00-8:It's funny
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11月5日月曜日。
「先輩!」
あたしは、足立先輩を追いかけている。
今、まさに、走って。
体育以外で走るなんてめったにない。
しかもこんな猛ダッシュは体育でもなかなか出さない。
先輩は勉強道具を脇に抱え、あたしに追いつかれてたまるかと腕を振って廊下を走っている。
途中の廊下の曲がり角で男性教師を発見。
名前や担当教科は知らないけれど、学校の正門前で風紀委員と一緒に登校中の生徒をチェックしている教師だ。
反射神経で何事もない風に装い、廊下を歩く。
面倒事が嫌いな先輩も同じように歩いた。
教師とすれ違い、目の端にも映らないだろう位置についた途端に再びダッシュ。
先に先輩が走り出すから距離がなかなか縮まない。
なぜ、こんな小学生みたいな追いかけっこをしているか。
文化祭が終わってから、足立先輩はどこかよそよそしかった。
原因はなんとなく頭には浮かんでいる。
浮かんではいるのだけれど、その時の状況を詳しく思い出そうとするだけで、頭が熱くなって、モヤがかかる。
文化祭が終わった夜は、入浴時間も長引き、うまく寝付くことができなかった。
熱を測ってみれば、問題のない平熱。
休日も明けた登校日は変に緊張した。
図書室で先輩を待っている時もだ。
来るか心配してたけど、先輩は変わらない様子で現れ、いつもの席に着いた。
あたしは先輩から見て斜めの席に座る。
会話は少なかった。
次の日も、次の日も…。
数日してから、はたと気付いた事がある。
もしかして、先輩ではなく、あたしがよそよそしいのではないか。
朝の登校途中、自覚した途端に頭上から雷を食らったような衝撃を受けた。
今日こそ、足立先輩と堂々と話さなければ。
頭の中でシュミレーションしながら学校の正門を通過する。
本番となる昼休みを迎え、あたしは急ぎ足で図書室へと向かった。
最初に入口から中を覗く。
先輩はまだ来ていない。
勉強道具も置かれていなかった。
先輩、教えてほしいところがあります。
先輩の向かい側の席に座って、こう言おう。
「わかんないの?」って馬鹿にされるかもしれないけど今はそれでもいい。
いつも通りに戻りたい。
回り込んだ気持ちで席に座る。
もしもの為に、別の席に移動されてしまった時のことを考えておこう。
……そうなった時の言葉が思いつかなかった。
あくまで仮定なのに、体の中がすーっと冷えていく感覚を覚えた。
室温の問題でないことは確かだ。
「夜戸さん」
声をかけられて振り返ると、同級生の男子生徒が真剣な顔であたしを見ていた。
「ちょっと、話があるんだけど。いい?」
断ろうか迷った。
でも、忙しくしてるわけでないのは一目瞭然なので、「少しなら」と答えて席を立つ。
せめて勉強しているフリをすればよかった。
客観的に見て、先程までのあたしはただただ茫然と向かい側の席を穴が空くほど見つめているだけだっただろう。
男子生徒は落ち着かない。
もじもじとしている。
あたしは、なんとなく苗字と顔は覚えていた。
「す、好きです。オレと付き合ってくださいっ」
ああ、まただ。
妙なデジャヴを感じた。
さっきまで雑談していた生徒達がこちらに注目する。
「すき…って言われても…。あたしのどこが?」
「ずっと前から気になってた。頭も良くて、かわいいなって。文化祭で店員用の服着たのを見たら、もっと好きになって…。あと、本。オレも本が好きだから、話も合うかなって思った」
本…。
あ、春の自己紹介の時に、「読書」って答えたのを、真に受けてしまったのだろうか。
あと、図書室通いだから、無類の本好きって勘違いさせたかも。
薄情かもしれないけど、うんざりだと思った。
(大体は見た目が理由だ。自分にかわいげがあるなんて思ったこと一切ないのに。褒められてもピンとこない。それに、頭が良いって、いいことなの? 本が好きって、六法全書を読んだことある?)
息を大きく吸い込み、体内の空気をまるごと入れ替える。
日々樹兄さんもよくやってた。
モヤモヤする気持ちを鎮めてくれるって。
平穏にいこう。
「ごめんなさい。今、誰とも付き合う気はないの」
友達から始める気もない。
「す…、好きな人がいる…とか?」
噂を広めるつもりはない。
冷静に返す。
「現れるといいけどね、そんな人。あたしには全然わからないから」
本当に、わからないから。
男子生徒は肩を落とす。
しつこく言ってくることがなくて安心した。
「付き合ってください」と言われたのは、これで何度目だろうか。
誰とも付き合わない、とみんなに言っているのに。
「あ」
小さな声がこぼれた。
足立先輩が、図書室の入口に立ったままこちらを見ていた。
目が合う。
すると、踵を返して行ってしまった。
「え、どこに…」
「夜戸さん?」
あたしの異変に気付いた男子生徒に声をかけられたが、あたしは「ごめん、急ぎができた」と早口で言って先輩を追いかけた。
どちらにしろ、話は終わっている。
今、あたしは先輩と話がしたい。
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