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12月1日土曜日、午後21時。
建物のエントランスに続く扉には鍵がかけられていた。
正門から庭に移動し、夜戸は建物を見上げる。
敷地内は広く、無機質で大きく白い建物は2階建て。
何かの施設のようだ。
いつからか手入れされていない庭は、伸び放題の雑草でまみれていた。
花はひとつも見当たらない。
建物の西側に添い、1階に見つけた窓から中を窺う。
建物内部の廊下が見えた。
人間の気配はない。
予想していたが、窓には鍵がかけられていた。
自身の赤い傷痕から取り出したナイフを握りしめ、グリップ部分で鍵付近の窓の一部を割った。
不法侵入の罪悪感は微塵もなかった。
爪先を伸ばして割れた個所に手を通せば、ギリギリ鍵に届いた。
回して開錠し、こちら側から窓ガラスを押せば下の方から錆びた音とともに開く。
それから口にナイフを咥えて両手で窓枠をつかみ、細い体で中途半端に開け放ったそこを通り抜けて侵入した。
廊下の絨毯は赤紫だ。
差しこまれた月明かりが、ぽつぽつと窓の形を連ねている。
壁側には小さなドアがいくつもあった。
耳を当てて無音を確認してから開け放ち、中を確認する。
本のない大きな本棚が置かれた書斎らしき部屋もあれば、小さなテーブルと一人用の椅子しかない小部屋もあった。
どの部屋も長らく使用されていないのか、ドアを開けただけで埃が舞う。
(ここだと思ったのに…。『イライラ』する…。この気持ちは、『イライラ』で合ってるよね…?)
夜戸の心中は、穏やかではなかった。
それでも、足音を立てないように気を遣った。
動きもゆっくりだ。
「!」
はっと背後に振り返る。
一人分の足音が急ぐようにこちらに向かってきていた。
夜戸はナイフを逆手に身構える。
「ま、待て、明菜! 私だ!」
「!」
こちらに走り寄ってきたのは、父親の影久だ。
夜戸は一度ナイフを下ろす。
「……ここに捕まってたんですか」
1ヶ月近くの再会のはずだが、感動は生まれない。
影久は夜戸の前で止まると、肩で息をした。
夜戸は辺りを見回す。
影久が何かから逃げて来たようだが、追手はなかった。
「はぁ、はぁ…。お前がこちらに来たと聞いて…、抜け出してきたんだ…。……足立透から、大体の事情は聞いている…。お前の事も…」
「足立さんも…? ここにいるんですか?」
足立の名前にピクリと反応した。
影久は頷く。
「奴らに連れて来られて、今は、牢屋の中だ」
「どこですか? ケガは…してませんか? 生きて…。生きてますか?」
胸に矢が刺さった足立の姿を思い出し、躊躇もあり、言葉にわずかな力がこもった。
顔を上げた影久は、答える。
「わからない」
「わから…ない?」
夜戸の鼓動が苦しいほどの早鐘を打った。
足下が落ち着かなくなる。
今にも走り出しそうだ。
「どこですか…。どこに…!」
「落ち着け。案内してやる…」
影久が落ち着かせようとした時だ。
「明菜!!」
遠くから名を呼ばれる。
背後にいたはずの影久が、最初の影久が走ってきた方向とは反対側から走ってきた。
「父さん…?」
「そいつは、私じゃない!!」
すぐ傍にいる影久が、夜戸が背中を見せた隙に、両腕を広げて夜戸を抱きしめようとした。
「!?」
驚いたのは、襲ってきた影久の方だ。
直前で、夜戸がしゃがんだ。
両腕は空振りし、つんのめる。
夜戸はしゃがんだ体勢で勢いをつけて足払いをかけた。
「ぐっ!」
最初に現れた影久がひっくり返り、受け身もとれずに背中から床に倒れる。
立ち上がった夜戸は、最初の影久にナイフの刃先を静かに向けて見下ろした。
「明菜…!」
「父さん…。無事でよかった」
駆け寄った本物の影久だったが、ナイフを握りしめて人に向ける娘の姿を目にして足を止める。
「こいつは…」
それから本物はニセモノを見下ろし、鏡像のようにそっくりな姿に狼狽えた。
顔どころか、身長、服装、声まで同じだ。
現実離れのあまり、そろそろ頭が容量オーバーしそうだった。
「Y…」
夜戸がニセモノの正体を言い当てると、返り討ちに遭ったYは影久の顔で「ひひっ」と笑う。
「このクソヤロウ、本当に抜け出してきてやんの。お前は思ったほど驚いてねーなぁ。反応もよかった。もしかして気付いてたのかぁ?」
「あなたこそ気付いてた? あたし、一度もあなたのこと「父さん」なんて呼んでない」
「おいおい、最初から気付いてたってのか? 自信なくなっちまうぜ。見破られたのは初めてだぁ。『カバネ』の中でも似すぎて見分けがつかねぇって評判だったのに…」
「……………」
温もりも冷たさも感じさせない瞳に見下ろされ、Yは身震いを覚えるほど興奮する。
「やっぱり最高な目ぇしてくれるじゃねーの…」
「このまま父さんのフリをして案内してもらえればよかったけど、何をしてでも案内してもらう。仲間がいるなら人質になって」
躊躇のない発言に、影久は怪訝な眼差しを夜戸に向けた。自身のニセモノがいたのだ。
娘もニセモノではないか、と思わずにはいられなかった。
それほど、普段の夜戸とは雰囲気がかけ離れていたからだ。
「父さん…、足立さんは……」
ニセモノに投げかけるより、抵抗がある質問だった。
声が少し震えていた。
足立の名前を聞いた影久は肩を落とし、憎らしいな、と小さく思った。
「あいつのおかげで、私は逃げ出すことができた。まだ囚われたままだ」
白状するようなその言葉だけで、生死が判明する。
夜戸は呼吸を思い出した。
「あいつかぁ…。今度こそQに殺されても知らねぇぞ…」
Yは他人事のように言って、右手で顔を覆い、左手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「動かないで」
「お前の目はイイねェ。磨けば、もっともっとイイ色になってくれそうだ。欲しいなァ…。この顔なら、お誘いにノッてくれたりするわけぇ?」
右手を離したYの顔は、足立となった。
「…!!」
夜戸が一歩たじろぐと、Yは隠し持っていた小型ナイフを投げつけた。
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