16:I want to touch you
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残してきた落合を気にしながら、バールを片手に森尾は逃走した小栗原を追った。
薄暗い廊下に2人分の足音が反響する。
小栗原の姿は見えないが、この先の階段を駆け上がる音が聞こえた。
「待てコラァ!」
声をかけても止まる様子はない。
「!」
階段をのぼる手前で、窓側からノイズ音が聞こえた。
横目で窓側を見ると、映像が映し出され、思わず足を止める。
学校机に座る、うつむいて顔の見えないひとりの学ランの少年。
映像は静止画ばかりで、一枚一枚と写真を見せる映写機のように流されていた。
画面が真っ暗になり、セリフが映る。
“小栗原君”
別の少年が、席に着いている少年―――小栗原に声をかけてきた様子だ。
小柄な小栗原より身長は少し高めだ。
髪はさっぱりと短くしている。
“いっしょに、メシを食おう”
小栗原に話しかけた少年の手には、弁当箱が入った袋が握られていた。
登校、下校、体育のペア、昼ごはん、掃除当番…。
映像は小栗原と少年のツーショットばかりとなる。
机をぞうきんで磨き、上履きを探し、ノートを貸し合い、制服と体操服を洗い、小栗原が暴力に遭いそうになれば少年が助けに入った。
“零太、絡まれたらいつでも助けてやるからな”
“…うん。ありがとう”
小栗原は楽しげに笑っている。
「…!」
次の映像で、森尾は大きく目を見開いた。
悪意の書かれた学校机、捨てられた上履き、破られたノートや教科書、靴跡のついた制服、泥で汚れた体操服…。
被害が、小栗原から少年に変更された。
小栗原は、今まで自分に絡んできた生徒達と、つるむようになった。
小栗原は少年に振り返ろうとしたが、躊躇った。
直視できない様子だ。
少年は男子トイレで一方的に殴られる。
顔ではなく、ケガが目立たない場所ばかり狙われた。
男子トイレで見張り役に立たされた小栗原は、苦しげに眺める事しかできなかった。
“あいつはテメーより、俺達と一緒の方が楽しいんだとさ!”
“引っ込んでろ、エセヒーロー!”
“偽善者! 偽善者!”
“おい、テメーも笑ってやれ”
軽く小突かれ、小栗原は、ぎこちなく笑った。
磨き落としてからはラクガキはされなくなった学校机に座っている小栗原は、少年の空席を気にした。
“今日は休みかな”
小栗原は左の窓を見る。
そして逆さまの少年と目が合った。
一瞬のことだった。
数日後、小栗原は法廷の証言台に立った。
少年は屋上から飛び降りて意識が戻らないままだ。
訴えたのは、その両親だった。
少年側の弁護人は、夜戸明菜だ。
“あなたのクラスで起きたいじめは、事実ですか?”
弁護人の質問に、小栗原は緊張の面持ちでうつむいたまま、証言する。
“いじめはあったみたいですが…誰がやったか…、わかりません…。うちのクラスじゃ…ないかもしれません…。わかりませんけど…”
いじめていた側の生徒達に、口裏を合わせるよう言われた。
学校側も、いじめがあった事実に対しては素直に認めようとはしなかった。
翌日から、小栗原は不登校になった。
“ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…”
映像いっぱいにこの言葉が連なっている。
呪いの言葉のようだ。
“怖かったから…。もう2度と、あんな思いしたくなかったから…。うう…っ。ごめんよぉ…。ぼくが落ちればよかったんだ…。ぼくだって、力があれば……”
暗い部屋の中、毛布にくるまり、ベッドから動かない。
“うう…っ。う~~。……おなか…痛い……。……? なんだ…これ……”
寝間着をめくると、腹の中心に、いつの間にか傷痕が見当たった。
映像の途中、すん、と森尾の鼻が異臭を嗅ぎ取った。
はっと手のひらで口と鼻を覆う。
(毒ガス…!?)
