16:I want to touch you
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一度現実に戻ってきた二又と久遠は、人気のない路地裏に身を潜めていた。
遠くで車の走る音がいくつか聞こえる。
「お前もバカだなぁ。武器は自分の意思で消せるだろが。テンパったな」
久遠を下ろし、休ませる。
「ふふ…っ」
敗北したはずの久遠は、何がおかしいのか笑っていた。
「おい、脳ミソ落っことしてねーだろうな? …!」
心配になって見下ろすと、久遠の手にはボタン式のスイッチが握られていた。
見覚えがある。
小栗原の自作の爆弾のスイッチだ。
もう用は済んだと言いたげに久遠は満足げにスイッチを地面に放る。
「Q…! 押しちまったのかぁ!? そいつは単純にアジトを処分するためのもんだろうが! 皆殺すためじゃねェ!」
予定にはなかった。
二又はつかみかかりそうになった手を抑える。
「バカ言わないで…。絶好のタイミングじゃないの。足立透と夜戸明菜、どちらが死んでも、両方死んでも、私達にとっては最高の結果よ」
壊れたように笑う久遠に、二又は舌を打って冷たい視線を送った。
「バチ当たりが。仮にも教会だぞ。オレの手で壊してやるつもりだったのに」
(てめーの物差しで測りやがって。ただ単に夜戸明菜がヘドが出るほど気に食わねえから殺したいだけだろうが…。やっと元に戻したってのに…)
足下の近くにあった空き缶を軽く蹴飛ばす。
壁に当たり、路地裏の角まで転がっていった。
「あーあ」と真っ暗な空を見上げる。
(死んじまったらつまんなくなるなぁ…。大人しく、世界の終わりを待つだけなんてよぉ…)
お先にこの世の終わりを味わった気持ちになった。
その頃、牢屋の一角が突然爆発し、足立は爆風で壁に背をぶつけてうなだれていた。
「ゲホッ、ゲホッ…。厄日続き…。いい加減にしてよ、ホント…。現実の檻の中の方が、安全で全然マシ」
場違いの間の抜けた声を漏らし、だんだん拡大していく炎と黒煙を他人事のように眺めた。
「うわ、これヤバいかも…」
この状況こそ夢であってほしいと願うが、息苦しく、そして熱い。
足立の牢屋と影久が入っていた牢屋を間に、奥にある天井から起こった爆発だ。
レンズの欠片や細かい部品が床に飛び散っている。
監視カメラが爆破されたのだろうと察した。
小規模とはいえ、カメラ単体を爆破させるだけのものではなかった。
天井は抉れ、飛び火が移っている。
影久の牢屋の中にある家具にも移り、さらに炎上した。
もはや小火どころの騒ぎではない。
向かい側の牢屋が眩しく燃え盛っている。
影久を逃がしておいてよかった。
「く…っ」
さすがに大人しく焼死するわけにはいかない。
両手首の拘束具を外そうと引っ張ってみるが、天井に繋がる鎖はジャラジャラとうるさく鳴るだけで自力で千切ることはできなかった。
(火事場の馬鹿力さえ発揮できないとは…。前に森尾君が半ば本気で言ってたみたいに、涙とかで錆びさせとけばよかったかな)
どちらにしろ不可能だとわかってはいた。
懐かしささえ感じる馬鹿らしい会話に、小さく噴き出す。
「笑ってる場合じゃないのに…」
(償いきれてないけど…、一足早く…火炙りに……)
彼女はどんな顔をするだろうか、と思った時だった。
頑丈な鉄格子のドアが弾け飛んだ。
「足立さん!!!」
燃え盛る音に負けない、大きくて通りのいい声だった。
手錠の鎖が断ち切られ、解放される。
久しぶりの自由についていけず、床に倒れそうになったところを柔らかな感触に受け止められた。
「やっと…、見つけた……」
「夜戸さん…」
懐かしい、人肌だ。
温かいのに、小刻みに震えている。
頭部を受け止めた胸からは、ドクンドクンと忙しなく脈打つ心音が聞こえた。
「これも夢かな…」
「バカ言わないでください…」
「あはは、君に「バカ」って言われちゃった」
夢なら、言わないだろう。
