15:Sorry, I wasn't paying attention
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夜戸は片膝をつく。
盾となって曲刀で守ったのは、ギリギリで召喚したイツだ。
夜戸の周りの床は、蜂の巣みたいな穴が出来上がり、硝煙を上げている。
脚や腕、肩を弾丸がかすっていた。
2対1に追い込まれてしまう。
分が悪いと頭ではわかっているものの、影久と一緒にその場を離れるのはムリだった。
見兼ねた影久が駆け寄ろうと一歩足を踏み出した。
「父さん、そこにいて」
「……………」
夜戸が相手から目を離さずに言うと、影久は足を止める。
もどかしい思いに歯を噛みしめた。
「そうだそうだ。そこで高みの見物でもしてろ。ケガしたくなけりゃーなぁ。ちなみに逃げたら殺す気で追いかけるからな」
「Y」
見下した言い方を放つ二又をたしなめるように、Qは肘で小突いた。
「ぐえ」
思いのほか鋭く腹に入ったようだ。
Qの中で急上昇している憤りの温度が伝わった。
「私が出した条件、忘れてない?」
肩越しに強く言うQに、二又は両手をひらひらとさせる。
「はいはい。オレがピンチになってお前が出る羽目になっちまった場合だろぉ? 約束はオレだって守るさ。望み通り、デッドオアアライブ。夜戸明菜はお前の好きにするといい。生け捕りって選択肢は感じねェけどな」
Qはニヤリと笑う。
「その格好、そろそろやめてくれる? 間違えて殺しそう」
「足立は檻の中だから間違えようがねェだろ」
「…先生も抜け出したからね。油断はできない」
影久を視界に入れて切なげに目を伏せ、込み上げてくる気持ちをぶつけるように、夜戸を睨んだ。
「あんな半殺し状態じゃ、元気に出てこれないだろ。ははっ」
その言葉に反応したのは夜戸だ。
「足立さんに何をしたの?」
「聞こえなかった? 痛めつけてやったって」
Qが左手の鉤爪で切りかかってきた。
「っ!」
夜戸は立ち上がってナイフで防ぎ、そのまま力押しに持ち込まれそうになったので払いのけた。
「本当に邪魔な奴…」
Qは煩わしげに呟いて鉤爪を振り回し、そのたびに夜戸はナイフで防戦する。
刃のぶつけ合い。
夜戸は鉤爪の動きを目で追いながらあえてナイフの動きを最小限に留め、ブレードの角度を変えながら防いでいる。
ただし、相手は攻撃の隙を与える気はなく、一歩一歩後ろに下がった。
Qは荒々しい攻撃を仕掛け続け、夜戸の隙間と疲労を待っている。
刃がぶつかるたびに、赤い火花が散った。
「っ!!」
鉤爪を弾いた瞬間、右肩に痛みが走った。
見ると、小型ナイフが突き刺さっている。
少し離れた距離から二又が投げつけたからだ。反応が遅れた。
鉤爪が下から振るい上げられる。
「うッ!」
反射的に空いている左腕で顔をガードすると、前腕を袖ごと引っ掻かれ、
ゴッ!
「ッッ!?」
左脇腹に爪先がめり込んだ。
激痛が走り、横倒しになる。
「…っぐぅ…」
鈍痛に襲われ、蹴られた左脇腹を抑えつけた。
「あの男も、そうやって苦痛に悶えてた…」
Qは手を下ろし、鉤爪の先端で床に傷をつけながら夜戸へと歩み寄る。
夜戸は倒れた体勢のまま、小型ナイフを右肩から引き抜き、Qの顔面目掛け投げつけた。
Qはものともせずに鉤爪で弾く。
「Y、余計な手出ししないで。こいつは私一人で殺したいの」
夜戸を見下ろしたまま低い声で言った。
「わがままな女王様だなぁ」
「女王……。クイーン…」
夜戸は呟く。
Qは「そうよ」と頷いた。
「気に入らないものは壊していいの。あなたの顔も、グチャグチャにしてやっても、許されるの」
鉤爪の先端を、夜戸の頬に当てた。
ゆっくりと刃を突きたてれば、頬から赤い一筋が流れ出る。
夜戸の顔は歪まない。
それがQの心を逆なでした。
「…アルファベットの『Queen』…。そのまま読めば、『くえん』になる…。漢字に変換すれば………」
「…!」
Qの手元が止まる。
同時に、メガネ越しに夜戸の視線がこちらに向けられた。
「久遠…。久遠伊那さんですよね…」
「……………」
Qは外套をその場で脱ぎ捨てる。
夜戸も、影久も、見間違えるはずがない。
正体は、夜戸法律事務所の弁護士秘書・久遠伊那だった。
「……………」