目を凝らせば、うっすらと紫色の霧状が見える。
(これ、もしかしてまずい…)
引くよりも急いで階段をのぼろうとした。
踊り場の隅に何かを見つけ、再び足を止める。
横向けに置かれた小さなペットボトルの中に、無色の液体が入ってあった。
それと、ペットボトルに装着された赤色に光るのデジタル時計が3秒を切った。
「!?」
考えるより先に、体が動いた。
時計の針が0秒を迎える。
バァンッ!!
ペットボトルが破裂して火花を散らし、空気中のガスに引火して爆発を引き起こした。
階段は真っ赤な炎と爆風と包まれる。
あっという間に階段と付近の廊下や壁は真っ黒に焦げた。
踊り場は衝撃で大きく削れ、窓ガラスは割れている。
屋上に移動していた小栗原は、ペントハウスの半開きのドアから階段をそろりと窺った。
焦げ臭いにおいのする熱風と黒煙で階段にはもう近づけないが、普通の人間なら死ぬほどの威力だ。
爆弾の近くにいたなら尚更だ。
死体の確認をするべきなのだろうが、余裕がなかった。
「ははは…。初めて…ころした……」
ガスマスクの下で、冷や汗を浮かばせながら、無理やり笑う。
達成感と罪悪感に襲われている。
「ぼくの正義が…、勝った…」
震える自身を抑え、言い聞かせる。
「邪魔者はぼくが倒したんだ!!」
小栗原の背後、屋上の中心には5mの物体が突き刺さるように立っていた。
麻で出来たボロボロのトンガリ帽子、それを頭に被った深紫のドクロの顔、鼻は童話のピノキオのように長い。
左右に真っ直ぐ伸ばされ包帯が巻かれた両腕、両手には鉄製の噴射口が装着されてある。
上半身はこちらも帽子と同じく麻で出来たボロボロの服を着、ところどころに空いている小さな穴からは骨が見えている。
下半身は脚の代わりに鉄製の独楽(こま)の形をしていて、その立ち姿は案山子(かかし)のようだ。
「さあ、後戻りはできない…。このまま最初の予定だった女を殺そう。オクヤマツミ」
両腕を広げ、オクヤマツミに声をかける。
オクヤマツミの両手の噴射口から紫と黒が混ざり合った煙が噴出された。
依代であるガスマスクを装着して入れば、生き物を簡単に殺せてしまうほどの濃度であっても効果はない。
「あ…、忘れてた…」
小栗原はぽつりと呟いた。
「どれくらいの濃度で人間は死ぬのか、実験しないと」
高ぶりのあまり、仲間である羽浦の事は忘れている。
このまま病院内にガスを撒かれてしまえば、羽浦もろとも全滅だ。
「物騒な発言ばっかしやがって」
「!?」
はっと振り返ると、屋上を囲む1mほどの鉄の柵を越えてこちら側に足をつけた森尾がいた。
ひとつにまとめられた髪は乱れ、タンクトップから出ている腕と顔には何かで切ったような切り傷がいくつか見当たった。
「お前…!」
「はぁ、はぁ、このヤロウ…、姑息なことしやがって」
悪態をつきながら、頭から流れ出る血を手の甲で拭った。
「一体どこから…」
ペントハウスから出て来たことはあり得ない。
近くにいた小栗原が見逃すはずがないからだ。
「窓割ってのぼってきただけだ」
森尾は眉をひそめ、親指を下に向ける。
爆発する直前に、階段から飛び降り、映像が映っていた窓を突き破った。
切り傷はその時に出来たものだ。
それからすぐにイハサクを召喚し、手を伸ばさせて屋上の淵をつかませ、イハサクにしがみついていた森尾はそのまま上がってきた。
森尾はバールを肩に担ぎ、ガスマスクをつけた小栗原の顔を睨む。
「危険物を扱うクソガキは教育し直してやる。ケツをブッ叩いてでもな」
「言うね。爆死より毒死の方が似合いそうだよ。永遠に喋るな」
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