間は、夜戸が落合から借りた音楽プレーヤーを耳に、歌を口ずさんでいた。
しかもアイドルの曲だった。
意外な光景に、頼まれた落合も、それを見た足立達も露骨に驚いた。
『今度、なつめろ…?っていうのを空君が貸してくれるみたいで』
自身の学生時代の流行した曲を頼んだらしい。
今日あたり聞いているのではないか。
日中、『カバネ』を追いつつ、姉川と落合で出かけることもあった。
意識が森尾の声に戻される。
「わかってんのか!? 俺達が拘置所にいる限り、現実じゃ何もできねーんだ。日中の内に誰かに取られたって知らねーからなっ」
なぜ自分がムキになればならないのか、森尾は苛立った。
対して足立の反応は冷めている。
「…それでいいじゃない。僕のこの先は、極刑か、刑務所。釈放じゃないんだから。僕とそういう仲になったって、未来の彼女の為にはならない…」
それならば、普通の一般人と恋仲になって、普通の結婚をして、普通の家庭を築くのが、夜戸の為ではないか。
『足立先輩』
『足立さん』
あの微笑みを、他の男に向けるのが、想像できないけれど。
「……僕の裁判まで、あと3ヶ月半を切ったくらいか。戦い以外は、こうやってのんびりとぬるま湯に浸かってるのも悪くないね。僕、暑いのも寒いのも苦手だし。夜戸さんも…、ぬるま湯を楽しんでるよ」
ぬるま湯もいつかは冷める。
足立は目を伏せた。
ドンッ、と目の前の背中に鼻をぶつける。
森尾が立ち止まったからだ。
筋肉のついた背中は硬く、顔面が鈍痛に包まれる。
「どしたの?」と鼻を手のひらで軽く押さえながら森尾の顔を見ると、振り返った森尾は目に涙を溜めていた。
「足立…」
「えっ。なんで涙目!?」
「風が冷てぇんだよ!」
切なさに感極まった森尾は手の甲で涙を拭い、再び走り出す。
「じゃあ厚着しなよ…」
背後に追いつかれそうな勢いなので、足立はもう一度走った。
ドンッ、再び目の前に誰かがぶつかった。
「のあっ」
転びそうになるのを数歩よろめいて踏み止まる。
後ろの森尾も何事かと立ち止まった。
「なははっ。悪い悪い。呼び止めようとしたら、走ってくるから」
相手は悪気なさそうに笑っていた。
その笑い声には聞き覚えがある。
「お前か」
森尾とは顔見知りの様子だ。
相手に近づき、相手と肩を並べたまま足立に振り向いた。
「こいつ、お前が拉致…じゃなかった。ここに来ない間に、新しく入った奴だ」
「ご紹介どーも」
「鹿田、こいつが足立…」
足立は最後まで聞き終わらずに左へ曲がり、真っ直ぐに刑務官の元へと歩んだ。
「すみませーん。気分が悪いので戻らせてください」
「待て待て待て待て」
トコヨの世界に初めて訪れた時、トコヨに迷い込んだ夜戸を口封じしようと襲いかかっていた相手であり、一時期世間を騒がせていた連続放火犯―――鹿田正一朗は足立をつかまえ、無理やり引き戻した。
「報復されると思ったか? 別に今更何もしやしねーよ。火も使えなくなったしな。たまにてめーに拳銃で殴られた傷が痛むくらいだ。気にしてねーけど」
馴れ馴れしく肩を組んできて、含みを込めて囁いてくる。
(こいつ結構ねちっこい…)
足立は内心で舌を打った。
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