16:I want to touch you
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森尾の新しいペルソナ―――『イワツヅノオ』
頭には黄色のボタンがいくつも散りばめられたナポレオンのような大きなコックドハットを被り、筋骨隆々の胴体には星のバッジがいくつも付けられた黒の軍コートを着、真っ赤なマントを肩にかけ、グレーの肌と鋭い眼光を放つ瞳、鎌形の口ひげ、口元は立たされた襟で隠れている。
下半身は、膝から下が義足のような頑丈な機械型の両脚を持っていた。
赤の手袋が装着された手には、イハサクの時より巨大な黄金の戦槌が握りしめられている。
「新しいペルソナ!?」
姉川は驚いて目を見開いた。
分析してみれば、明らかに実力はイハサクを上回っている。
軍服を着ているため、兵士から将軍へと昇格したように見えた。
イワツヅノオの周りに冷気が漂う。
シャドウが一斉に上空から襲いかかってきた。
イワツヅノオが戦槌を大きく振り上げれば、風圧で目の前の毒ガスが割れるように霧散し、シャドウのほとんどが吹き飛ぶ。
切り開かれたその先に現れたのは、オクヤマツミだ。
先手を打って回転し、毒ガスをまき散らしつつ攻撃を弾こうとしている。
イワツヅノオは戦槌を足下に叩きつけた。
すると、青白い光がそこからオクヤマツミへと稲妻のように走り、コマのような脚を一気に床ごと氷結させた。
オクヤマツミは回転が止まって動きが鈍くなり、両手の噴射口も氷で塞がれ、ゆっくりと氷漬けになっていく。
森尾はもう一度立ち上がり、バールを振るった。
「いけェェェェ!!!」
使い手と同じ動きをするイワツヅノオ。
両手で戦槌を握りしめ、一思いにオクヤマツミの頭上に振り下ろした。
パァン!!
氷漬けのオクヤマツミが粉々に砕け散る。
衝撃で毒ガスが霧散した。
「ゲホッゲホッ!」
咳き込みながら森尾は無色の空気を吸い込む。
勝利をつかんだイワツヅノオは戦槌を肩にかけ、威厳の姿勢で還った。
「ぼくが…」
「!!」
オクヤマツミがやられたことで全身を襲う痛みにフラつきながら、小栗原は柵の向こう側へ行こうとした。
「ぼくが…、先に、落ちれば…よかったんだ……」
ブツブツと呟きながら、柵をよじのぼる。
それを見つけた森尾は、小栗原が着ているパーカーのフードの部分にバールを引っかけて柵から引き剥がし、屋上に叩きつけた。
「アホやってんじゃねェ!!」
ガスマスクが消える。
死に至らしめるほどの毒ガスをまき散らしていたとは思えない、幼さが残る顔立ちの少年だ。
「だって…、ぼくが先に落ちてれば…、アイツは…」
飛び降りなくて済んだはずだ。
自分と関わったせいで。
沸々と込み上げた罪悪感に追い詰められた表情だ。
「本当の悪は…、ぼくだったんだ」
「やかましい!!」
森尾は厳しく一喝する。
「てめーのことよく知りもしないで、俺はてめーが悪なのか肯定も否定もしてやれねーよ。他人だからな。それよりもてめーは他人を救ってる場合でも、死んでる場合でもないだろ。さっきの質問!」
見下ろし、人差し指を向けた。
「し…つもん?」
「飛び降りちまった奴は、お前のなんなんだって話だ! 俺と同レベルの、お前にとって他人か!?」
苛立ち混じりに再度問いかける。
小栗原は戸惑いながら、彼のことを思い出した。
『そんな大層なもんじゃない…―――だから。―――になりたいって…』
やはりノイズ音が邪魔をする。
小さく呻くと、森尾は「なあ」と何気なく言った。
「そいつは、お前のこと、肯定してくれる奴だったんだろ? お前も…受け入れて……笑い合ってただろ…。それってよぉ…」
頭に浮かんでいるのは口にするには馴染みのない言葉で、森尾も照れ臭かった。
「ああ……」
小栗原は、彼が言っただろう言葉を、口にした。
「……とも…だち……」
心が熱を持ち、目の端から涙が流れた。
鮮明に彼の言葉が蘇る。
「ともだち」、と彼は確かに言った。
「なら、お前がやるべきことって…、謝ることじゃねーのか? そいつに悪いことしたって思うんだったら…」
「……こわいな…」
少し黙ってから口にした小栗原の声は震えていた。
「どうして怖い?」
「嫌われてるよ、ぼく…。きっと…」
そう言って苦笑する。
「怖いから、逃げて…。償いのようにあのサイトを立ちあげたんだ。アイツにしたことが消えるわけじゃないのに…。ぼくの方が偽善者だった」
森尾は「おいおい」と呆れた。
「それは相手が決める事だろ。会えてないクセに。…でも、そう思うってことは、嫌われたくない存在ってことだろ。それも伝えてやれよ。映像で見ただけだが、いい奴っぽかったし…。ま、お前の方がよく知ってるだろ」
どちらも被害者で加害者。
過ちを犯し犯され、苦しむことがあったからこそ、もう一度分かり合えることができるのではないか。
それは今後の小栗原たち次第だ。
「…………ッ…」
小栗原は手のひらで顔を覆う。
もう、泣き顔を隠す窮屈なガスマスクはない。
(ともだち…ねぇ)
小栗原に背を向けた森尾はバールを肩にかけ、「ふは…」と小さく噴き出した。
(俺の場合、面と向かって言えねえけどな。恥ずかしすぎるわ。あいつ絶対爆笑する)
「……………」
(ガキのうちに会っておきたかったな…。それならまだ)
青臭さに任せて、躊躇うこともなく言えた気がするからだ。
「終わった?」
「うおびっくりしたぁ!」
ひょっこりと横から覗き込んだ姉川の顔に仰天した。
ガスがほとんど散ったので安心してきた様子だ。
「顔色最悪」
「当たり前だろ。こっちは毒ガスの中にいたんだぞ…」
一歩歩けばまだフラつく。
小栗原の手前ではやせ我慢をしていた。
姉川は肩に触れて森尾の体を支える。
「あのガスの子はツクモに任せて…、森尾君も空君と一緒に捜査本部に戻って休んでて」
「空は無事か?」
「ちょっとやられてたけどね。命に別状はないから大丈夫」
「お前こそヤバいだろ」
「ん…」
傷口が痛み、腹を擦った。
無理はできない体だが、姉川は「でも行かなきゃ」と首を振る。
「足立さんと夜戸さんのところへ…。新しいペルソナで、見つけられる気がするの」
森尾とコンタクトをとっていたイルカが寄り添ってきた。
まるで自らの意思で動いているようだ。
「俺も行く」
「は!? アンタ、そんな状態で動けるの!?」
「お互い様だろが。……頼む、助けに行かせてくれ」
迷いのない目だ。
たくましくなった顔つきに、姉川は小さく動揺する。
そして、森尾の気持ちをないがしろにすることなどできず、大きなため息をついた。
「とりあえず解毒はしてあげる。そしたらすぐに出発するからね」
森尾の背中をパンッと軽く叩く姉川。
体に響いたが、文句は言わず顔をしかめるだけに留めた。
「ありがとな、姉川」
明るく笑う姉川の顔に、ありがたみを感じた。
もう2度と、呼んでも起きないなんて目に遭わせはしない。
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