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『足立先輩』
彼女の両手が顔に伸びてくる。
『先輩。どうですか?』
『――――』
聞かれたことに返すと、その時の、彼女の顔は…。
思い出す直前、足立は背後の壁に後頭部を自らぶつけて目を覚ました。
「う…」
痛みに呻き、体をよじる。
コン…、と足先にカラのペットボトルが当たって壁際まで転がった。
床で眠っていたようだ。
はぁ、と息を吐けば、冷たい空気が漂っているせいか息が白い。
夢を見るのがうんざりになってきた。
もう、Yが見せた夢なのか、自分が見た夢なのか区別がつかなくなってきている。
Yの見せた夢ならば、触れてほしくないものだった。
あの現実は、自分だけが知っているもの。
誰にも見せたくはない。
酷いと感じれる現実が、自身が正気であることの証明になっているのが現状だ。
落胆とも安堵ともつかない息が漏れる。
「……ここって現実?」
「はぁ…。眠っている時より、起きている時の方が静かだな」
魘される足立の声を、夜戸影久は目を背けながら静かに聞いていた。
互いに別々の牢屋の中に閉じ込められているのに、何か出来ることもない。
せめて向かい側でなければ、と影久はベッドの端に腰掛けながら床を見下ろした。
「……はは…。ひとりきりじゃないだけマシなんて、アンタに思わされるとは…」
他人の声が、荒んだ心を落ち着かさせてくれる。
都合のいい夢ならば、登場人物に影久が出ることはあり得ない。
「ついにおかしくなったか」
「おかしいですよ、こんな状況…」
足立は大の字になり、面白みのない天井を見上げながら呟いた。
「助けが来る前に僕が死んだら、明菜さんに代わりに謝っといてくださいよ」
「私がすると思うか?」
影久は腕と足を組んで言い放つ。
「あ、そっか。人選ミスだ…」
手のひらで顔を覆う足立。
ふざけた反応に影久は肩が上下するほど大きなため息をつく。
「……死んだら…、か。こちらの夢見が悪そうだ」
「僕はすでに真っ最中ですよ。『幸せ』って名前の飾りだけがぶら下がってる悪夢ばかりだ」
おかげで目元のクマは濃くなるばかり。
「……つくづく奇妙な縁だ…」
「ん?」
足立と夜戸か、足立と影久の縁のことを言っているのだと思った。
影久は足立を見据え、質問を投げかける。
「……お前は八十稲羽市に住んでいたんだろう? 1年くらいか…」
「正確には1年もいませんでしたが」
「それでも半年以上はいたんだろう。……『朝霧』の名前に聞き覚えはないか?」
「朝霧? 人の名前ですか?」
「ああ。…朝霧陽苗(あさぎり ひなえ)…。この名前に、心当たりは…?」
「……………」
宙を見つめ、頭の中で八十稲羽市で過ごしていた時の記憶を漁ってみる。
朝霧…、朝霧…、朝霧…。
よほどのアクションを起こしてくれない限り、記憶にはおさまらないものだ。
記憶漁りを放棄しかけた時に、こちらが何か言う前に、呆れ混じりの声がかけられる。
「……腐っても、刑事だっただろう。小さな町の住民の名前も覚えてないのか」
「腐りっぱなしですみませんねぇ。その人がどうかしたんですか?」
「……………」
「先生?」
黙り込んだのち、神妙な面持ちで影久が口を開いた時だ。
思わず身構えるほどの大きな音とともに出入口のドアが開けられた。
「足立ぃ、元気してるぅ?」
影久以上に2度と見たくなかった顔だ。
影久と足立の視線が同時にYに向けられる。
後ろからはQがついてきた。
「返事する元気はあるだろぉ?」
「僕、そろそろ帰ってもいいの?」
足立の牢屋の鉄格子に指をかけたYは、横たわっている足立を見下ろしながらゲラゲラと笑う。
「減らず口叩ける元気があれば上等だぁ。ちゃ~んと用件はあるぜ。お知らせだ。嬉しくて楽しくて嘆かわしいお知らせぇ」
ベェ、と逆十字のピアスがついた舌を鉄格子の間から出す。
