00-8:It's funny
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階段を駆け下り、足立先輩が踊り場に下りたと同時にあたしは飛び降りた。
目の端に映ったのか、こちらを見上げてびっくりした表情の先輩は、足を止める。
「先輩!」
「うわ!」
先輩のすぐ手前に着地し、右からも左からも逃げられないように両腕を伸ばし、先輩を中心に壁に手をつく。
足が止まったことで、2人して、ようやくと言いたげに息を弾ませた。
「……はぁ、はぁ、…なにコレ」
「はぁ…、はぁ…、追い詰め…ましたよ」
この状態を「壁ドン」と言われるのは、もう少し未来の話だ。
「どうして逃げるんですか」
追い詰めたら次は問い詰めだ。
「君が追いかけてきたから」
出た、屁理屈。
「先に走って逃げたのは先輩です」
「君が走ってきたから僕も走ったんだよ」
弁護士になったら、もっと屁理屈をこねる相手が出てくるだろう。
先輩は練習相手になる。
「…じゃあ、どうして…図書室に入ってこなかったんですか?」
「あのさぁ…、どうみても告白されてる状況に、近づけるわけないだろ。…返事は? OKしたの?」
「断りました」
「あ、そ。…前もどっかの誰かに告白されてなかった?」
「見てたんですか?」
「見えたんだよ。廊下から中庭が」
人聞きの悪い言い方に、先輩は眉を寄せた。
「……………」
「文化祭の時も思ったけど、夜戸さんってモテるだろ? 嫌味な意味じゃなくて」
ここで「そんなことないです」と言うのは間違いなのは理解している。
それこそ嫌味になってしまうから。
「…あたし、告白された時に、どうして好きなのか聞くんですけど、大体が見た目を意識しているみたいで…」
「人間の印象って、大半が見た目だから。当たり前だよ」
「……………自分で言うのも変ですけど、人より無愛想ですよ、あたし」
「無害な無愛想って感じ。聡明な君は、冷たすぎない態度で相手の出方を窺ってから、当たり障りのない答えを返す。害を受けたくないから。でも、顔がもうちょっと地味だったり、きつければよかったのに。バランスのせいで理想が完成してないんだ。どちらかと言うと、人を引き寄せる方じゃない?」
相手に言われて初めて気付いた。
自分の顔のバランスなんて意識したことはこれっぽっちもなかったことだ。
傍からの視点と意見は重要だ。
「中身はともかく外見。大体は、自分の隣に並ぶ彼女が美人だったら、誇らしく思うよ。「見ろ、俺の女はかわいいだろ。いいだろ。羨ましいだろ」ってさ。これは僕の偏見だけど、女もそうだと思ってる」
先輩って他の人に興味がないように見えて、ちゃんと観察している。
そもそも興味がなかったら、見下したりしないか。
「…外見を変えればいいんですか」
そうは言われても、化粧をしているわけでも服装を乱しているわけでもないのに、どう変えればいいのか。
「嫌なら、とことん嫌な奴になって嫌われたら?」
「害まみれになるじゃないですか。人間って嫌いな相手に対しても執拗以上に絡む時だってあるんですから。しかも鬱陶しいくらいに遠回しに」
黒色の学生生活を送る気はない。
「わかってるよ。これはジョーク」
いやいや、面白半分で言われても。
「ブサイクな顔するとか」
「ふん」
やってみた。
「…梅干しでも…食べたの…?」
声を震わせながら言われた。
「スケ番みたいなカッコするとか」
「父が鬼と化します。服装をいじるのは却下」
「じゃあ…、似合わないメガネでもかけるとか」
メガネ…。
先輩のメガネをじっと見つめる。
大きなレンズに挟まれた鼻あてが2本ある、見慣れないメガネ。
「……それかさ、いっそ、めんどくさそうじゃなさそうな奴と付き合ってみれば?」
「……え」
先輩が口にした提案に、頭の中が真っ白になった。
「誰かの彼女、ってわかったら、他の男子も諦めるだろ? 告白してきた奴らの中から選んでさ。さっきの奴でもいいんじゃない? スポーツもできそうだし、頭もよさそうだし、顔もよさそうだし…。レベルが高いほど、諦めがつきやすく……」
あたしは、先輩の逃げ道を奪っていた両腕を下ろした。
力が抜けて、勝手に下りた。
「バカです」
「…ん?」
誰に向かって言われた事か、わかってないらしい。
だからあたしははっきりと言った。
「足立先輩は、バカです」
先輩はぽかんとしている。
あたしは踵を返して階段をのぼり、教室へと歩いた。
初めて、人に向かって「バカ」と言ってしまった。
しかも先輩に。
解き方が理解できない難しい問題にぶつかった時と同じ気持ちになる。
バカをやったのは、あたしの方だ。
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