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羽浦とOは、姉川が入院している病院の内部へと足を踏み入れていた。
北と南の2つの病棟があり、入院している病室は北棟だ。
7階建てのうち、階段を使用して7階まで上がる。
階段を一段一段上がっていく羽浦の足取りは重かった。
まるで処刑台をのぼるような錯覚を覚える。
目的の病室にたどりつけば、人を一人、殺さなければならない。
それが『カバネ』の望みで、これからの計画を考えれば、Yの言う通り、敵である探知型のペルソナ使いは邪魔でしかない。
チラ、チラ、と脳裏をよぎるのは道草小景だ。
次に切り捨てられるのは、自分かもしれない不安に襲われる。
「本当に…やるの?」
静寂に耐え切れなくなって、おそるおそる、先頭を進むOに尋ねた。
Oの足取りは迷いを感じさせない。
「何? 今更怖気づいた?」
笑いを含めた言い方だ。
不意に違和感を感じた。
「…アンタは平気なの?」
Yに頼まれた直後は同じくらい嫌がっていたかに見えたのに。
「平気じゃなきゃ、ここにいない」
Oは立ち止まる。はっと羽浦は顔を上げた。
いつの間にか、目的の病室の前にたどりついてしまった。
Oは外套の下に手を入れ、ガスマスクを取り出して顔につける。
それを見た羽浦はぎょっとした。
「待って! こんな場所でオクヤマツミを使う気!? 外に影響が出たら、病院の関係ない人たちまで…」
入院患者、医師、看護師…。
トコヨでは無人に見えるが、ウツシヨでは何十人何百人の人間が、この病院にいるのだ。
オクヤマツミの毒ガスを使ったまま放置すれば影響を受けて惨劇が起きてしまう。
Oが騒がせている学校のように。
「じゃあ直接、Uが殺しなよ。死にたくなるほどの屈辱を与えられたわけでも、親の仇でもない相手を、殺人ビギナーがどうやって殺す気なの? アイスピックで刺し殺す? タオルを使って絞め殺す? 拳銃を持ちだして撃ち殺す? 火をつけて焼き殺す? 枕を押しつけて窒息? お得意の磔?」
笑みを含んだOの言い方に寒気がした。
内臓がねじれるような不快感に襲われる。
「……………」
「人の死に方なんて何百通りもある。ぼくは毒殺を選ぶよ。毒の方がいい。ぼくなら調節して、優しく殺してあげられる猛毒を作り出すことができるかもしれない」
「……「かもしれない」?」
「やったことがないから、実験したいんだ。どうせ、殺せば、殺し続けるしかなくなるからね。ここにいる病院の奴らだって、このまま計画が進行すればいっぱい死ぬよ。正義には犠牲が付き物だ」
先程から妙だ。
Oが、Oの皮を被った別人に見える。
いつから。
Yに頭を撫でられたあと、乗り気になっていた。
最初は強がりだと思っていたが、殺害対象が目前だというのに、この落ち着きようだ。
「…アンタ、隠れ家を出た時から、様子が…変……」
Oは振り返り、平然と切り返した。
「変なことはないさ。ぼくは、ぼくの正義のままに実行するだけだから。やりたくないなら見張ってて」
姉川の病室のドアノブに手を伸ばす。
その前に、隣の病室のドアが開かれた。
「「!!」」
突然現れたのは、森尾と落合だ。
「本当に来やがった…」
目を見開いて動きを止めている羽浦を目にした森尾も驚いていた。
「明菜姉さんの言った通りだ…」
落合の姿を見て、Oは混乱する。
「足立…!? つかまってるはずじゃ…」
「え? ああ、時間なくて、透兄さんの姿で来ちゃった」
「ほら」とカツラを取ってオレンジカラーの短髪を見せる。
羽浦は怪訝そうに目を細め、落合を見つめた。
(……この男…、どこかで……)
そんなことを気にしている場合ではない、と頭を振って切り替える。
「クラミツハは、今は使われてないはずなのに…!」
正確な位置に現れたことに疑問を抱いた。
「驚くことなんてない。ボクらが待ち伏せしてただけだから」
「待ち伏せ…」
Oは反芻する。
森尾は説明した。
「お前らの行動を読んでた人がいるんだよ。正確には、お前らに汚れ仕事押し付けた野郎の行動をな」
「…!」
羽浦とOはすぐにYを思い浮かべた。
図星を突かれている。
羽浦は心の片隅で、それを知ったYはどんな反応をするのか、少し気になった。
「ツラは割れてんだよ。羽浦うい、そして、小栗原零太(おぐりはら れいた)」
「!!」
羽浦の正体がバレたのは、本人の口から聞いていた。
まさか自身の名前を言い当てられるとは予想外で、自身の名前が心臓に勢いよくぶつかった気がした。
「磔事件と、毒ガスの犯人はお前らだ。ドアは開けさせねェ。お前らを止めて、姉川を刺した野郎はぶん殴ってから捕まえてやる…!」
固く握りしめられたコブシに決意を感じる。
ドアノブを握られた瞬間に、森尾は命懸けで止めにくるだろう。
Oはそんな森尾の姿に嫌悪を抱いた。