(あの舌、釘でも刺して留めてやろうか)
馬鹿にしながら見下すのは好きでも、見下される趣味はない。不愉快さが顔に出そうになる。
「僕にとって嬉しいお知らせだったらありがたいなぁ」
「ああそう? なら最初に嘆かわしいお知らせだ。探知型の女、あいつ、消したつもりが生きてやがった。だから、若いモン2人に、入院先の病院まで出向いて殺してもらうようにおつかいを頼んだぁ」
足立は眉ひとつ動かさない表情で、姉川を思い浮かべた。
Yに襲われたのは、姉川。
自分の中の答え合わせが合致する。
居場所がバレたくないのなら、探知型のペルソナ使いを潰しておくだろう。
納得して、心が冷えていくのを感じた。
「続いてのお知らせ。今、このアジトに、ナイト様がたったひとりで乗り込んできたぜぇ」
「ナイト?」
「愛しのメガネの彼女ぉ」
「!? 夜戸さん?」
「!!」
足立が呟いた名前に、目を大きく見開いた影久はベッドから立ち上がった。
それから、ガシャッ、と音が鳴り響くほど鉄格子を勢いよくつかみ、声を上げる。
「明菜か!?」
大きなリアクションに、Qは唇を噛みしめた。
Yは肩越しにそれを見る。
「あの女のことばっかり…。仲間に入れるなんて賛成した覚えなんてない…ッ」
足立もYの後ろにいるQに目を向けた。
Qの視線も足立に向けられる。
「…あの女、父親が行方不明になっても、あなたが連れ去られても、あなたがそんな状態でも、悠長に仕事してた。それがどう? 仲間が殺されかけて、急に焦りだして…。勝手な女…。あなたもかわいそうな人」
嘲笑い、吐き捨てるような言い方だ。
嫌悪感がわかりやすいほど滲み出ている。
足立はものともしない。
「弁護士さんだからね。毎日大変だよ。大変なのにさ、こんなことに首を突っ込んで…」
睡眠時間を犠牲にしてまで。
そんな根気が自分に湧くとは足立には思えなかった。
「恨み言くらい、ここでは言っていいのに」
足立の態度に苛立ち、平静を保とうとしているが、Qは声を震わせている。
「恨み言言いたいのはそっちじゃないの? わかりやすいよ。先生の娘さんに嫉妬してるんだから」
「な…」
「こ~んなに想ってるのに、夜戸先生ったらま~ったく振り向いてくれないんだもんねぇ。かわいそ」
煽る足立に、Qの顔がカッと真っ赤になって歪む。
それからYの手から鍵を奪い取り、足立の牢の中に足を踏み入れた。
「おいおい、Qちゃん」
Yの阻止が遅れる。
ゴッ!
「ガハッ」
横たわっている足立の腹を、Qの足先が蹴り上げた。
爪先の尖った靴を履いているためダメージが集中的だ。
しかも一度だけでなく何度も蹴り上げ、横腹を踏みつけた。
ヒールもついてて凶器と同じだ。
腹にめり込む感触に足立は呻き声を上げる。
「知った口を! 聞くな!!」
「げほっ、げほっ」
Qは足立の胸倉をつかみ、横たわった状態から引っ張り上げ、座らせる体勢にさせて耳元で囁いた。
「いい加減考えなさいよ。あなたにとってはいいことがある…。こっちについてくれれば、死刑にならなくて済むの。悪いようにはしない。あなたは強いし、優遇してあげられる。イイコトもしてあげる…」
色っぽさを含めた声色だ。
胸倉をつかんだ手とは反対の手が足立の胸に触れた。
足立は小さな笑みを浮かべ、身を乗り出してQの耳元に囁き返す。
「香水臭いから、離れてくれる?」
「…あ?」
Qのこめかみに青筋が浮き上がった。
「僕の行く末を、君が決めるなよ。誰に託してるかは知ってるだろ? 君じゃないんだ」
「そう」
Qは足立から一歩離れ、左手を振り上げた。
「Q!!」
Qが振り下ろしたものに、Yは大声を上げて止める。
足立の左頬に二線の傷が作られた。
「あの女の前で殺してやってもいいのに…。もう殺させてよ、いいでしょ? Y。この男を、あの女の前で…」
金色の瞳をギラギラとさせて足立を見下ろしている。
「欲望にのまれかけてるぞ。しっかりしろよぉ」
「わかってる…!!」
ドカッ!
