00-8:It's funny
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『私達の故郷では、一部の者しか知らない伝説があってね』
日々樹兄さんの部屋で、父に隠れてこっそりと缶ビールを飲んでいた昌輝叔父さんは、ベッドに腰掛け、膝にのせた幼いあたしに向かって話し始めた。
勉強机に着いていた兄は、ノートに走らせていた鉛筆を止めてくるりと椅子をまわして呆れた口調で言う。
『おじさん、またその話? 小さい明菜にはまだ早いよ。ちょっとお酒が入るとすぐこれなんだからさ』
『明菜は頭がいいからわかるよな~?』
その頃の会話を本当に理解できていたのかあたし自身もわからなかったが、頷いた記憶はある。
叔父の間の抜けた笑みが見られるのも、酒を飲んでいる時だけだ。
母の弟だけあって目元は母に似ていて、絡みやすそうなクセの強い髪、太くて整った眉、肌の色は少し焼けていた。
細いけどある程度の筋肉はついているのは服の上から触ればわかる。
『むかしむかし、ある土地が、貧困と争いの絶えない生活を強いられていた。そこで、ある一族が、村の為に神と契約をしたんだ…』
ほろ酔いでも叔父の口調は、アルコールを感じさせないほど、ゆっくりはっきりとしている。
『人間の醜い欲望を断ち切るための神剣を、試練として与えられた。一族の中で若い巫子(みこ)が選ばれ、巫子は力をもって人々の醜い欲望を切り離し、集め、浄化した』
『みにくいよくぼー?』
『嫉妬、復讐、支配欲、攻撃欲、金銭欲…』
まだあるようだったが、兄がストップをかけた。
『だからさぁ、難しい漢字が多すぎるって』
『争いを失くすために、巫子から巫子へと受け継がれてきた。誰にも気づかれることなく。誰かに感謝をされることなく…。…なのに、欲望はなくならない。追いつかなかったんだ。最初に祓った人間から、新たな欲望が生まれた。完全に欲望を取り除いてしまえば、生きる気力ごと失ってしまうからだ。やがて、果てしない試練に、一族は挫折した。そして、その頃、土地で身勝手に始まった争いは、身勝手に終息していた』
始まりも結末も、叔父の口から何度となく聞かされていた。
兄は「一気に浄化できればよかったのに」と呟く。
『一族は神剣を隠し、今までやってきたことを忘れるように普通の人間の暮らしに戻ったよ。一族から犠牲もたくさん出たのに、こちらも身勝手な話だ』
「皮肉だね。学んだのは、人の愚かさだ」と呟いてから、最後の一口をぐいっと喉に流し込んだ。
彼らは大事な神剣をどこへ隠したのか、その時のあたしは聞いて、叔父は苦笑して肩を竦めた。
『さあ…。でも、使用できるのは、その一族だけだから。見つかっても意味はない』
『あくまで伝説だからさ。そう難しい顔するなよ、明菜』
『日々樹ー、民俗学者に対して冷たくないか。傷つくぞ。べんきょー教えてやらないからな』
『はいはい。おじさん、ビールは僕が処分しておくからさ、そろそろ寝なよ。自慢の頭脳がアルコールで溶けたら大変だ。明菜も寝かさないといけないからさ』
『おやすみ、明菜』
「は…」
昔の夢を見た。
勉強机に着き、ぬいぐるみに顔を埋めたまま眠ってしまったようだ。
これが、ふて寝か。
先輩に暴言を吐いてから、日課のはずの勉強に使用したい集中力がモヤモヤで失われ、少し休憩するはずが、そのままぬいぐるみをまくらに寝落ちだ。
「おじさん、元気にしてるかな…」
夢の中で「おやすみ」と言われるのは妙な感覚だ。
叔父から貰ったぬいぐるみに尋ねる。
つぶらな瞳が「さあ」と言っているように見えた。
.