17:This world…
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12月3日月曜日、午前11時。
足立は目を覚ました。
忘れかけていた、ふかふかのベッドの感触に戸惑いながら身を起こす。
「…ここどこ?」
窓もドアもない、中央に大きなベッドが置かれた寝室。
これほど単純な寝るためだけに用意された部屋はない。
胸に手を当てる。
ずっと刺さっていた矢はもうない。
最後に見た景色を思い出す。
確か、捜査本部に戻ってきて、ぷっつりと糸が切れたみたいに倒れたのだ。
体を見ると、半裸に包帯が巻かれ、傷の手当てが施されていた。ズボンははいたままだ。
「…誰の部屋だよ。出口どこ?」
裸足でフローリングの部屋を歩く。
壁は、明るさを控えたオレンジ色だ。
大声でも上げてやろうかと口を開いた時、壁の一角に貼り紙を発見した。
赤く太く「↓」と描かれている。
素直に下を見ると、床には、銀色の枠で囲われた取っ手がついていた。
腰を下ろし、取っ手をつかんであげてみると、下の階へ続く木製の階段があった。さらにその下には見覚えのあるカウンターが見える。
「ここ2階だったのか」
おそらく、ツクモが作ったのだろう。
階段を下りて、捜査本部に足をつける。
「おはようございます」
階段の音を聞いて、カウンターの内側から夜戸が声をかけた。
「足立さん、具合はどうですか?」
「いい…けど……」
前に出て来た夜戸の姿に、言葉がふわついた。
やわらかくて暖かそうな白のセーター、薄緑のスカート、ヒールのついた白の靴、メガネが外された整った顔立ち…。
遠い昔、まったく同じ外見の真夏に出会った少女を思い出す。
「その服どうしたの?」
黙って見ているのは不自然だと思い、瞬時に頭に浮かべたことを口にした。
「華ちゃんが買ってきてくれたみたいで…。もうあのスーツは着れませんから、代わりに」
囚われていた時、駆けつけてきた夜戸の服はボロボロだった。
破け、汚れ、血がついている。
あんな格好で街中を歩けば通報は必至だ。
「久しぶりの私服に、正直落ち着きません」
普段は仕事着。
帰れば寝間着。
私服なんて滅多に着ない。
ラフなものばかりで、童顔なので深夜のコンビニに出向いて職質されたことがある、と愚痴をこぼしていた。
「大人っぽくていいんじゃない?」
「大人ですから」
「あはは」
からかって言えばぴしゃりと言われ、足立は落ち着かない気持ちを覚えながらカウンターの席に着いた。
「夜戸さんも具合はいいの? 相当なケガだったのに」
「華ちゃんのペルソナで治療しましたから。まだ少し痛みますけど、不自由はありません」
服の下は、足立と同じく包帯が巻かれている。
「いい匂い…」
鼻をひくつかせた。
コンソメの匂いがする。
ぐう、と腹が鳴った。
夜戸はカウンターの内側に戻り、黒のエプロンをかけて料理を再開した。
「パスタとスープです。早いですけど、お昼ごはん食べましょう。1日以上寝てたみたいで。あたしもさっき起きたとこなんです」
「そんなに? どうりでおなか空いてるわけだよ」
「今、12月3日の11時18分ですよ」
「ホントに!? 僕、拉致されてる時も時間の感覚わからなくってさ」
腹時計では頼りにならなかったし、二又のせいで睡眠もロクにとっていなかった。
「そんなに日が経ってるなら、早く拘置所に戻らないと。世間の方は大騒ぎじゃない?」
「ああ、それなら…―――」
パスタを茹で、具材を切りながら夜戸は、足立がいない間に今までどうやってしのいできたかを説明した。
「落合君には世話になったねぇ。足向けて眠れないや」
「2度と訪れないことだから今のうちに貴重な経験をしておくよ、だそうです」
「言い切るねぇ。分けてほしいくらいポジティブ」
将来何が起こるかわからないのに、羨ましいくらい前向きな自信だ。
一度過ちを犯しかけたことがあるからだろう。
「おまたせしました」
スープカップに入れられた、細切りの玉ねぎとニンジンとキノコが浮かぶコンソメスープ。
皿に盛られた、粉チーズが振りかけられ、キャベツとベーコンが入ったパスタ。
フォークとスプーンが用意される。
「まともなもの食べてなかったから助かるよ~。食後にコーヒーもおねがいしていい?」
「いいですけど…、胃に優しくないのでは?」
「久々に、夜戸さんのコーヒーが飲みたいんだよ」
「…わかりました」
仄かに頬を染めて小さく微笑み、足立の隣の席に移動して早めのランチを食べる。
「夜戸さんは喫茶店のマスターを目指してもよかったんじゃない」
「考えたこともなかったです」
「このパスタ美味しいねー」
「前から作ってみたかったんです。初めて作りましたけど、口に合ってよかった」
「キャベツ入りパスタは僕も初めて食べたな」
「キャベツ、余ってましたから」
「キャベツと言えば、ツクモちゃんもいないね」
「華ちゃんといっしょに探索に行きました。あ、足立さん、ソースが口に」
「食べ終わってから拭くよ」
「拭きますから。動かないでくださいね、もう…」
頬に飛んだソースを、ポケットティッシュで拭いてあげた。
足立はおかしくて小さく笑う。
母親からもこんな気に掛けてくれたことなどないのに。
「どうしたんですか」
「くすぐったくてさ」
なんでもない会話をしながら美味しいごはんを食べる…。
幸せそうな家庭が送る、穏やかなひと時を過ごしているようで。
「そうだ、夜戸さん。さっき起きたばかりって言ってたけど、どこで寝てたの? 2階はベッド1つだったし」
不意打ちの質問に、夜戸が固まった。
「……夜戸さん?」
「その……」
足立が下りてくるまでに鎮まっていた熱が、再び上昇する。
「……まさか」
答えづらそうな夜戸の様子に、足立は勘ぐった。
2階のベッドは、大人が2人横になっても十分なくらいの大きさだった。
「同じベッドじゃないよね?」
「同じ……ベッドです……」
夜戸の頭から湯気がたつ。
フォークを落としかけた。
(マジか……)
ちょっと悔しかった。
寝顔をバッチリ見られただろう。
夜戸は手をあげる。
「あ、大丈夫です。何もされてません。あたしもしてません」
「何かしてたらヤバいって! 許可したの、誰?」
「ツクモが、「部屋とベッドのチョイスを間違えたさ~」って言ってました」
「あのキャベツのぬいぐるみ…。姉川さんたちも止めてよ…。僕はソファーでもよかったのに…」
「あ、そうそう。足立さんが起きたら、2人でこれ読んでねって華ちゃんに渡されたんです」
思い出して、夜戸は四つ折りにされたメモ用紙を取り出した。
“夕食の為に、2人でおつかいお願いします”
「……おつかい?」
どこに、と足立は首を傾げた。
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