17:This world…
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すう、と上へ上へ意識を引き上げられるように、夜戸は目を覚ました。
視界に入ったのは天井ではなく、足立の寝顔だ。
胡坐をかいてカウンターチェアに背をもたせ掛け、寝息を立てる足立。
瞼は閉じられ、口は半開きの無防備な状態だ。
夜戸は今、そんな足立の太腿を枕にして先程まで気持ち良く眠っていた。
(いつ…、こんな状態に…)
アルコールのせいで記憶が途切れ途切れだ。
床に寝転んだ覚えもない。
次第に頬が熱を持ち、どきどきと鼓動が早まった。
膝枕をする側も照れたものだが、逆も変わらない。
ツクモほど柔らかくないが、ほっとする温もりがある。
下から眺めたその寝顔を細部まで記憶に残るように目に焼き付け、名残惜しく思いながら身を起こす。
傍では泣きつかれて目の周りを少し腫らした森尾が床に大の字になっていびきをかき、落合はカウンターチェアに座ったまま突っ伏したまま寝息を立て、なぜかツクモはカーニバルの衣装を着たままカウンターの上で、腹を天井に向けたまま鼻提灯を膨らませ、姉川もカメラを抱いたままテーブル席のソファーで横になっていた。
他にも、空き缶が床に散らばっていた。
ここまでに至った経緯を知るのが恐ろしい。
(何もやらかしてないよね?)
酒なんて、今まではほとんど口にしたことがない。
20歳を超えて試しに飲んだくらいだ。
酔ったのは初めてだった。
(……「先輩」って普通に呼んでたところは、なんとなく覚えてるけど…)
眉間を押さえつけて思い出そうとするが、余計な事をしていないか不安になったのでやめた。
(起こすべきかな…。首とか…痛めないかな…)
間近で顔を見つめる。
唇に視線を落とし、触れられた頬がその柔らかさを思い出した。
10年前の文化祭の時も、未遂だったが、唇を重ねそうになったことも。
(雰囲気に呑まれたのか、からかってるだけなのか…。つかみどころがなくて、昔と同じように、あたしだけが翻弄されて…)
眠っている今なら、とそっと頬に口付けてみる。
数秒で離れた。
「…まだ酔ってるみたい…」
一度水でも飲もうと立ち上がり、振り返ると、カメラを構えた姉川と目が合った。
「………華ちゃん?」
「見たの?」「撮ったの?」と無言と無表情で首を傾げ、お好み焼きに使用していた1本の大きなヘラを手につかみ、姉川をぎょっとさせる。
「つ、つい悪癖が! すんません! 落ち着いてくださいっ!」
命の危険を察してもカメラは抱いて離さない姉川。
「……今何時?」
「午前4時半です。そろそろ足立さんと森尾君を起こさないと。空君もようやく家に帰してあげられる…」
「そう…だね。代わりだったし…」
ずっと足立の身代わりだったのだ。
家族も学校の友人も心配しているだろう。
「戻す前に、森尾君の体内のアルコールをすべて抜きます」
姉川はキリッとした顔つきになり、左手でミネラルウォーターの入ったペットボトルを握りしめ、右手は人差し指と中指を立てた。
今からその2本を何に使うのか察した夜戸は、自分の喉を守るように手を当てる。
「お手柔らかにしてあげて」
起きた後の森尾が気の毒になる。
「足立さんは飲んでた?」
「そこはしっかりわきまえてましたよ。飲むときは気持ち良く飲みたい、って」
「そっか」
「ちなみに夜戸さんは、チューハイを離さなかったり、足立さんのこと「先輩」って呼んだり、くっついたり、それから…」
「この話は終わろう」
ヘラの持ち方がナイフと同じ逆手だ。
姉川は両手を合わせて謝った。
その顔は笑っている。
「ウチも久しぶりに少し飲んだので。楽しくって」
「…刺されたのに、関わるの…怖くないの?」
「そんなこと言ってたら、今頃カメラなんて持ってませんし、こんな楽しい宴会もしてません。ウチは諦めませんよ。Y…二又に刺された借りも返してないし、すべての発端である、ウチらや『カバネ』に『赤い傷痕』をつけた犯人も見つけてません。ウチはこのメンバーで、追い詰めてやりたい。森尾君も、空君も、そう思ってます。そうじゃないと、また誰かが赤い傷痕を負わされて、別の誰かを傷つけるから」
姉川の面持ちに迷いは一切ない。
夜戸は、左前腕にある姉川の赤い傷痕を見つめながら頷いた。
「犯人…、捕まえないとね」
「あ、そうだ、夜戸さん。メガネ、修理してもらいましたよ」
「ありがとう」
はっと思い出して、姉川はカバンからメガネケースを取り出して夜戸に差し出した。
中には、レンズが直された夜戸のメガネが入ってある。
受け取ろうと手を伸ばす夜戸だったが、途中で思い留まった。
「夜戸さん?」
「……華ちゃん、悪いんだけど、預かっててくれない?」
「え? …どうしてですか?」
夜戸は、「んー…」と言葉を考えてから、答えた。
「なんとなく」
微笑む夜戸。
姉川には、寂しげに見えた。
「……わかりました」
理由は聞かず、差し出したメガネケースを引く。
「あたしは、先に帰るね。月子のことも気になるし」
「あ、そうですね。大丈夫らしいですよ」
「会えたの?」
夜戸は目を丸くするが、姉川は残念そうに首を横に振った。
「いいえ。夜戸さんが寝ている間にごはんとか届けに行こうとしたんですけど、玄関でマンションの管理人さんに会って…」
夜戸のマンションを訪れた姉川は、作業服を着て郵便受けの掃除をしていた管理人の男を思い出す。
『夜戸月子ちゃんなら、うちの妻とごはんを食べて友達の家に行ったよ』
優しそうな笑みでそう言われた。
「管理人さんと仲良かったんですね」
「…気に掛けてくれてるだけよ。あたしは弁護士の仕事で忙しいし、あの子はまだ小学生だから…」
「あーあ、会いたかったなぁ…。夜戸さんのお部屋も見れたのに」
姉川に、月子という妹がいることも、ケータイの写真で見せたこともあったが、会わせたことはなかった。
部屋に招き入れたこともない。
「あたしの部屋に来ても普通でつまんないよ。自室は本だらけだし…」
「いつかお招きしてくださいよ? またお好み焼きパーティーしましょう」
「…いつか、ね」
そう言って服や必要品が入った紙袋を手にし、手前のドアを開けた。
その先の景色に、姉川は、おや、と怪訝な顔になる。
「あれ? 家の近くじゃないんですか? 送っていきますよ」
「大丈夫。酔いもさましたいから、ゆっくり行くよ」
それじゃあ、と手を振って捜査本部を出て行った。
姉川も、「また明日…」と声をかけたが、ドアが閉められたあとだった。
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