「ッ!!」
足立のアゴを蹴り上げ、Qは険しい表情のまま足立の牢屋を出ると、緊張の面持ちで見ていた影久の顔を一瞥し、足立の牢屋の鍵をYに投げ渡して出入口を飛び出した。
「お前も、人を怒らせるの好きだねぇ」
Qが出て行ったのを見届けたあと、出ていく前に投げ渡された足立の牢屋の鍵をかける。
「足立ぃ…、仲間の女がカバネ側に来たら、お前も入りやすくなるだろ? 楽しいお知らせだ。オレは今からあの女を誘う。多少強引でも捕まえて、力強く抱きしめてやるよ。Qみたいに嫉妬でおかしくなるんじゃねーぞぉ」
両手で、人差し指と親指をつけて輪っかをつくり、メガネのように両目にくっつけてその穴から足立を覗きこんだ。
「…ははは。夜戸さんは昔からモテて大変だ。変なのも寄ってくるし」
愛想はなくても、そこがクールで魅力的だからと男子の心を射止めていた。
本人に自覚はなく、相手にはしない。
もったいないな、と口にして言ったこともあった。
「テメェじゃムリ」
足立は冷たい目できっぱりと言い放つ。
「…っはははは!」
Yは不気味な高笑いを上げ、「待ってろよ」と言って出入口から出て行った。
「……痛てて…。思いっきり蹴られた…。危うく殺されるとこだったよ…」
痛みのあまり、立ち上がることもままならない。
口元の血を手の甲で拭い、手探りで壁際にあるカラのペットボトルを拾った。
「明菜…」
娘が助けに来た。
影久は床を見つめる。
きっと自分のためではないだろう。
頭の片隅でそう思いながら、足立を睨む。
「睨んでも、僕は囚われの身ですから、お嬢さんを助けに行けませんよ。この檻の鍵が開いてても、衰弱気味なのでまともに動けませんし」
足立は、ペットボトルのキャップを開け、口をつけた。
「貴様…! 呑気に言っている場合か!?」
改めて足立を軽蔑した。
怪我人だろうと殴りかかりそうな剣幕だ。
「夜戸先生は、元気そうですね。手厚いおもてなしのおかげで」
のんびり口調の足立を罵倒しようとした時、足立は体を引きずるように鉄格子に近づき、間から手を出してペットボトルを向かいの影久の鉄格子へと転がした。
カラであるはずのペットボトルから、カラカラ、と微かな金属音がする。
「!?」
こちらに転がってきたペットボトルの中には、小さな鍵が入ってあった。
「僕だって理由もなく人を煽ったりしませんよ」
Qが持っていたはずの、影久の牢屋の鍵だ。
Qにつかみかかられた時、気付かれないように盗んだのだ。
Qが料理を影久のもとへ運ぶ際にどこから鍵を出していたのか、位置は大体把握できていた。
影久の足立に対する憤りは驚きとともに吹っ飛んだ。
「……さっき、近づかれた時か」
「ええ。僕がここを出るより、健康的なアンタが出た方が効率がいい」
「このために…、わざとあんな……」
「もっといい方法はあったんでしょうけどねぇ。とりあえず先に思いついたのを実行したら…って、相手も引っかかってくれましたし」
「とぼけた男め」
ペットボトルを拾い、中の鍵を取り出して牢屋の鍵を開ける。
足立の牢屋も同じ鍵を使って開けようとしたが、そちらはYが持っている。
「出入口は鍵かかってないと思いますよ。毎回すごい勢いで開けられてますし、ドアの調子も悪いようだ」
しっかりと観察していたらしい。
侮れない部分を見つけ、影久は出入口のドアノブをおそるおそる開ける。
ドアの先の長い廊下には誰もいなかった。
「礼は言わんぞ」
「ほしくありませんよ」
「……待ってろ」
そう言って影久は出入口の向こうへと足を踏み出した。支えのないドアが閉められる。
Yが言った「待ってろ」とは意味合いも受け止め方も違い、おかしくなって一人くつくつと笑った。
「あれで親バカじゃなければ、素直にカッコいいと思ってあげたのになぁ。親子そろってもったいない」
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