「君って着やせする方?」
「え?」
「思った以上の弾力だから」
「……………」
怒って突き飛ばされるかと思っていたが、夜戸は無反応だ。
代わりに夜戸の体温がゆっくりと上昇する。
「……足立さん、体…冷たい…」
「ずっと冷えたとこにいたからね。今、ちょっと熱いけど」
「遅くなりました」
「ほんと…、待ったよ。待たされたよ」
「……あの」
「ん?」
「触って…いいですか?」
「もう触ってる」
「もっと…」
夜戸の声は、震えていた。
「もっと……触りたい…。触りたいです…。……あなたに…触りたい…、先輩…ッ」
足立の片腕が夜戸の細い腰にまわされる。
抑えきれない気持ちのままに、夜戸も足立の背中に両腕を回して抱きしめた。
強く、2度と手放さないように。
「もっと触って」とわがまままで言いそうになったが、こちらはゴクリと音を立てて呑み込んだ。
再び突き放されるのが、怖いから。
再び忘れてしまうのが、恐ろしいから。
夜戸と足立は、お互いの肩を貸し合い、地下から1階へと上がり、できるだけ急ぎ足で火の手から逃げていた。
「夜戸さんが来てくれなかったら、今頃僕は火だるまだったよ」
地下は今頃、逃げ場もない火の海だろう。
「抱き合って再会を喜んでる場合じゃなかったね」
足立はいたずらっぽく笑った。
「も…、モウシワケアリマセンデシタ…」
冷静になろうとする夜戸だったが、先程の行為を思い出しただけで、たどたどしい言い方になってしまった。
まともな喋り方ができないのを、咳のせいにして誤魔化す。
「ここも時期に火の海だ。早く脱出しないと…。本当にあいつら出て行った?」
脱出したところで待ち伏せされていてはたまったものではない。二又達との一戦と、父親を取り戻したことを話した夜戸は不安げに頷く。
「彼らも、一度撤退したように見えました…」
すぐに戻ってくることはないだろう、と思うが、可能性はゼロではない。
もしまた攻撃を仕掛けてくれば、命懸けで足立を守る覚悟だ。
出入口のドアが見えてきた。
しかし、このペースではまだ遠く感じる。
「……………」
ふと、視界が歪む。
道はあるものの、身近な壁や床のところどころが燃えているにも関わらず、肌寒さを感じた。
それに、右腕の感覚が鈍くなってきた。
「夜戸さん?」
違和感に、足立も気付いた。
「止まら…ないでください…」
足立を運ぼうと重い足を動かす。
ただ事ではない様子に、足立はぐっと踏み止まった。
夜戸の両肩をつかめば、夜戸は痛みを我慢して唇を噛み締める。
「見せて」
「嫌です。そんな場合じゃない。少しケガを負ったくらいで…」
首を横に振って拒否するが、足立の手が夜戸のジャケットを強引に引っ張る。
「ッ!」
久遠の鉤爪で貫かれた右肩の傷口から、大量の血がシャツに染み込んでいた。
振り返れば、廊下には跡をつけるように赤く細い道が出来上がっている。
「少しどころじゃないだろ…。このケガで僕を探しに戻ってきたの? 君さ、バカじゃないの!?」
「ええ、バカでいいですよ。あなたをずっと待たせてた、大バカよりか断然マシですから!」
「…開き直って言うなよ」
軽く睨まれながら言われ、足立は呆れて頭を掻く。
ケガを見ると、夜戸なりにハンカチで患部を縛って止血を施したあとがある。
あくまで急いだ応急処置のため、ハンカチの元の色がわからないほど赤色に染まっていた。
(僕なんかのためにさ…)
「メガネまで割れてるし…」
割れたレンズを目にし、指先でフレームをつつかれる。
「視界に支障はありません」
「ヒビのせいで見にくくない?」
「……ないです。……ちょっと、足立さん…?」
メガネの鼻あて部分を人差し指で下から引っかけられ、額まで上げられる。
その際に、一瞬目をつぶり、再び開いた時には、足立の顔がすぐ目の前まで迫っていた。
「待って…」
言葉が思わず出る。
構わず、塞がれようとしていた。
その時、
バーン!
ドアが勢いよく開けられる。
「助けに来たz」
バーン!
