18:That’s too bad
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12月9日日曜日、午後14時。
姉川と落合は、トコヨエリアには含まれない、とあるビジネスホテルを訪れていた。
5階の513号室。
インターホンを鳴らしてからノックすると、夜戸影久が渋々といった風に2人を招き入れた。
ベッドの端に腰掛ける影久。
いつもの女装をしている落合は「おトイレ借りまーす」と影久の許可を待たずにトイレへ走った。
「ごめんなさい。ここにくるまで我慢してたみたいで」
姉川が代わって苦笑まじりに謝ると、影久は深いため息をついた。
「わざわざ来なくても、電話でいいだろう。連絡先は教えたはずだ」
「再び誘拐されて、話を合わせるように無理やり喋らされてるかもしれませんから。お元気そうで」
「……………」
「お怪我はどうです? ウチが傷口塞いだのはよかったですけど、貧血で入院してたでしょう?」
「触るな、触るな」
遠慮なく近づいて体に触ろうとしてきた姉川にぎょっとして、影久は手を払う。
「明菜はいないのか」
「夜戸さんなら、元気にしてますよ」
「誰も健康をうかがったわけではない」
的外れな答えに肩を落とす影久だったが、娘が来ていないことは言わなくてもわかっていた。
来ない理由も察しがついている。
「本当に過保護ですね」
責められていると感じた。
姉川を見上げると、瞳が静かにこちらを見下ろしている。
「…ああ。私は、娘のことばかりだ。昔も、今も…」
姉川は驚いた。
素直に言い返されるとは思っていなかったからだ。
水の流れる音が聞こえ、「お借りしました。ありがとうございます」と落合が戻ってきた。
驚かれないように便座もきっちり下ろしてきた。
「どうしてそこまで…」
姉川は気になって尋ねる。
途中から会話に参加した落合は、目を伏せる影久と、それを傍で見下ろす姉川を交互に見た。
「昔、息子を一人失っている」
「それは…、夜戸さんから聞いてます」
本当は久遠から聞いたことだった。
夜戸の口から直接聞いたことはない。
落合は、森尾から少し聞いたくらいだ。
(夜戸日々樹…。夜戸さんの…お兄さん…)
死因は、学校の屋上から飛び降りた事による自殺。
学校でいじめがあったのではないかと揉めたこともあるらしい。
逆に、親からの虐待があったのではないかと周りから疑われたこともある。
遺書も残さず死んだのが、身近な人間を一層混乱させた。
「異常なほど過保護という自覚もある。…しかし、2度も自分の子どもを失うのは怖い…。だから、娘の周囲には他人を近づかせたくなかった。親しげに見えて、私の見えないところで苦しめられているのではないかと。一度日々樹が何ヶ月か入院していた時もあり、今度は明菜にも起こった」
「入院?」
「ああ…。3ヶ月ほどの入院だったか…。退院後、私はますます明菜に対して過剰になった。その時は妻に去られ、どうすればいいかわからなかった。何をしてでも、日々樹のように…、死なれたくなかった……」
姉川の目には、影久の体が小さく見えた。
弱音を吐露する人間が、こんなにも、か弱く映る。
不器用に他人と距離を置こうとしているのは、口にはしないが、親子だと思った。
「足立…。明菜が高校生の頃…、この時期だったか…。あの男と娘を引き離したのも、私だ」
話を聞いていた姉川は、今度は驚かない。
影久は自身の行いが間違っていることを改めて実感し、右手で目を覆った。
ある人物の言葉を思い出す。
『彼女、恋人ができたんですね。今度こそ、彼みたいに、残念なことにならなければいいですね』
不安と恐怖を煽られ、真に受けてしまった。
「明菜には…、恨まれてもしょうがないことをしている。今も許してはくれないだろう。足立の存在は明菜から聞いておらず、本人以外から教えられた時には酷く動揺したものだ…」
先に引っ掛かりを感じたのは落合だった。
(教えられた?)
足立と夜戸のことを告げ口した第三者がいる。
母親だろうか、と考える。
「ところで…」と影久は姉川に尋ねた。
「今では、足立と明菜は…、恋人同士なんだろう?」
「「え?」」
「え?」
しばしの沈黙。
急に色のついた話になり、すぐには答えられなかった。
「やっぱりあの2人…付き合ってたの!?」
「聞いてない聞いてないっ。あの2人、同じベッドで寝る前から…? それとも……」
「待て。聞き捨てならん」
姉川は、「あ、やば」とこぼしたが、すでに立ち上がった影久は憤怒のオーラが漂っている。
『カバネ』もビビッて逃げるのではないか。
「いや、待って。隠れて付き合うとかないでしょ? あの2人。社内恋愛じゃないんだから、もっと堂々としててもいいくらいなのに」
慌てて落合がフォローを入れる。
「なんでそんなこと…」
影久は何を根拠にあんな発言をしたのか、姉川は両手を胸の前で小さく上げて落ち着かせた。
影久は、監禁されている時に足立との会話の流れでそう思ったことを話した。
「透兄さん、夜戸さんのこと普段は「明菜さん」て呼びませんよ」
「少なくとも、その時点で恋人じゃなかったはず」
黙って聞いていた影久の顔には青筋が浮かんでいる。
「やはりあの男と明菜は引き離すべきだ! 私をおちょくるなど…! 今から担当弁護を取り下げてもらう!」
「「まーまーまー」」
(素で親バカ)
(足立さんじゃなくても結婚させる気なさそう)
こじれて再び親子関係に亀裂が走りそうなので2人は不器用な男をなだめにかかる。
しばらくして、影久の怒りも静まってきたところで姉川と落合は頃合いを見て帰ろうとする。
「それじゃあ、ウチらはこれで。事件が落ち着くまでは、先程渡した地図の線引きしたエリアには入らないでください」
「……すまない…、姉川さん」
ぼそりとこぼれた言葉を、姉川はちゃんと受け止める。
何に対して謝ったかは聞かない。
許せるものと許せないものがあるから、「別に気にしてない」とも言わない。
「…娘さんのことは、安心してください。ウチらは絶対裏切りませんから」
優しい微笑みだ。
落合も「そのへんの他人と一緒にしないでね」とこちらも笑みを返す。
「夜戸さんのことは任せてください。妹の月子ちゃんのこともね」
そう言い残し、姉川と落合は部屋を出て行った。
影久は茫然と閉じられた扉を見つめる。
「…つきこ?」
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