18:That’s too bad
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
偶然再会した落合と羽浦は、ロータリーのベンチに腰掛けた。
羽浦は次のバスが来るのを待っている様子だ。
ベンチの右端に寄り、左端にいる落合とはもう一人真ん中に座れるスペース分を開けて座っている。
「食べなよ」
女の子らしい黄色のショルダーバッグから、コンビニの袋から取り出したサンドイッチを差し出される。
ハムとたまごサンドだ。
「いらない」
同時に、タイミング悪く、ぐう、とお腹が鳴る。
「お腹空いてるでしょ」
「……………」
横目で落合を睨み、警戒しながらサンドイッチを受け取った。
丁寧に切り取り線通りに開けて中身を取り出し、遠慮なく食べる。
サンドイッチに何か仕込まれていたら、という心配より、空腹が勝った。
飲み物が欲しい、と思ったら、これまた心でも読めるのか、落合がペットボトルのホットココアを差し出す。
微笑みが直視できないまま、羽浦は素直に受け取った。
手のひらにココアの温もりが伝わる。
(空腹って、プライドより強いのね…)
そんなことを考えながら、ココアを飲む。
ふわっ、とカカオの味が口の中で広がった。
隣に男がいるのに、ほっとしてしまう。
「このカッコしてると、たまにああいうのに出くわすんだ」
羽浦の白く温かな息が空気に溶けたのを見届け、落合は淡々と話し始める。
羽浦はサンドイッチを口にしながら耳を傾けた。
「さっき、バスで痴漢に遭って、羽浦さんを思い出した。だからといって、羽浦さんの気持ちが丸ごとわかるわけじゃない。ボクには反撃する力があったからいいけど、君はそうじゃないんだ…」
「……チカンに遭いたくないなら、そんなカッコしなきゃいいのに」
小指に付着した、たまごを口に含んで言う。
落合は首を傾げた。
「なんで? なんでチカンのために、好きなカッコをやめないといけないの? こっちがたとえ真っ裸でいようが、下心に従って手を出してきた奴が悪いに決まってる」
「……………」
羽浦はペットボトルを口に付けたままフリーズする。
「あ、ごめん。真っ裸は下品だったよね」
苦笑する落合。
照れた仕草は本当の女の子みたいだ。
「女の子がかわいくオシャレをするのは、悪くないよ」
ココアが喉を通る。
「……一人で電車に乗るのも?」
「悪くない」
「嫌な事されて叫ばなかったのも?」
「悪くない」
「痴漢って自慢になるの?」
「全然」
落合は質問のひとつひとつに首を横に振る。
ココアのおかげか、胸の内が温かくなるのを羽浦は感じた。
「君に酷い事した人たちは、裁かれてないの? しっかり裁かれてたら、君、こんなことしてないよね?」
その通りだ。
しかし原因は自分にもあった。
「…首謀者が懲役数年…。あとの奴らは罰金…。ういが…、ういがちゃんと証言できなかったのが…いけなかったの。夜戸さんからも、言われてたのに…。相手側の弁護士からは、恥ずかしい質問ばかりで、ずっと、下向いてて…、答えられなかった…。裁判のあと…、男の人を見るだけでも、気分が悪くなった…」
黙って聞いている落合は、裁いてほしいはずの犯人に言い渡された判決を思い出し、黒く熱いものが体内で渦巻く。
どうして純粋な者が苦しめられなければならないのか。
目に見えて悪いのは、あちらだというのに。
羽浦は手首の赤い傷痕に触れる。
「全部、ういが悪い気がして、死にたくもなった…。そんな時……」
赤い傷痕が開き、トコヨへやってきたのだ。
しばらく単独で活動をしたのち、声をかけてきたのはQだ。
メンバーの中に男がいるのは不本意だったが、『カバネ』の目的を知って協力することになった、と話した。
「『カバネ』の目的?」
集団となって現実を否定し、各々が現実に影響を及ぼすほどの犯罪を犯し、活動しやすくするためにトコヨのエリアを広げるのが目的ではなかったのか。
「世界を一度、終わらせる」
「!?」
想定した以上に大規模な目的だ。
「うい達『カバネ』が先頭に立って、世界を新しく始めるの」
「そんな…冗談みたいな……」
それでも羽浦が、冗談を言っている風には見えない。
落合の反応が滑稽なのか、羽浦は小さく笑った。
「冗談だと思うなら、黙って眺めてるといいよ。世界の終わり…。世界を始める時は、アンタがいるかわからないけど」
その時、不意にライトで顔を照らされ、落合は目を細める。
次のバスが来た。
羽浦は立ち上がる。
「…ごちそうさま」
まだ中身のあるココアを、小さな両手が包むように持っている。
「羽浦さん…」
「でも、新しい世界でも、アンタはいていい人間だと思う。男だけど、生きてたら仲間にも入れてあげる」
ベンチに座ったままの落合に、羽浦は肩越しに優しく笑いかけた。
それから「じゃあね」と背中を向けてバスに乗り込む。
落合は追いかけない。
一度目を伏せ、再び上げた時にはバスのドアが閉まった。
羽浦を乗せたバスはそのまま次のバス停へと向かっていく。
乗車口のドアのガラスから、羽浦はベンチから立ち上がる落合を眺めた。
『悪くない』
心配したフリをする同級生より、心を震わせる声だった。
「空…だっけ」
ガラスに映ったのは、口元を緩ませている自身の顔だ。
一度も呼んだことのない相手の名前をこぼし、顔が赤くなった。
手の中のココアは、まだ温かい。
「今更、学生らしく青春ごっこかぁ?」
「!!?」
背後の声にはっとすると、ガラスに映る自身の背後に、背の高い外套が立っているのを見た。
「Y…!」
振り返ると同時に、顔のすぐ横のガラスに手をつかれた。
「迎えに来たぜぇ、役立たず」
気味の悪い笑みに、身体が委縮してしまう。
手から滑り落ちたココアが、羽浦の足下に転がった。
.