あらかじめ知っていたのか知らされていたのか、影久は驚かなかった。
ただ、静かに、久遠を見つめる。
「気付いたのは、姉川華ですよ。そちらは口封じしてたみたいですけど」
「……正体がわかっても、あなたは平然としてるのね。『カバネ』のリーダーで、あなたの身近な人物だったのに…」
ショックを受けることを想像していた。
夜戸の表情は温度を感じさせない。
人形のように若く整った顔が久遠を静かに見つめている。
久遠は顔を歪め、夜戸の横腹を踏みつける。
「っ…」
「強がるフリはやめたら? 泣きなさい。驚きなさい。憤りなさい…。優しかったあの人が…って…!!」
「あなたは何を言ってるんですか?」
「…?」
「あたし、久遠さんが出してくれたお茶…、一口も飲んだことありませんよ」
「気付いてました?」と聞いてきた夜戸に、久遠は絶句する。
「知ってましたよ。あなたがあたしを嫌ってること」
隠しているつもりだったのか、と言いたげな、きょとんとした顔だ。
久遠は馬鹿にされていると思い込んだ。
鉤爪を振り上げる。羞恥、屈辱、憤怒、怨恨…、顔を真っ赤に染め上げる材料が混在していた。
夜戸はナイフを握りしめ、身を起こそうとした。
「……父さん?」
目の前に、影久が両腕を広げて立ちふさがる。
久遠は振り上げたまま動きを止めた。
悲痛な表情を浮かべ、「どうして」と呟く。
「…君が望むなら、私は檻に戻ろう。娘は傷つけないでほしい。足立透も、解放してやってくれ」
相手を刺激しない、やわらかい声色だ。
背を向けている影久がどんな表情で口にしているのか、夜戸からは見えない。
久遠に嫌われていることは知っているが、2人がどういう関係なのかは詮索したことはない。
単純に、興味がなかった。
久遠はうなだれ、ゆっくりと鉤爪を下ろす。
「……結局…、あなたは娘のことばかり…。今、この時だって……」
久遠の声は震えていた。
瞬間、真っ赤な雫が飛散した。
下ろされたはずの鉤爪が、斜めに振り上げられたからだ。
影久の体が糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「父さん…。父さん…!」
じわり、と倒れた影久を中心に、床に赤いシミが広がった。
身を起こした夜戸は、影久の体を抱き起こす。
腰から肩にかけて、正面を斜めに切りつけられていた。
赤い2本の線が、皮膚を抉っている。
「あなたのせいよ」
影久の血を浴びた久遠は笑っていた。
二又もくすくすと笑っている。
「何を期待していたんだぁ? うちの女王様は、もう歪んでいるんだぜ。魅力に惑わされない男に用はない。気に入らない女は殺す。オレも同じようなもんだ。オレに気に入られない奴は全員消えろ」
小型ナイフをわざと夜戸のすぐ近くに投げつけた。
床に刺さる小型ナイフ。
固まった血が付着していた。
小型ナイフの柄には、赤いネクタイが巻かれてある。
「さて問題~。その血は誰の? その赤いネクタイは誰の? ヒント・血とネクタイの持ち主は別人。もう1つ…、お前の身近な人間だぁ」
夜戸は手を伸ばし、小型ナイフを引き抜いた。
姉川のケガを思い出す。
ナイフで刺された傷を負っていた。
赤いネクタイ…こちらもすぐに思い浮かぶ。
ネクタイには、血がこびりついていた。
鈍色の小型ナイフに、自身の顔がうつる。
メガネをかけた夜戸明菜の顔。
(あの時も…、あたしは……)
容量オーバーのどす黒い感情が渦巻き、頭痛と耳鳴りがする。
周りの音が聞こえなくなる。
久遠と二又の言葉も聞こえない。
表情から見て、こちらを煽っているのだろう。
それよりも胸の傷口が、疼く。
頭の中の隙間が、徐々に埋まっていくのを感じた。
影久の傷に触れる。
息もしている。
心臓も動いている。
あとで応急処置をしなければ。
そう決めて、小型ナイフから赤いネクタイを外して小さくまとめ、大切にジャケットのポケットに入れてから、ゆらりと立ち上がる。
二又が興奮気味に叫んで、3本の小型ナイフを投げつけてきた。
夜戸は久遠と向き合ったまま、ナイフを握りしめた右手を伸ばして横から飛んできた小型ナイフを次々と払い落とす。
久遠は驚愕の表情を浮かべてたじろいだ。
「すみません、聞いてませんでした」
.To be continued