16:I want to touch you
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『お前にとって、アイツは何だったんだ!?』
森尾の言葉を反芻し、小栗原は目をパチパチと瞬いた。
毒ガスの中からノイズが聞こえる。
映像ではなく、2人の男の声だけが反響した。
“オレもな、前はいじめてた側だったんだ”
“え?”
“小学の時に、チビでどんくさい奴を構ってたことがあった。いつも無愛想で自己主張もしない奴だったからイライラして、軽く叩いたりきつく言ったり…。そしたら、それを見ていた周りの奴らまでオレと同じ事を始めだした。誰かがやってたら自分もしていい、っていう集団心理だ。しばらくして、そいつ、自分で階段から落ちたんだ。そいつの親とオレの親と学校側が騒ぎ出して、ようやく気付いたんだよ。オレが主犯となってクラスでいじめてた、って。それまでいじめてるなんて感覚、まったくなかったんだ”
“ぼくを…、ぼくを助けたのは、その子に対しての罪滅ぼし?”
“罪なんて滅ばない。やったことは事実なんだ。なかったことにしたくないし、オレは大人になっても抱えていかないとダメな気がする。お前に絡む奴らが、昔のオレみたいで嫌だった。今度は助ける側になりたい、と思ったんだ”
“漫画に出てくるヒーローみたいだ”
“そんな大層なもんじゃない…―――だから。―――になりたいって…”
肝心な部分がノイズ音で掻き消えて聞こえた。
ザザザ、ザザザ、と頭の中で砂嵐が起こる。
「あ、あああ…」
頭を抱えた。
思い出すことに恐怖を覚える。
触れることを躊躇うような気色の悪い泥の中に隠されているみたいだ。
この状況は森尾も覚えがある。
躊躇わせてはいけない。
隠してしまっているのは大切な存在だ。
「小栗原…、げほっ、怖がるな…、思い出せ…!」
呼びかけて背中を押す。
「うう…っ!!」
『コレハ与エラレタ試練…オ前…「正義」ソノモノ…オ前…ノ正義…示セ…』
ノイズ音と混じって誰かの囁き声が聞こえる。
実行しなくてはいけない気がした。
「試練…、正義…、示さないと…、示さないと…!!」
オクヤマツミから放たれる毒ガスが機関車の蒸気のようにさらに追加されていく。
「バカヤロウ…!」
森尾の視界がグラグラと揺れた。
毒ガスは濃霧となり、オクヤマツミと小栗原の姿を隠してしまう。
(待て…。行くな…!)
ここを切り抜けなければ終わりだ。
手遅れかもしれないと思っていても、息を止め、手のひらで口と鼻を覆う。
(俺にも…やらなきゃいけないことできちまったんだ…!)
一歩進むこともできない危うい状況だ。
シャドウからも小栗原からも逃げられない。
(空…、ツクモ…、姉川…、夜戸さ…ん…、あ…だち……)
捜査本部の面々を思い浮かべながら、倒れかけた時だった。
目の前に、水のイルカが現れた。
(イ…ルカ……?)
「見つけた! 森尾君!!」
どこからか声が聞こえた。
辺りを見回しても、イルカ以外視認できない。
しかし誰に声か、耳が覚えている。
「あ…、姉川…? …お前、先にあの世で待ってたのか」
「勝手に殺すなッ!!」
まるで耳元で怒鳴られたみたいに耳鳴りがし、脳が揺れた。
「う…っ!? どこから……」
「屋上から1階下の廊下からよ! イルカの超音波で連絡をとってるの」
姉川は爆発で焦げた階段を見上げ、毒ガスが階段からくだってきているのを確認しながら、森尾と連絡をとっていた。
ちなみに屋上に送り込んだイルカのレンズ(目)の視覚はゴーグルを装着している姉川と共有している。
ゴーグルには、毒ガスの中で今にも倒れそうな満身創痍の森尾の姿が映っていた。
「お前、そんなことできたのか!?」
なぜ今までそんな便利な能力を使わなかったのか問いただそうとした。
指摘される前に簡単に事情を説明する。
「クラミツハがレベルアップして、クラオカミになったの。あとで諸々話してあげる。今、詳しい話なんてしてたらアンタが先にくたばりそうじゃない」
「確かに…、今はちゃんと聞いてやれる状況じゃねえのは確かだ」
「「確か」って2回言った。ヤバそうね」
揚げ足をとられても森尾に言い返す気力は残っていない。
危機を察知した姉川は屋上のイルカからオクヤマツミをサーチする。
「オクヤマツミ…。防御力は高め…。毒ガスの濃度も急上昇中…。使い手の小栗原のペルソナは…。ちょっと! 意識しっかりもって! 大事な指示を出すからよく聞いて!」
このままではデッドラインまでいってしまう。
時間は数分もない。
姉川は端的に説明する。
「―――それで…、!! 森尾君! 後ろに一歩!」
「!!」
説明の途中、言われるままに森尾はよろけて一歩下がる。
鼻先を何かがかすった。
小栗原が警棒を振るったのだ。
姉川の指示がなければ当たっていただろう。
「はぁ、はぁ、アイツの為にも…、ぼくは…やらなきゃ……」
「やめろ! おぐ…」
「しゃがんで!」
頭を叩かれるような声にはっとしてしゃがむどころか尻餅をついた。
ブンッ、と頭上を横に振られた警棒が通過する。
「…っ」
「シャドウが降ってくる! 頭上!」
「~~~っ!!」
バールで頭を守ると、特攻してきたシャドウのクチバシがバールに直撃し、森尾の横に落ち、向こうの方へ蹴飛ばした。
尻餅をついた状態ではすぐには起き上がれない。
ペルソナで攻撃するなら今しかなかった。
「イハサ…」
(クソ…! 意識が……)
目の前が霞む。
姉川の呼びかけも遠く感じた。
(この…まま……俺……、死ぬ………)
弱音を浮かべ、意識を手放しかけた。
『事実だよ。隠すつもりはなかったんだけど』
『…迷ってるなら、来なくてもいい』
最後に見た苦笑している足立と、カウンターチェアに座った夜戸の背中だ。
必死に伸ばしてもう一度意識をつかむ。
唇を血が出るほど噛みしめた。
(うだうだと、やかましいんだよ、俺!! 弱音吐くくらいなら最後の最後まで足掻け!! 今度こそ、俺の手で助ける…!! 助ける!!)
重いまぶたをこじあけ、目の前を睨みつけた。
その際、幻影を見た。
自身のペルソナだ。
「イ…」
バールを掲げ、心の底から浮上した名を叫んだ。
「イワツヅノオ!!」
.