ドアの先の光景を見るなり、再び勢いよく閉められた。
「「森尾君?」」
数秒の出来事に、足立と夜戸は困惑する。
ドアから視線を戻して再び見つめ合う2人。
足立の唇は、名残惜しそうに頬だけ触れて去っていく。
森尾は再び閉めたドアの向こうで、影久を治療中の姉川と相談していた。
「だからすぐに開けるなって言ったのに!」
「お前も中がどうなったのか教えろよ! 今、絶対何か邪魔したぞ、俺!!」
クラオカミのイルカで屋内の状況をサーチした姉川は、到着して早々助けに行こうとした森尾を抑えようとしたが、「足立と夜戸さんがすぐそこにいるなら助けにいかねえと!」と中の2人の雰囲気に構わず突入した。
「娘がどうした!?」
「お父さんは知らない方がいい。足立さんを殺しかねない」
顔を真っ赤にしながら姉川は治療の続きに入る。
同じく赤面している森尾はおそるおそる開けて確認した。
「終わった?」
「早くきて」
足立は夜戸のメガネの位置を戻し、森尾を手招きする。
夜戸は頬に手を添えて硬直していた。
森尾と目を合わさないようにしている。
「夜戸さんの方が重傷だから、先に背負って運んであげて」
指をさされる夜戸は黙っていなかった。
仕返すように足立を指さす。
「あだ…、足立さんの方が何日も閉じ込められてるから衰弱してるし、足立さんから先に連れて行って」
足立は心外そうな顔をする。
「女性は最初って決まってんの。レディーファースト」
含みのある言い方に、夜戸は内心ムッとした。
「お気遣いけっこうです。大体、昔から女性に優しくなかったじゃないですか。ラブレターの件、覚えてますからね」
「いつの話してんのさ」
「いいから、救出対象は本来足立さんなんですから、先に助かってくださいよ」
「無傷で遂行してないのにどうして偉そうに言えるの。僕よりフラフラだし」
「人の頬をつつかないでください」
「君って昔からガンコなとこあったね、生意気な後輩だった」
「先輩だって屁理屈ばっか並べて十分生意気でした」
「いいや、君の方が」
「いいえ! 先輩の方が…」
火の海がすぐそこまで近づいているというのに、足立と夜戸は危機感を感じることもなく譲り合いと押し付け合いを始めた。
「やっっかましいっっっ!!!」
そんな2人に、ついに森尾がキレた。
「「!?」」
「こんな状況でケンカって、バカか!? バカっすか!? さっきまでのラブシーンはどうした!?」
((森尾君に「バカ」って言われた…))
小さなショックを覚えた。
「ケンカしなくても両方連れてくに決まってんだろ!!」
森尾は足立を右肩に担ぎ、小柄な夜戸を左脇に抱えた。
「フリーターの時、過酷な力仕事で散々鍛えたんだ! ナメんじゃねェ!!」
歯を食いしばり、ヤケクソに走り出す。
これぞまさしく火事場の馬鹿力。
結果、無事に脱出し、ある程度治療を終えた影久を現実に戻し、その際に足立のペルソナを封じていた矢をようやく取り除き、一行は捜査本部に戻ってきた。
「明菜姉さん! 透兄さん!」
「うわあああ」
ツクモは泣きながら、森尾と姉川に連れられた2人に飛びついた。
「うう…っ、アダッチー、少しにおうさ」
「ひどい。じゃあ頭に飛びつかないでよ」
「いやさいやさっ。う~っ。明菜ちゃんも無事でよかった…っ」
「みんなも……」
夜戸は、面々を見回し、ふう、と安堵の吐息をついた。
「みんなも、無事で…よかった…」
(結局ひとりじゃ…、ムリだった…)
ひとりでは、姉川を守ることもできなかったし、足立を無事に救出することもできなかった。
でも、悔しいなんて思いは生まれない。
(なんだろう…、これは……)
胸に手を当てる。
温かいものが入っている気がしたが、名前はわからない。
「2人とも、よく見たらクマすごいさっ」
足立と夜戸は目を合わせる。
目の下のクマにようやく気付いた。
「あー…」と足立。
「ほんとですね…」と夜戸。
離れ離れになってから、まともに眠れていなかった。
自覚してから、足立は「それじゃあ」と言って、「休みますか…」と夜戸が続けた。
同時に、スイッチがオフになった足立と夜戸は同時にその場に倒れた。
「おいおいおい!」と森尾。
「今!? ここで寝ちゃダメだって!」と姉川。
「ちゃんとベッドで寝なよ!」と落合。
「ベッド! ベッド用意するさ!」とツクモ。
長い長い夜が、一旦終わった。
.To be continued