「偽善者…。偽善者偽善者偽善者。お前みたいなのがヒーロー気取ってんじゃねーよ。そもそもてめーは犯罪者だろが。カッコつけてんじゃねーよカス」
ブツブツと一呼吸で口にしてから、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「Uだけじゃなくて、ぼくのこともわかっちゃったんだ…。ふーん…」
「小栗原、お前が『カバネ』の中で一番最年少なのも割れてんだよ。親御さんに心配かけんな」
「出た。ぼくの親のこと知らねーくせに。心配なんてしねーよ。大人ヅラして、このまま説教でもする気? 誰も救えないクセに、自分が正しいって誇張したいだけの大人がさぁ…!」
マスクの向こうは苛立ちで歪んでいた。
能力を使おうとしているOに、羽浦は率先して前に出て外套を脱ぎ捨てる。
「O、下がって」
通っている高校の学生服だ。
ネイビーカラーのリボンをつけ、水色の生地のセーラー服を着ている。
膝丈より短い白と水色の格子柄のスカートを穿き、足下はローファーだ。
「くるよ、兄さん」
「ああ」
羽浦は右手首の赤い傷痕からアイスピックを取り出した。
それを掲げ、名を喚ぶ。
「ハヤマツミ!」
羽浦の脇に女型のペルソナが召喚された。
腰まで長い黒髪は銀の長筒で一束にまとめられ、目は長く切りそろえられた前髪で隠され、鼻と口は銀のスタッズが散りばめられた黒いマスクで覆われている。
服装は、形は巫女装束みたいだが、小袖は黒く、緋袴は赤い。
小袖にはマスクと同じくまるで他人が触れることを拒否するような鋭いスタッズがちりばめられ、緋袴は蜘蛛の巣の模様が描かれてある。
背中には、千切れかけたボロボロの白い翼を背負い、少しでも羽ばたけば羽根が多く舞った。
手には、弓のようにしなった黒い薙刀を握りしめている。
「!」
薙刀を弓のように構え、矢を引く動きを見せた。
すると、ぴゅん、と風を切る音が聞こえ、落合は森尾の前に飛び出し、オノを構える。
「ネサク!」
落合に背を向けるように、召喚されたネサクが大鎌を横に振った。
弾かれて天井に突き刺さったのは、足立の胸に刺さったのと同じ矢だった。
「あの矢…! 足立に刺さってたのと同じ…」
「薙刀と弓を兼用できるってわけね…」
遠距離と近距離に向いた、ハヤマツミの武器だ。
「あの矢に刺さったら、ペルソナが使えなくなるから! 気を付けて!」
「わぁってるよ!」
森尾もバールを構えて応戦しようとする。
「ぼくの正義のジャマはさせない!!」
大声を上げ、小栗原は背を向けて走り出した。
「!? どこ行くの!?」
打ち合わせもなく勝手に移動されて羽浦は戸惑った。
小栗原を呼ぶが、廊下の奥に消えたまま戻ってこない。
「追って、兄さん!」
落合は胸騒ぎを覚え、森尾を急かす。
躊躇した森尾だったが、落合と目を合わせ、走り出した。
「ここは任せたぞ!」
「行かせない…!」
ハヤマツミが森尾に向けて矢を放つ。
「ネサク!」
飛び出したネサクが、大鎌で叩き落とした。
森尾は羽浦の横を通り抜け、見失う前に小栗原のあとを追いかける。
羽浦はそれを狙おうとしたが、ネサクが突進してきて慌ててハヤマツミに防御させた。
「チッ」
舌を打ち、落合を睨みつける。
「羽浦さん!」
男に名を呼ばれたと思っただけで鳥肌が立った。
「馴れ馴れしく呼ばないで! 死んで!」
落合は「待って待って」と両手を上げ、そのまま手のひらを自身の胸につけた。
「ボクだよ」
「……え?」
「落合空」
瞬間、羽浦は道草シキに捕まっていた同じ年頃の女を思い出した。
名前は同じだ。
困惑し、震える指で落合をさした。
「だって…、男……」
落合はうつむいて反省の色を出し、白状する。
「ごめん…。騙すつもりはなかったんだ。君と初めて会った時、ボク、女装してて…」
「……………」
顔を上げると、羽浦はうつむきゆっくりとした動きで両手が耳を塞いだ。
「羽浦さ…」
「来ないで!!」
癇癪を起こした子どものような声だ。
落合をまともに見ることもできなくなった。
思い起こされるのは、トラウマ。
『あなたは、どこを触られましたか? 何をされましたか? どう感じましたか?』
相手側の男性弁護士の、悪魔の質問責め。
「嫌い! 嫌い! 嫌い!嫌い!嫌い! 男なんて大嫌い!! 死んでよ!!」
落合にはその姿が、怯えた幼い子どもに見えた。
『じゃあ直接、Uが殺しなよ。死にたくなるほどの屈辱を与えられたわけでも、親の仇でもない相手を、殺人ビギナーがどうやって殺す気なの?』
(死にたくなるほどの屈辱? あるから、ういはここにいる…!!)
羽浦はOの言葉を思い出して納得する。
「教えてくれてありがとね…。男でよかった。心置きなく死なせてあげる…!」
アイスピックの先端を、忘れかけていた殺意とともに落合に向けた。
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